【完結・R18】記憶をなくした元伯爵令嬢は、今日も優しい公爵様に甘く愛されて幸せです【番外編追加】

堀川ぼり

文字の大きさ
5 / 21
一章

水面が揺れる

しおりを挟む
 数十分の距離を馬車に揺られ、到着したのは林の前のあぜ道だった。
 そこから伸びる道を数分歩き、木々の間を抜けた先にパッと開けた空間がある。
 そこにあるのは大きな湖と、整備された小道。私たち以外に湖畔を楽しむ人はいないのか、この素敵な景色の中にルシアン様と二人で立っている。
 陽の光を浴びて湖の水面がキラキラと輝き、自然に囲まれて澄んだ空気が気持ち良い。
 思わず溢れた「綺麗……」という感想に、ルシアン様が「そうだね」と返してくれた。

「あの、ルシアン様はこの景色を見るために連れてきてくれたんですか?」
「それもあるけど、もう一つやりたいことがあるんだ。少し奥まで歩こうか」
「……? はい」

 奥まで歩くという言葉に素直に頷き、そのまま遊歩道に移動する。この先に何があるのかは分からないが、こんなにも気持ち良い道を散歩しないなんてもったいない。
 綺麗な景色を見ながら歩いているだけなのに、いつもと違う場所にいるせいか会話も弾む。
 本当に、今日のデートがずっと楽しい。

 しばらく歩くと湖の奥に、小さな桟橋が見えてきた。広めの座席が設けられた細長い小舟が停まっていて、桟橋に近付くと、漕ぎ手の男性がルシアン様と私に向かい一礼する。

「ルシアン様、セシリア様。お待ちしておりました」
「急に頼んで悪かったね。このまま乗っていいかい?」
「もちろんでござます。どうぞ足元にお気をつけて」
「ああ、ありがとう」

 水に浮かぶ足場の不安定な船に、まずルシアン様が一人で乗り込む。
 桟橋に残された私にルシアン様が手を伸ばし、おそるおそる手を重ねた。

「ほらセシリアも。気をつけて」
「はい、ありがとうございます。……あ、きゃっ……」

 揺れる底板に少しだけバランスを崩し、ルシアン様に抱きつく形になってしまった。ルシアン様の胸に支えられたおかげで無事に舟に乗ることができたが、近くなった距離にドキドキと鼓動が早くなる。

「大丈夫?」
「だ、大丈夫です。ありがとうございます」

 慌てて距離を取ろうとするが、それができるほど舟の上は広くない。結局近い距離のまま、舟の真ん中に並んで座り、ふかふかのクッションに背中をもたれかける。
 私たちが座ったことを確認してから、長い櫂(かい)を手に持った船頭が舟の端に立った。

「それでは出発いたします」

 水の中に櫂を差し入れ、静かに水面を波立たせる。ゆっくりと進み出した小舟は、水面を滑るように湖の中心に向かって動き出した。
 冷たい風が頬に当たり、ふわりと髪が靡く。キラキラした水面が近くて、覗き込むと水中には魚の泳ぐ姿が見える。
 この数分で、一気に違う世界に迷い込んだみたいだ。
 今日だけでたくさんのものを、ルシアン様は私に見せてくれる。

「本当に素敵な場所ですね。水が澄んでいてすごく綺麗……」
「よかった、楽しんでくれているみたいで」
「はい、連れてきてくださってありがとうございます。ルシアン様が行きたいところって、湖だったんですね。急いでいるみたいだったので、何かのお店なのかと思っていました」
「ああ…….ほら、暗くなると舟が出せないから。さっきは急かしてごめんね」
「そんな、謝らないでください。こうやって素敵な場所で過ごせて、本当に今日一日とても楽しいです」

 触れている右側が温かくて、一緒に過ごせる時間を幸せに感じる。今日一日、私はずっと頬が緩みっぱなしだ。
 ふと自分の手元に視線をやると、薬指にある金色が、自然光を反射してキラキラと輝いている。
 嬉しくてふふっと笑い声を漏らすと、「セシリア」と名前を呼ばれて顔を上げる。
 いつも通りにルシアン様も、微笑みを向けてくれているはずだ。それなのに、何故か金色の瞳だけが、不安そうに揺れているように見える。

「……今日、何か思い出した?」

 問われた瞬間、しん――と周りから音が消えた気がした。
 数秒の間に、今日したことを改めて思い返す。
 街に出て、指輪を買ってもらった。私の好きそうな店があるという通りを散策し、馴染みの店ではジャムをもらった。急いで移動して湖に来て、こうして舟に乗せてもらっている。
 よくあるデートといえば、そうなのかもしれない。
 だけど今日一日ずっと私は楽しくて――きっとそれは、記憶を失くす前の私も、同じように感じていただろう。

「あ……! もしかして、ルシアン様が今日連れて行ってくれた場所は、以前の私がよく行っていた所なんですか……?」
「……はは。そう思う?」

 否定されなかったことで、ただの予感が確信に変わる。
 時折感じた何かを気にするようなルシアン様の表情も、そう考えると納得できた。

「……ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
「だって、これだけいろいろしてもらったのに、私は本当に何も思い出せなくて……」

 それどころか、ルシアン様がどこまでも優しく私に接してくれることを、当たり前のように享受していたのだ。
 何も知らない場所での生活に慣れようとするだけで、優しくしてくれるルシアン様に甘え、その真意を考えたことなど一度もなかったのである。
 気まずくて申し訳なくて、俯くように視線を下げる。
 その瞬間に優しく肩を抱かれ、ルシアン様との距離がぐっと近くなる。ぽんぽんと慰めるように、大きな手が私の肩を数回撫でた。

「別にいいよ。セシリアが楽しかったなら、今日はそれだけで十分」

 それだけでいいわけがないのに、優しい声色に胸が痛くなる。
 ルシアン様の顔を見れないまま、ゆっくりと口を動かした。

「……今日、とても楽しかったです」
「うん、よかった」

 陽が落ち始めた空を見ながら、静かに息を吸い決意を固める。
 ――記憶を取り戻すための方法を、私はもっと、しっかりと考えていかなくてはいけない。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月@騎士の夫〜発売中です
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。

MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。 記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。 旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。 屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。 旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。 記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ? それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…? 小説家になろう様に掲載済みです。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

身代わりの恋だと思っていました〜記憶を失った私に、元婚約者が泣いて縋る理由〜

恋せよ恋
恋愛
「君を愛している。一目惚れだったんだ」 18歳の伯爵令嬢エリカは、9歳年上のリヒャルト伯爵から 情熱的な求婚を受け、幸せの絶頂にいた。 しかし、親族顔合わせの席で運命が狂い出す。 彼の視線の先にいたのは、エリカの伯母であり、 彼の学生時代の恋人で「初めての女性」だった……ミレイユ。 「あの子は私の身代わりでしょう」「私はあなただけなの」 伯母ミレイユの甘い誘惑と、裏切りの密会。 衝撃の事実を目撃したエリカは、階段から転落し、 彼と過ごした愛しくも残酷な二年間の記憶だけを失ってしまう。 「……あの、どちら様でしょうか?」 無垢な瞳で問いかけるエリカに、絶望し泣き崩れるリヒャルト。 裏切った男と、略奪を企てた伯母。 二人に待ち受けるのは、甘い報復と取り返しのつかない後悔だった。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

【完結】私を忘れてしまった貴方に、憎まれています

高瀬船
恋愛
夜会会場で突然意識を失うように倒れてしまった自分の旦那であるアーヴィング様を急いで邸へ連れて戻った。 そうして、医者の診察が終わり、体に異常は無い、と言われて安心したのも束の間。 最愛の旦那様は、目が覚めると綺麗さっぱりと私の事を忘れてしまっており、私と結婚した事も、お互い愛を育んだ事を忘れ。 何故か、私を憎しみの籠った瞳で見つめるのです。 優しかったアーヴィング様が、突然見知らぬ男性になってしまったかのようで、冷たくあしらわれ、憎まれ、私の心は日が経つにつれて疲弊して行く一方となってしまったのです。

処理中です...