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そこまで求めてない

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 結人の部屋に戻る前に再度自室に戻り、バス用品と最低限のスキンケア用品を持ち出した。
 浴室に置いてあったものは、全て被害に遭っていないから問題なく使える。洗面所にあった化粧水等も、ボトルの表面を軽く水で流すだけでそのまま使えそうだった。
 衣類だけはどうしようもなかったから、貸してくれるという結人のお言葉に甘えて、私でも着れそうなものを寝巻として使わせてもらうことにした。
 タオルや着替えを全て脱衣所に用意してもらった状態で「俺は色々したいことあるから先に入って」と言われ、勧められるがままにお風呂を使わせてもらっている。

 慌ただしさから一瞬だけ解放された気持ちになり、ゆっくりと湯船に浸かりながら一度息を吐いた。
 疲れた体を温めながらでも、忙しなく頭は動くものらしい。
 火事で家を失い困っている友人がいたとして、私だったらどこまで親切にできるのかと考えてしまう。
 数日家に泊まらせるくらいのことは普通にするだろうけど、流石に数か月単位で居てもいいよとは言えない。
 相手がどれくらい困っているかによって対応が変わってくるとはいえ、人のために何でもしてあげる程の余裕が自分にあるとはあまり思えなかった。
 落ち着いて思い返すと、改めて結人はどこまでも親切で、できた人だなと思ってしまう。
 火事があったと知って私を迎えに来てくれた時から、こうやって家に置いてくれるまでずっと。何かをする度に私が気にし過ぎないようにと、気遣うような言葉ばかり掛けてくれる。
 好きだと伝えられたばかりだし、多少の下心は含まれているのかもしれない。それでも直接的な見返りを要求されたわけではないし、結人の気持ちを利用して得をしているのは私の方だ。

「あー……駄目だな、ほんと。流されてばっかりだ……」

 小さく零した独り言が、湯船に溶けて消えていく。
 自分が何をしたいのか、考えれば考えるほど分からなくなっていく気がした。
 過去にあった出来事を忘れたわけじゃない。だけど再会してから数回食事に行っただけで、信用に足る人だとも感じている。
 好きだと伝えられても直ぐに応えられないくせに、このまま良い関係を続けていきたいとは思っているのだ。だからこうやって中途半端に結人の厚意に甘えて、曖昧に関係を繋ごうとしている。
 思い返してみるとあまりにも自分勝手な行動ばかりとっている気がして、罪悪感で息がしにくい。

「……はぁ。そろそろ上がろ」

 逆上せる前に湯船から上がって、脱衣所に用意されていたタオルで髪を拭う。買ったばかりの下着を身に着けたあと、結人に借りたパジャマに腕を通した。
 少しサイズが大きいシャツを着ただけなのに、男の人のものを身に着けている状況に何だか少しだけ緊張してしまう。これだけで太腿まで隠れるとはいえ、下を穿かないのは色々と駄目な気がして、ズボンも裾をかなり捲る形で使わせてもらった。

「あの、あがったよ。お風呂ありがとう」
「あ、ちょうどよかった。聞きたいことがあって」
「うん……?」

 リビングに戻って声を掛けると、ソファに座ったままの結人が視線を上げる。
 おいでおいでと手招きされて近付くと、結人が使っていたスマホの画面を私に向けた。

「今注文しようとしてたところなんだけど、これでいい?」
「……えっと?」
「ベッドが届くの最短でも二日後になるみたいなんだけど、和音は平気?」
「は……?」

 お風呂から上がってすぐにそんなことを言われても頭がついていかず、一瞬なにを訊かれているのか分からなった。
 脳内で今の言葉を数回繰り返してようやく、結人が私のベッドを購入しようとしているのではないかという結論に至る。
 いや、まさかそんなと思いつつも、それ以外に質問の意図が見つからない。

「え、あの……もしかしてそれ、私のベッドだったりする……?」
「うん。和音の部屋のベッドはもう使える状態じゃなかったし、どうせ改修終わったら買い直すでしょ。ここに客人用の布団とか置いてないし、寝具用意しなきゃいけないなら同じかなって思って。和音の部屋が直ったらそのまま運んで使ってもらえばいいし」

 私が人にしてあげられるなと考えていた限界のレベルを、結人は普通の事のような顔をして軽く超えてくる。
 いくら結人から言ってくれた事とはいえ、これは流石に流されて甘えていいことじゃない。

「あの、何か最低限の布団のセットを明日自分で買ってくるつもりで、それを置かせてもらえればそれだけで十分だから」
「布団使うの和音は慣れてないでしょ。ベッドの方が楽だと思うけど」
「だからって、結人の部屋に私のベッド置いて欲しいなんて考えないよ。寝具は自分でどうにかするから結人は気にしないで。こうやって部屋を使わせてもらえるだけで、私は本当に助かってるから」

 この言葉は私の本心で、遠慮しているわけでも嘘をついているわけでもない。
 結人が注文のボタンを押す前に相談してくれて本当によかった。何も知らされてい無い状態でベッドが届いたりしたら、本当にどうしたらいいのか分からなかったと思う。

「明日の買い物で自分で選んで用意するから、本当に気にしないでね。結人は親切で言ってくれてるだけなのかもしれないけど、流石にそんなの受け取れないよ」
「……分かった。とりあえず俺が用意するのはやめておくけど、何かしてほしいことあったらその都度教えて」

 どこまで分かってくれたのかは分からないけど、とりあえずベッドの件はこれで終わったらしい。
 結人のスマホ画面に表示されていた通販サイトが閉じられ、そのことに一先ず安心した。

「あの、色々と気にしてくれてありがとう。でも泊まらせてくれるだけで、本当に凄く助かってるから」
「大したことしてないよ。和音が色々負担に思ってる状況には変わりないでしょ」

 じっと見つめられると、どういう顔をしていいのか分からなくなる。
 火事になったことで住む場所を失い、確かに私はそれなりに負担を感じているのかもしれない。だけど私に色々気を使ってばっかりの結人だって、絶対に疲れているはずなのだ。
 ただ近くにいて巻き込まれた形になっただけで、本来ならする必要のない負担を私が結人に負わせている。
 今だって、少しでも私が不便に思わないようにと、結人は色々してくれようとする。

「そういえば、和音は今日はどうやって寝る? 俺はソファで寝落ちすることもあるしどこでも眠れるから、嫌じゃないならベッド使って」
「っほんと……そんなの気にしなくていいから、ベッドは結人が使って。一日だけだし、何か大きめのタオルとか貸してもらったら、それ掛けて用意してもらった部屋で寝ること出来るから十分だよ」

 これ以上何かしてもらうなんて、申し訳なくて受け取れない。特にそれが結人に負担をかけてしまうことなら尚の事、お願いなんて出来るわけがなかった。
 本気で困っている私の表情から、結人も何か察してくれたのだろう。しばし間を空けてから、結人までが少し困った顔をして優しく笑う。

「……和音がそれでいいなら今日はそうしようか。でも本当に、そんな寝方は一日だけにしてね」

 一度リビングから出ていった結人が、ブランケットと毛布を持って戻ってくる。「これで大丈夫?」と手渡され、十分するぎるそれをお礼を言いながら受け取った。

「お風呂入ってくるから寝てていいよ。疲れたと思うし、部屋でゆっくりして」

 それだけ言って脱衣所に向かった結人に、再度お礼を言って静かに見送る。
 きっと、一緒にいても私が気を使って疲れるだけだとでも思われたのだろう。色々と断ってばかりの自分の言動を思い出して、また少し罪悪感が募った。
 どういう言い方をしたら、結人の負担にならなかったんだろう。そんなに気を使わなくてもいいよって、それだけを伝えられたらいいだけなのに。
 拒絶みたいに思われていたら嫌だなぁと、そんな事を思いながら用意してもらった部屋に戻る。
 どうやら私の気の使い方は、結人みたいに上手に出来ていないらしい。



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