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7巻
7-3
3 王宮にて、献立計画
宮殿といえばこっちの世界でも俺が元いた世界でも、豪華絢爛で敷地が無駄に広く、庶民の税を集めまくったその時代の象徴である。
王の権威を表すために増改築を繰り返した宮殿もあり、見た目が豪華なのに反して住み心地は悪そうだった。
かの有名なフランスのヴェルサイユ宮殿。贅の限りを尽くした美術的価値も高い建築物であるが、あの寒々とした部屋で暮らしたいとは思わなかったな。なんせトイレ事情がアレで、庭とか噴水の周りとか、当時はとんでもなかったらしいし。
言うまでもなく、俺は庶民だ。骨の髄まで、庶民である。
二十畳の広さを誇る広々としたフローリングのリビングよりも、六畳和室に炬燵がポツンと置かれた部屋のほうが落ち着く。ベルカイムにあるルセウヴァッハ領主の屋敷や、王都エクサルの中層にあるグランツ卿の別邸に滞在して思ったことが、「掃除大変そう」だった。だからこそ使用人の仕事があるのだろうけど、調度品を壊したら誰が責任取るんだろうとか、そういう余計なことを考えてしまう。ほら、庶民だから。
クレイは元竜騎士であり、ストルファス帝国の王室に仕えていた経験がある。もともと故郷では次代の郷長となるべく鍛えられたと言っていたが、誰かに何かを命じたり頼んだりすることに慣れているということだ。つまり、育ちがいい。
ブロライトは言わずもがな。見た目も中身もアレな子ではあるが、ハイエルフ族。グラン・リオ・エルフ族を治める女王の娘であり、執政官の弟。蝶よ花よと育てられたわけではないが、相応の礼儀作法などは心得ている。つまり、育ちがいい。
プニさんは神様だ。人に傅かれるのに慣れているし、プニさんの存在そのものが尊い。つまり、育ちが……
「プニさんの場合、育ち云々の問題じゃないな」
「ピュ?」
「いや、なんでもない」
大きな金色の目を不安そうに瞬かせたビーが、こてりと首をかしげる。ぬるりとした艶やかな喉を指で撫でてやると、ビーは心地よさそうに目を細めた。
ビーが不安になるのも無理はない。俺たちが今いるこの部屋は、今までに通された貴族の部屋の中でも、一番の居心地の悪さだ。
磨き抜かれたつるつるの石の上に敷かれた、毛足の長い臙脂色の絨毯。高い高い天井には、微量の魔力を感じるシャンデリア。壁に飾られた天地創造の絵画には、雄々しいふるちん男が空に手を伸ばす姿が描かれている。黒檀と黄金の細工の調度品にデカい陶器の壺。
調査すれば一つひとつがとても貴重で、とても高価な品なのだろう。さすが、王宮。
「タケル、この飲み物は美味しくありません。お前が淹れたハデ茶を出しなさい」
そんなきらびやかな調度品に囲まれた応接室で、いつも通り偉そうにしているプニさん。侍女さんが淹れてくれた温かなお茶を一口飲むなり、眉をひそめてそう言った。
いやいや、そこで控えている侍女さんたちに悪いでしょうよ。
「プニさん、そんな失礼なこと言っちゃいけません」
「ひひん。何故ですか。事実を言ったまでです。それに、わたくしたちをこのような部屋に通しておきながら、待たせすぎると思わないのですか」
そりゃそうだけど。
俺たちは今、王宮にいます。
アルツェリオ王国王都エクサルのど真ん中、丘の上に燦然と輝く超巨大な建造物である、王宮。つまりが王様が住んでいる家。
その王宮の応接室に通されて、既に数時間が経過。
それぞれの町や村には時を知らせるための魔道具が必ずあり、決まった時間ごとに時の音が鳴り響く。学校のチャイムのようなものだ。
国内の町や村には時を知らせるための一族が必ずいて、時知らせの魔道具の保管と、時を知らせるための鐘を鳴らすのが仕事。この王都内にもそうした一族が住んでいる。広大な王都全土に時を知らせるため、数百人体制で鐘を鳴らしているらしい。
王都では大体一時間置きに鐘を鳴らしてくれるから有難い。ちなみに大きな商店の店舗には時を色で知らせるものも置いてあったりする。
ともなくそんなおかげで、王宮にある応接室でも開かれた窓の外から僅かに鐘の音が聞こえていた。
応接室に通されてから三つ目の鐘の音、ということは。
「プニ殿、お待たせいたして申し訳ない。王宮というところは、何かと手続きや準備などに時間がかかるところなのだ」
クレイがプニさんに頭を下げると、プニさんはむっと唇を尖らせた。
これ以上機嫌を損ねられちゃ敵わないと、俺は鞄の中からハデ茶入りの魔法瓶を差し出す。ついでにチェルシーさん特製の焼き菓子を添えて。
「お前がわたくしに謝罪をすることはありません。呼びつけておいてわたくしを待たせる人の子が悪いのです」
確かに待たせすぎだとは思うけど、段取りを後回しにして急遽俺たちを王宮まで連れてきたグランツ卿の気持ちもわかる。
競売会場を利用した俺の調査大会によって、アルツェリオ王国に仇なす不穏分子の名前がわかった。グランツ卿がもともと怪しいと目を付けていた元老連中を筆頭に、芋づる式にぼろぼろと出てきた貴族や商人たち。それらがアルツェリオ王家中枢にまで入り込んでいたことに危機感を覚え、グランツ卿は俺たちを呼び出したのだ。
通常、庶民や冒険者が王宮を訪れるのには各種手続きが必要になる。警備のダレソレの了解と警備主任であるダレソレの了解と竜騎士であるダレソレの了解と……とまあ、各方面への申し送りに数日かかる。下位貴族すら王宮にはなかなか近づけないというのに、俺たちみたいな得体の知れない冒険者を王宮に招くなんてもってのほか。
しかし、グランツ卿は自分の立場を大いに利用。国の一大事だからと、問答無用で俺たちを王宮に連れてきた。
これが、夜明けごろの話。
早朝に叩き起こされた俺の気持ちになってもらいたい。レインボーシープの毛で編まれた鍛冶職人見習いリブさんお手製の布団でぬくぬくしていた俺に、起きろと叫ぶラプトル顔のクレイのドアップ。起き抜けにあの顔は心臓に悪い。
クミルさんたちも早朝に訪ねてきたグランツ卿の馬車に目を丸くし、王宮に行くことがわかると絶叫。手土産はどうする、正装しなさい、その前に顔を洗いなさいとてんてこまい。三姉妹も起こしてしまったのは申し訳なかった。
寝ぼけ眼をこすりつつ、熟睡中のビーを頭に乗せ、やってきました王宮。
豪華な内装を物珍しく見学していても、一時間もすれば飽きる。おまけに壁際にずらりと並んだメイドやボーイたち。無言、無表情のままこっちを見ているから居心地は最悪。プニさんがキレるのも無理はないのだ。
「まともに朝飯も食べられなかったからな。今朝は白身魚のハデ茶漬けにしようと思っていたのに」
「タケル、それはどのような食べ物じゃ」
落ち着きなく部屋をぐるぐると徘徊していたブロライトが、耳をピンと立てて聞いてきた。
よくぞ聞いてくれました。
「クレイの故郷で買った白身魚を少し炙ってだな。王都の露店で買った小魚の佃煮と、大根おろし。そこに醤油を少し垂らして、最後にハデ茶を入れるお茶漬け丼だ」
「どんぶりということは、もしやオコメなのか?」
「そうです」
できたてのホカホカ飯に、炙った白身魚と小魚の佃煮。大根おろしは添える程度。
チーム一同の脳内はハデ茶漬けのことで頭がいっぱいになっているのだろう。揃って喉を鳴らした。
しかし王宮の応接室でお茶漬けを食べるわけにもいかず、メイドさんが用意してくれた軽食などで胃袋を黙らせる。この軽食っていうのが、美味しくない。サンドイッチのような食べ物だったのだが、パンはかさかさで硬くて、野菜はぐねぐねで新鮮さが一切なく、挟まれている肉のようなものは味がしなかった。
王宮の人たちって、この食事が当たり前なのだろうか。だとしたら、俺は王宮で暮らせない。
「そのうち鉄板焼きもやろう。ベルカイムに戻ったら職人街で巨大鉄板を作ってもらう」
「テッパンヤキ? それも美味いのか?」
「何を焼くのじゃ」
「わたくしも食べます」
「ピュイ!」
豪華なソファーに座って、豪華なテーブルを挟み、豪華な茶器を囲んで盛り上がる。
「焼くのはなんでもいいんだ。一定の温度を保つ魔石を鉄板に仕込んでだな、目の前で一気にじゅわっと焼くんだ。バターでもいいし、植物油でもいい。醤油を垂らしたら最高だな」
お茶漬けに続いて芳醇な香りを放つバターと醤油のコラボレーションを想像した面々の顔には、僅かに笑みが零れる。
塩コショウだけでステーキを焼くのもいい。海鮮でもいい。そうだ、ベルカイムやトルミ村に鉄板焼きを流行らせれば、俺がいつでも食べられるじゃないか。
俺が発案だけしておけば、あとは住民がいろいろとアレンジしてくれる。そのアレンジ方法も様々で、俺が思いつかないようなものも発明してくれるのだ。俺が発案した大判焼きは進化を遂げ、今じゃベルカイムの貴族御用達レストランのメインディッシュになっている。ちょっと意味がわからない。
それはともかく、俺たちは時間を潰すために食べたいものを言いあった。鞄から取り出したメモ帳にそれぞれのリクエストを書き出し、ベルカイムに戻るまでの朝食と昼食と夕食を決めていく。
あれが食べたいこれが食べたいと呑気に盛り上がる俺たちを見守るメイドさんたちは、無表情だった顔に僅かな笑みを見せた。あまりにもくだらないことで笑いあう俺たちを見て、警戒する必要はないかもしれない、と思いはじめているのだろう。ふふ。
「静粛に、静粛に、落ち着いて。それじゃあ、夕飯にカニ鍋が一回、辛めの山菜雑炊が一回」
「朝は握り飯じゃ!」
「はいはい、四種の握り飯ね。全員参加で作るんだからな。俺一人にやらせるなよ」
「わたくしに手伝えと?」
「働かざる者食うんじゃない。と、言ってもプニさんは馬車を引いてくれるから、ハデ茶を魔法瓶に入れる係でいいよ」
「ひひん」
メモ帳にそれぞれのリクエストを書き出し、献立を決める。カニの在庫がそろそろ心もとないので、王都での用事が済んだらカニ狩りかな。
それよりも先に一仕事しなくては。
「あ、そうだ。これが終わったら図書館に行かせてもらう」
「ぬ? 以前にお前が受けたいと申しておった、書物を探す依頼のことか?」
「そうそう」
この前、図書館で出会った魔法学校の青年がギルドで正式に依頼を出してくれたのだ。彼のためにも、本を探さないといけない。
図書館には重要文献なども保管されているため、その警備は厳重だ。僅かな魔力の波動も察知するらしく、うかつに魔法を使うことができない。だがしかし、魔法を探知する魔道具を確認するのは人。
種族がどうであれ、人って眠くなったら眠るよな……
図書館を中心に、半径一キロ以内にいる人に安らかな眠りを数分だけ提供したら、本を魔法で探してもバレないんじゃないかな。ついでに探している本を読ませてもらう。
そこまで大がかりなことをせずに、素直にグランツ卿に相談するのも有りかもしれない。図書館でこういう本を探させてほしいと言えば、絶対に駄目だとは言われないような気がする。
人脈は持っているだけでは駄目なのだ。使わなくては、意味がない。
そんなことを考えていると、侍従たちが応接室に入ってきた。
「蒼黒の団の皆さま、大変お待たせいたしました」
侍従は深々と一礼し、続いてとんでもないことを言い放った。
「陛下のご準備が整いましたので、どうぞ謁見の間へとおいでください」
え。
陛下って、陛下、サン?
俺とビーが揃って首を傾げると、クレイの鈍器という名の拳が俺の後頭部に炸裂。
「痛っ!」
「呆けるでない。現王陛下がお逢いくださると言われたのだ。もっとしゃんとせぬか」
「いやだって、王様? なんで王様に逢うわけ?」
「お前は何のために王宮へと招かれたと思う」
「……グランツ卿のお部屋訪問? あ、痛っ!」
「阿呆。お前が調べしことの審議が為されるのであろうが!」
そんな怒鳴ることないじゃないか。しかも二回も殴る? クレイにはビタミンが足りないな。怒りっぽいのはカルシウム不足だっけか。魚の骨を食わせてやる。
王様に謁見ということは、アルツェリオ王国の頂点に君臨する人に逢うというわけだ。しかも、相手はドワーフでもエルフでもリザードマンでもなく、人間。この巨大な国家の元首様。
お洋服、着替えるべき?
4 衆人環視の、その中で
「良いか? 陛下のご尊顔を直視してはならない。それが許されるのはエルフ族、ブロライトだけである」
「顔を見なければいいんだな。わかった」
「あくまでもへりくだるのだぞ。無礼な真似は絶対にいたすな。何か問われたら、許可を得てから答えるのだぞ」
「誰が許可するの?」
「執政官が同席なされるのであれば、執政官であるな。良いか? 決してふざけた真似はするな」
「ふざけた真似なんてしないって。あのなあクレイ、俺はこれでもドワーフの王様やエルフの女王様にも逢ったことがあるんだからな。人間の王様なんて噛みつくわけじゃないだろ? なんとかなるって」
謁見の間へと向かう間に、クレイは俺に王族へ対する挨拶の仕方や言葉遣いなどを教えてくれた。ドワーフの王様にしたような挨拶でいいらしい。
アルツェリオ王国の王様に謁見すると言われても、正装したほうがいいのかな、清潔もう一度かけたほうがいいのかな、くらいにしか思わない。王宮に来る前に清潔をしたから、臭くはないだろう。
ドワーフ王国の王様は気安い感じがしたけど、謁見の間に続く扉はここよりもずっとずっと立派で巨大だった。ドワーフというのは、やたらと巨大なものを作りたがる気質なのだ。クレイの魔王像然り。
俺の恐怖耐性はこういった緊張感もりもりの場にも発揮される。つまり、緊張しないのだ。どういう人なのかな、という期待はある。まさかドワーフの王様のようにちょこちょこと歩き回るような、そんな王様ではないと思いたい。
エルフの女王様、ブロライトのお母さんは素晴らしい美人だったな……こう、これこそ女神様っていう感じの、恐れ多いって言葉がピッタリだった。身近にいる本物の神様は恐れ多いというよりも、めんどくさい。
「人間の王は噛みつかぬが、周りにいる者どもが噛みつくやもしれぬぞ」
「ああ……伝統とかナントカにうるさそうな人たち?」
俺がそう口にすると、クレイが嫌そうに顔をしかめた。
グラン・リオ大陸のお隣にあるエポルナ・ルト大陸。その大陸を統べる大帝国、ストルファス。クレイはそのやたらとでかい国の王宮で働いていたことがある。そこでクレイは慣習とか伝統とか格式とかにうるさいほど拘る貴族と関わりあい、辟易したらしい。特に暗黙の了解というのが大の苦手で、たいていそういうのは悪い金絡み。クレイによると、賄賂なんてのは呼吸するより自然に横行しているようで、王宮ってとんでもないところだなと思った。
グランツ卿が王宮に住みたがらないのは、そうした薄汚れた社会が大嫌いだったからだ。奥方を何よりも大切にしているグランツ卿は、王宮に住むと自称側室候補がワラワラと付きまとうのが嫌で仕方がないと言っていた。
俺とクレイの会話を聞いていたブロライトが尋ねてくる。
「グランツ卿も謁見の間に来ておるのじゃろう? 見知った顔が一人はおるのじゃ」
「いやあ、グランツ卿は面白そうにニヤニヤ笑っているだけかもしれないぞ。あの爺様ならやりそうだ」
今でこそ王位継承権を放棄しているグランツ卿だが、その昔は王位継承順位第二位でもあった。だがしかし、グランツ卿は裏で暗躍することが大好き。表舞台は王様に任せ、自分は身軽に好き勝手動くために継承権を返上した。もちろん、若き王様の後見人としてサポートはばっちり。
「不快な思いをするようなことがあれば、すぐにでも退室なさい。わたくしが許します」
プニさんは衆人環視の応接室を抜けてすぐ、最小サイズに化けてしまった。今は正装をしたブロライトの胸ポケットに潜んでいる。
「プニさんも挨拶だけすればいいのに」
「ひひん。わたくしは神ですよ? 神は人の子に頭を下げません。しょせん血と肉を持つただの人の子に、へりくだることはいたしません」
いや、そういう挨拶じゃなくてさ。こんちはー、みたいな気安い……
無理か。王様相手に無理か。
俺のローブの下に隠れたがるビーを頭の上に乗せ、不安そうに揺れる長い尻尾の先をつまんでやる。
ビーを変装させることも考えたが、王様を騙すことはしないほうが良いとグランツ卿から助言があった。そもそもドラゴンは国が守るべき尊く、神聖な生き物。俺が竜騎士ではないからと、取り上げることはないはず。
「ピューイ……」
「ビーはドラゴンだぞ? 胸を張ってただそこにいればいい。言葉がわからないふりをして、周りの連中を威嚇するんだ」
「ピュイ! ピュピュ」
「安心せい。ドラゴンの意思は何よりも尊重される。お前を取り上げるなら、我らはアルツェリオを出るだけだ」
「そうそう。クレイの言う通り。ルセウヴァッハ領を陰ながら見守りつつ、トルミ村に潜伏。活動拠点を別の大陸にすればいい」
「どの大陸に行くのじゃ? わたしは船に乗ってみたい!」
「船? 馬とどちらが速いのでしょうね」
これから王様に逢うというのに、なんとも呑気な連中だこと……なんて、傍に数人控えている侍従さんたちは思っているだろう。中には明らかにバカにしたような、軽蔑した目で見てくる侍従もいる。
王様に逢う人は皆緊張しまくって、言葉なんて発せないのかもしれない。ところがどっこい、俺たちは王族慣れしているんだなこれが。得体の知れない獰猛なモンスター相手なら緊張するけど、相手は言葉が通じる人間だろ? しかも、グランツ卿の甥御様。話が通じる人であると信じたい。話が通じなかったら――
グランツ卿が守りたいと言うこの国を見限ることはしたくない。
だけど、俺はともかくクレイやブロライト、ビーが侮辱されるようなことがあればキレるぞ。うるさいことを言い出したら、カニのハサミぶん回してやるぞ。
でもそれは最終手段。俺たちが無礼な真似をすれば、俺たちを招いたグランツ卿の顔を潰すことになる。後見人となってくれているベルミナントに恥をかかせることになる。それは宜しくない。
「扉が開きます。私語は慎まれるよう」
きらびやかな服装の侍従が声をかけ、扉の左右に待機していた衛兵に扉を開けるよう指示した。
衛兵は何も言わずに重たそうな扉を開く。
「ピュー……」
ビーの微かな鳴き声が、高く薄暗い天井にこだました。
そこは臙脂色の絨毯が敷き詰められた、広い部屋。
柱の一本一本、巨大な窓の一つ一つは黄金の細工で飾られている。天井にはまたもや天地創造のふるちん男が描かれている。うなじにびりびりと感じる魔力。エルフの郷ほどじゃないけど、この部屋には強力な魔力が溢れているんだろうな。
王様が座す豪華な玉座には、薄い光の膜が張られていた。あの玉座自体が結界魔道具になっているのだろう。今まで見た魔道具の中で一番強そうだ。俺がミスリル魔鉱砂で作った結界魔道具に似ている。
でも、王様を守るこの結界魔道具よりも、俺が作ったトルミ村の防御壁のほうが数千倍も強いってことは、生涯黙っておく。
玉座の左右に竜騎士が四人。左側の竜騎士はマルス大佐だ。きりりとした礼服に身を包み、笑顔を封印した凛々しい姿。口元がもにょもにょと蠢いているのは、彼女が憧れているクレイの姿を見たからだろう。
壁際には等間隔に竜騎士が立っている。物々しい警備ではあるが、竜騎士の誰もが目を輝かせて頬を赤らめていた。クレイの存在感はんぱないな。
玉座は俺たちが立つ床よりも五段上に作られていて、玉座の右下にも豪華な椅子が一つ置いてあった。
部屋の中央部分でクレイが立ち止まる。でかいクレイの背中で玉座がよく見えない。え。玉座あんなに遠いけどいいの? 王様の顔……は、見ちゃいけないけど、ここじゃ遠すぎない? 王様ってそんなに目がいいわけ?
今更ながら聞きたいことがたくさん出てきたが、我慢して直立不動。ビーは落ち着きなく俺の髪をぐしゃぐしゃにしながら右往左往。ビーも小さな声で「遠くない?」と言っている。
恐ろしいほどの沈黙の中、玉座の右側にある扉が開く。さわさわとした衣擦れの音とともに、数人の爺様たちが入ってきた。
しばらくすると同じ扉から着飾った女性たちが入室。続いて侍従らが続く。
全員がそろったころに再び部屋が静寂に包まれると、先ほどとは別の右側の壁にある小さな扉が開いた。小さいと言っても、人ひとりが余裕で出入りできる大きさ。
その扉から白いローブを纏って杖をついた老齢の男が入ってきて、玉座の傍に立った。そして――
「ルセウヴァッハ領ベルカイムギルド、『エウロパ』所属。チーム蒼黒の団」
広い部屋によく通る声が響き渡ると、クレイとブロライトはその場で腰を下ろした。クレイは頭を下げているが、ブロライトは腰を下ろしただけ。エルフ族は高潔な一族であるからして、簡単に他種族に頭を下げることはない。それは、王様が相手でもだ。
いやいや、それよりも腰を下ろすタイミングとか教えておいてくんない?
俺も慌てて腰を下ろして頭を下げる。今の絶対に間抜けだった。ビー、恥ずかしいからって俺の背中に爪を立てるな。
「リュデイェルク・レーヴェルヒト・グランツ・グラディリスミュール大公閣下のおなりでございます」
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