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今はこれが精一杯
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出火したのは私の部屋の真下にあたる306号室で、すぐに消防が駆けつけたため被害はそこまで大きくないらしい。
マンションに着いてすぐに管理人さんと部屋の確認に行ったけれど、被害にあった数室以外の住人はもう普通に生活をしていた。私の部屋にあった私物も、綺麗に洗って乾かせば普通に使えそうな状態で残っている。全焼したわけではなく、それは不幸中の幸いなのだろう。
それでも家具の一部が焦げていたり、部屋全体が煤で汚れて水浸しになっていたりと人が住める状態ではなかった。
保険に入っているから保証はあるし、部屋は管理会社の負担できちんと修繕してくれるらしい。それでも修繕が終わるまでしばらく時間は掛かってしまうし、その間の生活の事をまた新しく考えなくてはいけない。
管理人さんの説明を聞き終わったあと、とりあえず落ち着ける場所で考えた方がいいからと、結人が近くのファミレスに連れ出してくれた。
全然関係ないはずなのに、ここまで私に付き合ってくれる結人が優しすぎて申し訳なくなってしまう。
「とりあえず何か食べながら考えようか。これからどうするつもりだった?」
「……他の人は実家に帰ったり近くの友達の家に泊まったりするみたいだし、私も少し遠いけど実家に戻ろうかな。すぐ終わるならホテル暮らしでもいいんだけど、修繕に最低二ヶ月かかるって言われると少し厳しいし」
「実家に戻るくらいなら、しばらく俺のところ使ったら?」
「え……?」
「部屋なら余ってるし、住んでる場所は変えない方が和音も色々と楽じゃない? ただでさえ気苦労増えるのに、ホテル探したり実家から通勤するの大変でしょ」
「でも、そんなの……」
「部屋の修繕してる間、自分の荷物出さなきゃ駄目ならそのまま運んでくれていいよ。同じ建物内だし、荷物の移動も楽でちょうどいいんじゃない?」
あまりにも優しすぎる提案に、言葉がぐっと胸の辺りで痞える。
こんなに心配してくれて、今だって私のためにこんな風に言ってくれる人を相手に、さっきの私は何を考えた?
また昔みたいに戻るんじゃないかと、そんな失礼な事を考えた私に、結人の優しさに甘える資格があるとは思えない。
「……いいよ。そんなに迷惑かけられない」
「迷惑じゃないから言ってる。俺は和音が近くにいてくれた方が嬉しいよ。部屋だって本当に余ってるから好きにしていい」
「そんな、そんなのできないよ……。余ってるって言ってくれても、そこは結人の部屋なのに」
「和音がいいって言ってくれるまで何もする気ないけど、口約束だけじゃやっぱり不安? 自分のこと好きだって言ってる男と同じ空間で生活する事になるんだし、警戒されるのは当然だけど」
「へ……」
久しぶりに聞いた「好き」と言う二文字に、思わず動きを止めてしまう。
分かりやすく固まった私を見て、結人が怪訝そうに眉を寄せた。
「何その反応。俺が言った事、もしかして忘れてた?」
「ち、ちがっ、忘れてたわけじゃない……けど」
「うん。ごめん、知ってる。俺といる時に難しい顔して、色々考えてくれてたもんね?」
「え? あ……」
「良い返事以外は要らないから、和音がその気になってくれるまで待ってる。でも別に返事を急かすつもりはないし、こんな状況だからって脅そうと思ってるわけでもないよ。和音が嫌がること色々してた負い目があるから、それを取り返すために力になりたいって思ってるだけ」
「へ……?」
「困ってるところを助けてやるから許せって言うつもりもない。和音に都合よく俺のこと使ってよ。無理やり何かするとか絶対しないから」
婚約者という役割を放棄して逃げたり、優しくしてもらったのに少し着信がたくさん残っていただけで疑ったりして、負い目を感じるべきなのは私の方だ。
これ以上迷惑を掛けたら良心が痛んで仕方ないから、こんな申し出は当然遠慮するべきだと思っていた。
だけど、今ここで本当に断ったら、結人を信頼していないって答えるのと同義になってしまうのだろうか。
「……こ、これ以上迷惑かけたくなくて、本当にそれだけなんだけど」
「本当に、俺は迷惑だなんて思ってないよ。和音が嫌じゃないならまた一緒に住みた……いけど、違う、ごめん。今の忘れて。一緒に居たいって下心はあるけど、本当にそれだけで何もしないから。変なこと言ってごめん」
何に対しての謝罪なのか、正直もうよく分からない。色々あって疲れているのは確かだけど、疲れていなかったとしてもきっとよく分からなかった。
今の私に分かるのは、結人にこれ以上謝って欲しくないってことくらいだ。ごめんなんて言葉をこれ以上言わせてしまうのが嫌で、ゆっくりと言葉を選びながら喉から絞り出す。
「……あの、結人が迷惑だって思ったら追い出してくれていいから、しばらくお世話になってもいい?」
言った瞬間、言葉を止めた結人が深く息を吸い込む。
「……うん。和音が安心して過ごせるようにするから、困ったことがあったら何でも言って」
疑ってしまった事がやっぱり心苦しくて、ありがとうと短い返事をするだけで精一杯だった。
この人の優しさに返せるものを、私は何も持っていない。
マンションに着いてすぐに管理人さんと部屋の確認に行ったけれど、被害にあった数室以外の住人はもう普通に生活をしていた。私の部屋にあった私物も、綺麗に洗って乾かせば普通に使えそうな状態で残っている。全焼したわけではなく、それは不幸中の幸いなのだろう。
それでも家具の一部が焦げていたり、部屋全体が煤で汚れて水浸しになっていたりと人が住める状態ではなかった。
保険に入っているから保証はあるし、部屋は管理会社の負担できちんと修繕してくれるらしい。それでも修繕が終わるまでしばらく時間は掛かってしまうし、その間の生活の事をまた新しく考えなくてはいけない。
管理人さんの説明を聞き終わったあと、とりあえず落ち着ける場所で考えた方がいいからと、結人が近くのファミレスに連れ出してくれた。
全然関係ないはずなのに、ここまで私に付き合ってくれる結人が優しすぎて申し訳なくなってしまう。
「とりあえず何か食べながら考えようか。これからどうするつもりだった?」
「……他の人は実家に帰ったり近くの友達の家に泊まったりするみたいだし、私も少し遠いけど実家に戻ろうかな。すぐ終わるならホテル暮らしでもいいんだけど、修繕に最低二ヶ月かかるって言われると少し厳しいし」
「実家に戻るくらいなら、しばらく俺のところ使ったら?」
「え……?」
「部屋なら余ってるし、住んでる場所は変えない方が和音も色々と楽じゃない? ただでさえ気苦労増えるのに、ホテル探したり実家から通勤するの大変でしょ」
「でも、そんなの……」
「部屋の修繕してる間、自分の荷物出さなきゃ駄目ならそのまま運んでくれていいよ。同じ建物内だし、荷物の移動も楽でちょうどいいんじゃない?」
あまりにも優しすぎる提案に、言葉がぐっと胸の辺りで痞える。
こんなに心配してくれて、今だって私のためにこんな風に言ってくれる人を相手に、さっきの私は何を考えた?
また昔みたいに戻るんじゃないかと、そんな失礼な事を考えた私に、結人の優しさに甘える資格があるとは思えない。
「……いいよ。そんなに迷惑かけられない」
「迷惑じゃないから言ってる。俺は和音が近くにいてくれた方が嬉しいよ。部屋だって本当に余ってるから好きにしていい」
「そんな、そんなのできないよ……。余ってるって言ってくれても、そこは結人の部屋なのに」
「和音がいいって言ってくれるまで何もする気ないけど、口約束だけじゃやっぱり不安? 自分のこと好きだって言ってる男と同じ空間で生活する事になるんだし、警戒されるのは当然だけど」
「へ……」
久しぶりに聞いた「好き」と言う二文字に、思わず動きを止めてしまう。
分かりやすく固まった私を見て、結人が怪訝そうに眉を寄せた。
「何その反応。俺が言った事、もしかして忘れてた?」
「ち、ちがっ、忘れてたわけじゃない……けど」
「うん。ごめん、知ってる。俺といる時に難しい顔して、色々考えてくれてたもんね?」
「え? あ……」
「良い返事以外は要らないから、和音がその気になってくれるまで待ってる。でも別に返事を急かすつもりはないし、こんな状況だからって脅そうと思ってるわけでもないよ。和音が嫌がること色々してた負い目があるから、それを取り返すために力になりたいって思ってるだけ」
「へ……?」
「困ってるところを助けてやるから許せって言うつもりもない。和音に都合よく俺のこと使ってよ。無理やり何かするとか絶対しないから」
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これ以上迷惑を掛けたら良心が痛んで仕方ないから、こんな申し出は当然遠慮するべきだと思っていた。
だけど、今ここで本当に断ったら、結人を信頼していないって答えるのと同義になってしまうのだろうか。
「……こ、これ以上迷惑かけたくなくて、本当にそれだけなんだけど」
「本当に、俺は迷惑だなんて思ってないよ。和音が嫌じゃないならまた一緒に住みた……いけど、違う、ごめん。今の忘れて。一緒に居たいって下心はあるけど、本当にそれだけで何もしないから。変なこと言ってごめん」
何に対しての謝罪なのか、正直もうよく分からない。色々あって疲れているのは確かだけど、疲れていなかったとしてもきっとよく分からなかった。
今の私に分かるのは、結人にこれ以上謝って欲しくないってことくらいだ。ごめんなんて言葉をこれ以上言わせてしまうのが嫌で、ゆっくりと言葉を選びながら喉から絞り出す。
「……あの、結人が迷惑だって思ったら追い出してくれていいから、しばらくお世話になってもいい?」
言った瞬間、言葉を止めた結人が深く息を吸い込む。
「……うん。和音が安心して過ごせるようにするから、困ったことがあったら何でも言って」
疑ってしまった事がやっぱり心苦しくて、ありがとうと短い返事をするだけで精一杯だった。
この人の優しさに返せるものを、私は何も持っていない。
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