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どうせ何も始まらない

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 再会した日はそれどころじゃなくて、結局間取りの検索なんてしていなかったなぁと思い出す。

「……広いね」
「ああ、そっか。和音の住んでる階の半分の戸数みたいだから、単純に計算すると二倍くらいの広さになるのかな」

 玄関は同じくらいの広さに見えるけれど、私の部屋との共通点はそのくらいだろうか。
 一人暮らしで使うにしては広めのリビングは、綺麗に整頓されているけれど、なんだか少しだけ寂しく感じた。
 家具も家電もしっかりと揃っているし、生活感がないとまでは言わない。それでも私物が少ないように見えるのは、私の気のせいではないだろう。
 そういえば、結人は最近ここに引っ越してきたばかりだと言っていたっけ。引っ越してから少なくとも一月は経っているはずだけど、これから物を増やしていく予定なのだろうか。
 大人になったのだから当然といえば当然なのかもしれないけど、学生時代に通っていた結人の部屋とは全く違う雰囲気で戸惑ってしまう。
 なんだか全然知らない人の部屋に足を踏み入れたみたいだ。初めて入ったのだから、知らない人の部屋に足を踏み入れたことに違いないのだろうけど。

「和音、こっち」
「うん?」
「どう使うか考えてる最中で、とりあえず適当に物置いてた部屋。すぐに荷物出すし、好きに使っていいから」

 扉一枚隔ててリビングと繋がった洋室を指しながらそう言われ、そこまでさせられないと慌てて首を振る。
 しばらく置いてもらう身なのに、荷物を運び出すなんて手間を掛けさせるわけにはいかない。

「あの、そんな……そこまでしてくれなくて大丈夫だから」
「本当にほとんど使ってないからすぐ済むよ。近いうちに片付けようと思ってたし」

 言いながら部屋の中から持ち出されたのは、数個の紙袋と積んであったいくつかのダンボール箱。どうやら本当に物置として使っていたのか、この部屋には買った物をそのまま置いていただけらしい。
 数分も経たないうちに荷物は運び出されてしまい、最後に残ったのは無地のカーペットと木製のローテーブルだけだった。
 これから色々揃えるつもりだったのかもしれないけど、通販で買ったものを一時的に置いておくだけの部屋があるなんて、あまりにも勿体ない使い方をしている気がする。
 1LDKの私の部屋でも一人で暮らすには十分だったし、広めの2LDKなんて、一人で暮らすと持て余してしまうのかもしれない。
 
「とりあえずこんな感じかな。和音が持ってきた荷物とか、この部屋に置いていきなよ」
「あの、本当にごめんね。しばらくお世話になるけど、落ち着いたらちゃんとお礼するから」
「そんなにかしこまらなくてもいいよ。好きに使ってって言ったの俺なんだから」
「……うん。何から何までありがとう」

 とりあえず手に持っていた仕事用の鞄を置かせてもらい、これからどうしようかと考える。
 私の部屋で被害が大きかったのはキッチン周辺で、浴室に置いてあるシャンプー類やスキンケア用品はそのまま使えそうだった。
 それ以外も全部が焼失したわけではないけれど、寝室の方は煤と水でかなり汚れていたし、寝具や服などの布製品は新しく買い揃えるしかないだろうか。
 事情を話して仕事は二日間お休みにしてもらえたけど、やる事が多くて気が重くなる。
 こうやって仮の住処を提供してもらえたことで、新しく住む場所を考えずに済んだのは正直ありがたい。結人の優しさを利用しているみたいで申し訳ないけれど、今の状態でもキャパオーバーしそうなのに、引っ越しのことまで考える余裕はなかった。

「細かい事は明日以降決めていくとして、すぐに必要なものだけ買いに行って今日は早めに寝たらどう? いきなり色々あって疲れたでしょ」
「あ……うん。確かに今日できる事あんまり無いし、そうしようかな」
「分かった。じゃあ買い物だけ一緒に行こうか」

 この時間に空いている近くの店がコンビニくらいしか思い浮かばなくて、とりあえず替えの下着さえ買えれば今日は大丈夫だろうかと考える。
 明日買いに行くものは、また寝る前にでもリストアップしよう。とりあえず今日は寝る準備さえできればそれでいい。

 一緒に結人の部屋を出てエレベーターに乗り込み、徒歩五分の場所にあるコンビニに向かった。
 シャンプー等は自宅から持っていけばいいし、ここで買うのは下着くらいだろうか。そんな事を考えながら黒いショーツを手に取り、棚の前で足を止める。
 急に必要になる事なんてなかったから、コンビニの衣料品コーナーに立ち寄ることなんてほとんどなかった。下着とか靴下以外にも色々とあるものなんだなと、そんなことを思いながら商品を観察してしまう。
 そんなに高い物でもないし、服は一枚買っておこうかな。お泊まり用のスキンケアセットは必要ないと思うけど、寝る時用のTシャツくらいは用意した方がいいかもしれない。

「あ、でも下がないのか……」
「あれ、ここで服買うの?」

 Tシャツを手に持ちながら迷っていると、不意に声を掛けられてそちらに視線を向ける。
 いつの間にか隣に立っていた結人の手には、二人分のアイスが握られていた。
 
「服系は全滅しちゃったから、とりあえず寝る時に着る服は必要かなって思って……」
「適当に和音が着れそうな服貸すよ? 下に履くもの売ってないみたいだし、これだけあっても仕方ないでしょ」

 持っていたTシャツが結人に取られて棚に戻され、下着だけが私の手に残る。「他に必要なものないの?」と聞かれて頷くと、じゃあ買ってくるねと言われてそのまま結人がまとめて支払ってしまった。
 レジの前で時間をかけて揉めるのも嫌でお任せしてしまったけど、こういう細かく積み重なった分もちゃんとまとめて後で返そう。

 会計を終えてコンビニを後にし、明日からのお互いの予定を話しながら歩く。
 休みをもらったからとりあえず色々買ってくると伝えれば、必要なものは俺の方でも揃えるよと言ってくれて、その優しさにじわじわと心臓が疼く感じがした。
 嬉しいのか苦しいのか、自分でもよく分からなくてもどかしい。
 同棲中の恋人みたいな会話が少しだけ懐かしくて、学生時代の諸々を思い出すとどうしても苦い気持ちになる。
 再会してから良い関係を築けていると思っていたし、結人に対しての好意や感謝だって感じている。だけど何かのきっかけで昔のように戻ったら、私の抱えている中途半端な気持ちはまた変わってしまうんだろうか。

「和音、聞いてる?」
「え? あ、ごめん。色々考えてて……もう一回言ってほしい」
「ああ、ご飯どうしようかなーって。明日の朝あるもので適当に作る予定だけど、和音もそれでいい?」
「えっと、使っていいもの教えてくれたら私がするよ。結人が家出るの八時半なら、八時までに食べられるようにしておけば大丈夫?」

 ほとんど反射で言ってしまったけれど、私のこの返事は一体どこから来ているんだろう。
 これからお世話になるのだから、私に出来ることをして返したいと思うのは普通だと思う。だけどこの発言が、結人の機嫌を伺うようにしていた過去の習慣で言っているだけだとしたら最悪すぎる。

「うん、ありがと。でも色々あって和音も疲れてると思うし、とりあえず明日は俺がしていい? 今後どうやって生活していくかは、また明日話し合おうか」

 私の発言の真意なんて気にした様子もなくそう言ってくれる結人に、なんと言っていいのか分からず曖昧に笑って返事をする。
 過去を引き摺っているのは私だけのような気がして、ただ優しくしてくれるだけの結人に対してまた罪悪感が募った。

 改めて告白してくれたばっかりなのに、返事を先延ばしにして結人の好意を利用しているような気がする。好きだと言われたのに曖昧な状態のままにして、私はどこまで返事を引っ張るつもりなんだろう。
 こんな中途半端な状態で甘えるだけ甘えて、試すようなことをしている。
 仕返しのように人の気持ちを利用している私の方が、あの頃の結人よりもずっと悪いことをしているんじゃないのかな。

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