名前の無い喫茶店

天柳 辰水

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第1章 名前の無い喫茶店

4、

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『お婆ちゃん・・・』

 愛美はその老婆が誰かすぐにわかった。自分が愛していた祖母だ。

『愛美かい・・・』老婆は声の方に振り返ると、驚いた表情で言葉を返してきた。

『うん・・・。そうよ』愛美は堪え切れなくなった涙を流しながら、祖母の胸に飛び込んだ。

『何だよ、愛美。何で泣いているんだい』老婆は泣き崩れる孫娘を抱きかかえるように膝を着いた。

『だって・・・、だって』

『愛美・・・。わかっているよ。でもね、これでお爺さんとまた一緒になられるんだから・・・。許しておくれよ』そう囁いた老婆の後ろに真っ白な光が差し込んだ。

 愛美はその光の中に見た人影が誰だか知っていた。

『お爺ちゃんが迎えに来てくれたの?』

『そうだよ・・・』

 愛美は涙を拭くと、祖母の肩に掴まりながら立ち上がった。

 光の中にいる祖父は笑顔を崩さず、温かな手を差し伸べてきた。その手を祖母が優しく握る。

『愛美。お前もこの景色を好きになってくれて嬉しかったよ』

『お婆ちゃん・・・』

 愛美は左に寄り掛かりながらウトウトと眠っていた事に気が付いて起きた。

「お目覚めですか?」

 マスターの笑顔が階下から覗いていた。

「あっ、すいません。私、眠って・・・」

「かまいません。今日は他にもお客さんはいませんし。それに、あなたが見ていた夢は良い夢だったようですし」とマスター階段を昇りながら言った。そして、目の前に置かれていた日記とティーカップ、ケーキ皿を片付けた。

 愛美は会釈をしてからもう一杯ミルクティーを頼もうとしたが、外の景色が変わっている事に気が付き、携帯の時間を確認した。

「あっ、もうこんな時間」

 愛美は慌てて荷物をまとめて、カバンから財布を取り出しレジに向かった。

 マスターがゆっくりとレジに立ち、伝票を手にしお代を伝えると、愛美は丁度の金額を支払った。

「ありがとうございました」

 マスターの優しい言葉に送られて、愛美は急いで祖母のいる病院に向かった。

 病院に着く頃にはすでに夕方となっている。

 夏の夕暮れは久しぶりだが、どこか懐かしいものだった。

 病院に入り、祖母の病室に向かって歩いて行く。何故か、周りの静けさに愛美の胸は高鳴る。嫌な予感が愛美の脳裏を走った。

 急いで病室に向かい、ノックもせずに入る。

 真っ白な病室に窓から差し込む茜色の夕焼け。逆光となる光の中に両親と妹の美幸、それに主治医だろうか、看護師と三人がベッドを中心に立っている。

「愛美・・・」と武志が囁き、そっと手招きをする。

 愛美がベッドの傍に寄る。そこには静かに眠る祖母の姿があった。

「お婆ちゃん・・・」と愛美が声を掛ける。すると、眠っていると思った祖母の目がゆっくりと静かに開いた。

「お婆ちゃん」愛美がその場を忘れて大きな声を挙げた。

「ほらね、待っていたら来たろう。愛美。最後に見たあの海の夕焼け・・・は、綺麗だった・・・ね」そう最後に言葉を言い残すと、祖母は静かに眼を閉じ、長い眠りに就いた。

 あれから2週間が過ぎた。

 愛美は祖母との思い出が残る場所、あの名前の無い喫茶店に再び足を向けていた。

 実家から時間を掛けてゆっくりと歩いて来たおかげで、小さい頃の思い出をいくつか見つける事も出来た。その中には先日、他界した祖母との思い出もある。

 潮の香りを感じながら、目的の喫茶店が目に入ってくる。

 そのお店は白い外壁に赤い瓦屋根。大きな窓が南に向いている。そして、入り口は白い扉にステンドガラスがはめ込まれているオシャレな雰囲気がある。

 二度目に訪れた今日、初めて入り口に向かって左側に出窓があり、『クレープ販売中』という小さな看板が見える。

『クレープもあるんだ・・・』

 愛美は、今度は自分一人じゃなく、姪っ子も連れて来てあげようと思った。自分の息子では嫌がるだろうな・・・。

 クレープの看板の脇には、かき氷の文字もある。今の季節がら、かき氷も置いておかないと売り上げに響くのだろう。

 愛美はゆっくりと店の入り口を開く。

 カランカランと扉の動きに合わせて金属のベルが店内に来客の知らせを告げる。それに合わせて「いらっしゃいませ」という元気な声が届いた。

「お客様、1名ですか?」まだあどけなさの残る少女が素敵な笑顔で出迎えてくれた。

「一人です」

「では、窓際のテーブル席へどうぞ」と少女は窓際のテーブル席へ案内してくれようとしたが、愛美は「あっ、すいません。今日はマスターとお話がしたいので、カウンターでも・・・」と伝えた。

 少女は不思議そうな表情を作ると、カウンターの奥に立つマスターの方へ視線を送った。

 マスターはお客の姿を一瞥すると、自ら、「こちらの席へどうぞ」と招いてくれた。

 愛美は静かにマスターの目の前の席に腰を落ち着かせた。

「ご注文がお決まりになりましたら、御呼びください」とマスターは声を掛けながら、お冷とメニューを手渡してくれる。

「あの・・・、アイスカフェオレと、レアチーズケーキをお願いします」

「レアチーズケーキにはラズベリー、ブルーベリー、ストロベリーのいずれかのソースをおかけしますか?」

「ソース・・・?あっ、じゃあ、ストロベリーで」

「かしこまりました」
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