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居候の条件
しおりを挟む本当に、こんなに丁寧にもてなしてくれなくても構わない。
「あの、昨日はバタバタしててちゃんと話せてなかったから、これからどういう風に生活すればいいかとか、今からちゃんと教えてもらっていい?」
お客さんじゃないのだから、迷惑にならないように自分のことくらいはちゃんとする。
住む場所がなくなったとか私物が燃えて駄目になってしまったことなんて、本来なら結人には何の関係も無いことだ。同情して助けてくれるのは有難いけれど、その気持ちに甘えて寄生していいわけがない。
家事全般を担う事が住まわせる条件だと言うならそれで構わないし、どこまで踏み込んでいいのかというルールは、最初の内にしっかりと決めてもらった方がいい。
気まずい空気に気付かないフリをして話題を変えると、何かを考えるようにしばし黙っていた結人がゆっくりと口を開く。
てっきり、どのレベルまで家事を任せようとか、生活費は何割ずつ負担するかなどを考えているのだと思っていた。
それなのに結人が口にしたのは、私が思っていたのとは全く違う内容だった。
「好きとか付き合おうとか、もう俺からは極力言わないようにする。大丈夫になったら和音の方から教えて」
「へ……」
「少し時間が空いたとしても、その時の俺の気持ちが分からないとか悩む必要ないから。何をしたら和音の気持ちが動くか分からないし、また付き合えると思ったらすぐに言ってよ」
一体何を言っているんだろうと、口にするより先に顔に出てしまっていたらしい。
何を言われても「分かった」と受け入れるつもりだったのに、私の口から漏れたのは「は……?」という戸惑いの疑問符だけである。
「流石にキス以上のこと試すなんて出来ないし、和音が付き合ってもいいって思ったら教えてよ。俺から毎日質問したりしないから、和音のタイミングでいい」
「えっと……好きって言わないっていうのは……?」
「強迫されてるみたいで嫌でしょ? 毎日好きとか言っても変にプレッシャー与えるなら虚しいだけだし、付き合う気がないのにそんなの聞かされても俺のこと嫌になるだけだと思うから。言わないって言ったの、別に和音に気を使ってるわけじゃないよ。そんな顔しないで」
「う、うん……?」
「和音がしてもいいって言ってくれたから、寝る前にキスとか普通にすると思う。それも嫌だったらちゃんと拒んで。言ってくれないと分からないから」
キスをした流れを無理に変えようとしたから、何か勘違いさせてしまったのかもしれない。
とりあえず今度は誤解されないようにちゃんと細かく伝えようと、恐る恐る口を開いた。
「あ、その……それは分かったけど、何時までに毎日のご飯用意して欲しいとか、私がどこまで家の事に手を出していいのかとか、そういうこと教えてもらいたいなって……」
「え? あー……あんまり細かいこと決めるつもりなかったんだけど、最初から色々と分担しておいた方が和音はやりやすい?」
「へ……?」
「学生の時も半分一緒に住んでる状態だったけど、細かくルール決めたりしなかったよね? ああいう感じでいいと思ってた」
学生の時はそうだったかもしれないけれど、今とあの頃では時間の使い方が全然違う。
結人が忙しいことは知っているし、私だって学生の時のように自由に時間を使えるわけではない。
当時の私達が細かいルールを決めていなかったのは、私が結人の家にいる時のほとんどの時間、結人が一緒にいたからだと思う。
食事を作るのは私が担当することが多かった気がするけれど、買い物や食器の片付けは結人も一緒にしていたし、どこまで掃除していいかとか家賃の負担をどうするかなんて事前に確認する必要もなかった。
そもそも一緒に住んでいたわけではないし、当時の私はまだ実家に部屋があったのだ。
大学に近くて通うのに便利ではあったけれど、あそこは決して私の家じゃない。結人に呼ばれて通っていただけの場所だ。
まあ、呼び出される頻度が多かったし、そのまま泊まりになることがほとんどだったせいで、半分は一緒に住んでいるような状態だったけれど。
「あの頃と今じゃ状況が違うし、結人の部屋を使わせてもらってる状態になるわけだから適当にするのは良くないかなって……。その、住まわせる条件とか、して欲しくないこととかあったら先に言って欲しくて」
「条件?」
「食事はどうするかとか、掃除は頼みたいけど寝室には入らないで欲しいとか、そういう感じの……」
「ああ、帰るのが遅くなる時だけ事前に連絡欲しいかな。俺も何かある時は早めに連絡するから、和音もそうして」
「え……そ、それだけ?」
「うん。あとは生活しながら、何か必要であればルール作ろうか」
そんなわけにはいかないと訴えても、話せば話すほどに私に都合の良い条件ばかりが並んでいくから、だんだんと何も言えなくなってしまう。
家賃は要らないし、用意されても受け取らない。
明日和音がご飯作ってくれるなら、明後日は俺が作るね。多分早めに帰れるから。
ああ、カード渡しておくから、必要なもの買う時は使って。
何かをすると言ってみても、結局は結人が損をするような提案で上乗せされてしまって、何も返せる気がしない。
結人が嫌がらない限り、一通りのことはするつもりでいる。だけど私が考えていること全てを任せてはくれないのだろうなと、容易に想像がついてしまう。
「ねえ、和音」
一人でぐるぐると考えている最中。名前を呼ばれて顔を上げると、結人の手が私の頬に触れる。
結人の表情から何をするつもりなのか分かってしまい、緊張で小さく息を吸った。
「本当、嫌だったらちゃんと言ってよ」
「……あの、ほんとに嫌な時は嫌って言う、けど……」
一度重なった唇が、数秒触れてそのまま離れた。
やっぱり全く嫌だとは思えなくて、普通に触れてくれるようになったことを安心しているような気さえする。
ああ、そうか。私が出来る結人が一番嬉しいことって、もしかしてこれなのかな。
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