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18巻
10
帝国の魔法事情を知らないから比べようがないいのだけども。
結界魔法は成竜ビーの炎の息をも弾く。対魔法結界魔法はユグルの魔法精鋭部隊の集団魔法をかき消す。ドワーフの兄弟、アゲートとゴームの自慢である巨大槌の一撃でも傷一つ負わない自慢の結界だ。巨大槌の一撃はランクSのコルドモールにすら傷を負わせる。
結界魔法は薄い虹色。対魔法結界魔法は空色なので範囲がわかりやすい。
防音魔道具が部屋の間取りを瞬時に読み取り、壁際数センチぎりぎりまで魔法が展開しているため、新たに部屋に招き入れない限り部屋内部の音は絶対に聞こえない。
魔道具は中空を漂う僅かな魔素を吸い取って魔力とするため、外部から魔力を補充しなくても良い仕様。核となる魔石が膨大な魔力の圧縮体であるミスリル魔鉱石だからこそ、様々な魔法効果を石に込められるのだ。
「……なんてものを造ったのだ、タケル」
「うん。俺もここまで凄まじい魔道具になるとは思わなかった」
クレイは新しくお披露目した範囲指定ができる結界魔道具に呆れた。改良前の範囲指定型結界魔道具は何度か見たが、最新式を見るのは俺も初めて。品の良い薄紫色の結界魔法。
ビーとスッスは煌めく結界魔法らの効果を感心しながら眺め、ブロライトは辺りの気配を読んでから笑みを浮かべ、俺たちにサムズアップ。魔道具たちは問題なく起動していると。
俺はブロライトへ頷きで返すと公爵の前に行き、近づきすぎないよう距離を考えてから腰を落とす。クレイたちも俺に習って腰を落とした。ビーも絨毯の上に立って頭をぺこり。可愛い。
「ワディランテ・デオスィラゲル・ショペン公爵閣下にご挨拶願います。わたくしどもはアルツェリオ王国が商業ギルド所属、バイリー商会一同でございます」
高位貴族に向けた最敬礼で挨拶をすると、公爵は驚きを隠せないまま結界魔法に夢中。
「これは……なんとも複雑な魔法だ。王国にはこのような魔道具が当たり前のように扱われておるのか?」
まるで少年のように目を輝かせ、公爵は車椅子から立ち上がりそうな勢いで聞いてきた。その動作を執事に止められ、一度は椅子に座りなおす。だが夢中になっているからか、公爵は再度立ち上がろうとしていた。
俺は公爵の質問に片手を胸に当てて頷く。
「当たり前ではありませんが、騎士団は所有しております」
王国騎士団は個人で盾魔道具と清潔魔道具を所持しているから、あながち間違ってはいない。範囲指定ができない従来の盾魔法だが、威力はランクAのモンスターの攻撃くらいは耐えられる。お値段はお高めだけど。
「それはそれは……王国騎士団の力は恐ろしいものだ。そにしても、なんとも美しい色なのだな。これが結界魔法だとは信じられぬ。術式に色を乗せ、展開範囲を可視化したのだな?」
「え、ええ。えーと? はい。従来の結界魔法は色が濃かったので、視界が不鮮明になると困るかなと思い薄くしてみました」
「うむ、うむ、フェジョランケの花の色のようだ。素晴らしい。魔道具は……三つ展開しておるのか?」
「は、いえ、四つであります」
正直に言えばもっとだけど。幻惑魔法の応用で変身云々も魔道具を使っているのでね。
「なんと! このような複雑な術式を乗せた魔道具を四つも起動しておるのに、魔力がひとつも干渉しあっておらぬ。なんと繊細な魔法なのだ」
わーい。
褒められた。
え。待って。俺、今、挨拶したよね? 公爵閣下、魔道具に夢中になって俺たちの挨拶にお返事してくれないんだけども! 目上の人に挨拶をしたら、挨拶を返してもらって、やっとこさ喋ったり返事をしたり立てるのが王国流儀なのだが、帝国は違うの?
俺が戸惑っていると、俺の隣りで腰を落としていたクレイが忌々し気に突然立ち上がった。
そうしてクレイは幻惑魔法がしっかりと部屋を包み込んでいることを再度確認すると、目を瞑って鰐獣人の変装を解いてしまった。
「あっ」
スッスがクレイの真の姿を見て声を上げてしまうと、執事のクノクローフと家令のヘームスケルクは驚愕のあまり固まっている。
きっといつもならば冷静沈着に、顔色一つ変えない優秀な二人なのだろう。わかるよ。気持ちはわかる。緑鱗の無骨な鰐獣人かと思えば、空色の鱗を持った魔王、じゃなくてドラゴニュートが現れたのだから。
「よもや……、我の手紙が王国に届いたのか? いや、貴殿の元へ届いたのだな?」
公爵が震える声でゆっくりと立ち上がろうとすると。
クレイが息を吸う音が聞こえた。
俺とブロライトとスッスは、揃って己の耳を急いで塞いだ。
「いい加減にせぬかショペン! 相も変わらず魔道具のことになると周りを見失うは貴殿の悪癖であるな。よもや、我ら以外の客人相手にも同じようなこと真似をしているのか? 帝国大学校の頃から性根は変わっておらぬではないか! 御父上の跡を継ぎ、デオスィラゲル公爵家を立派に継いでいるかと思えば!」
ビリビリと空気が振動するほどのクレイの怒声。
俺はこの声を傍でしょっちゅう聞いているから今更怖くないのだが、クレイは声に圧を乗せるから聞き慣れない人にとっては威嚇とも取られるだろう。しかも、執事と家令には圧をかけないよう上手いこと声を操って公爵だけに響くようにしていた。
ブロライトは耳を塞ぎながら苦く笑い、スッスはバツが悪そうに公爵から視線を反らした。ビーは応接机の上に並べられた色とりどりの菓子に夢中。
公爵は幾度も立ち上がろうとしていたが、声の圧に負けて車椅子に座りなおした。そして恥ずかしそうにもじもじとしながら頭を下げた。
クレイの怒鳴り声で気絶をしないどころか怯えもしないとは。公爵はクレイの怒鳴り声で気絶するかと思っていたんだ。若しくは震えて縮こまるとか。
クレイの怒鳴り声はランクDくらいのモンスターは怯んでしまうほどの力がある。経験豊富な冒険者や肝の据わった貴族ならばクレイの威圧に耐えられるだろうが、それでも高位貴族とはいえ耐えた。
そういえば公爵閣下って、元帝国竜騎士団の団長だっけか。
「ごめんなさい」
「誤れば許される歳ではなかろう! 子は幾つになった!」
「ええと、にじゅう……いくつかと、じゅう……」
「成人した子を持つ親が、見知らぬ者どもを本丸へと引き入れ、あまつさえ魔道具に夢中になるとは」
「いや、しかし、クローフが持ってきた手紙を読んで我はクレイストンであると確信したのだ! 学生時代に我が攻撃魔法の試射に失敗して尻を火傷したことを知っているのは、クローフとヘームスとクレイストンだけではないか!」
いやさ。
公爵閣下さ。
そんな大声で過去の黒歴史を披露しちゃって良いの? 攻撃魔法を試射して尻を火傷するなんて、ある意味で器用ですよ。
そろそろ立ち上がらせていただきたいんだけど。
「柔軟な考えは貴殿の長所ではあるが……警戒するべき時は警戒せよ」
クレイが心底疲れたように息を吐きだすと、公爵は哀しそうに微笑んだ。
そうしてゆっくりと、執事と家令に身体を支えてもらいながら車椅子から立ち上がる。
「警戒はじゅうぶんにした。今の我を見よ」
公爵はとても背の高い人だった。両隣のクノクローフとヘームスケルクだって背は高い方だった。なんせブロライトと同じくらいの背丈だからな。
この背丈で健康だったならば、そりゃあ竜騎士団の団長をやっていたと言われても不思議に思わないだろう。取り戻したい、公爵の筋肉。
「警戒をいくら重ねようが、悪の手は帝国の中枢にまで入り込んだ。我は貴殿にさんざん迷惑をかけた身。これ以上の苦悩を背負わせられぬ故、貴殿を呼ぶまいとしたのだが」
「旦那様、我らだけではとても対処できぬ問題なのです」
「悔いる前に動くべきでございます」
公爵はふふふと笑うと、苦しそうに顔を顰める。
「何が帝国公爵だ。友の言葉には素直に耳を傾けるべきであった。我はもう……悔いることすら許されぬ身だ」
そうして絞り出すような声を震えさせた。
執事と家令に支えられながら、やっとこさ立ち上がれる公爵の目にはうっすらと涙。
毒の後遺症が残っているせいかな。時々顔が痛みに歪むのは見ているのが辛い。
公爵がここまで辛そうにしているのは、身体の痛みだけではない。サテル殿下の拉致監禁と、公爵邸内での毒殺未遂事件が重なったせいだろう。邸宅の最高責任者は家令ではなくて公爵本人だからな。
「クレイ、病人が相手だ」
「わかっておる」
「説教は後でしてくれ。先ずはグランツ卿に改良を命じられる前の、『全力マドレーヌ』を公爵閣下に食べてもらおう」
「……あれを、か?」
「重湯を食べるほど胃腸は弱っていなさそうだから。だけど原液を直接飲んでもらうには弱っている。公爵閣下、申し訳ありませんが、一言『許す』のお言葉を賜っても宜しいでしょうか」
俺たちが今この場に存在することを公爵に許してもらわないと、本来なら話しかけることすら不敬にあたる。それは面倒だ。
公爵は介助されながらゆっくりと車椅子に座る。
「ふふ。客人からそのようなことを言われたのは初めてだ。許す、構わぬ、楽になさい」
「ありがとうございます。そんなわけで、こちらの焼き菓子を食べましょう」
「何?」
俺の突拍子もない行動にクノクローフとヘームスケルクは一気に警戒態勢。この反応、二人もさすがの元騎士団員。衰えない俊敏な動きはスッスと良い勝負をするだろう。現役のスッスに分があるけども。
「順序だてて話をせぬか」
「だけど痛いものは痛いままだと痛いぞ?」
「そうじゃ。先ずは不自由な足を治すのじゃ」
「おいら、ヴィリオ・ラ・イ産のギョクロを持っているっすよ」
「ピュイ!」
話をしようにも、身体のどこかが痛かったりすると話に集中できないだろう。
俺の言い分にブロライトとビーが頷き、スッスが先んじて腰の巾着袋から大きな魔法瓶を取り出した。
「ショペン、クローフ、ヘームス、こやつらは俺が何よりも信を置く仲間だ。頭の痛い真似を仕出かすが、迷惑をかけぬとは――言いきれぬがな。俺の槍に誓う。お前の憂いを晴らしてみせよう」
そう言ってクレイは背負っていた赤い筒を手にすると、公爵の前に突き出す。
「クレイストン……」
「遠き地まで俺をわざわざ指名したのだ。この名、使えるのならば大いに使え」
「なんと……なんとも有難いことか……! 我は何をすれば良い? 貴殿の命じるままに動こう。何を望む。何でも望むものを与えよう!」
え。
それじゃあ公爵家の愛用石鹸を教えてもらおうかな。
俺が望むものを口にする前にクレイに睨まれました。
怖いね。
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