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10巻
10-3
ひゅるるるるる……ぽすっ。
なんだあの気の抜けた照明弾は。眩しくもないし、音も微かだ。
俺が考えていた花火は尺玉だぞこの野郎。ズドンとドガンと腹に響く、あの真夏の夜空を輝かせる大輪の花。
「やはり我らが魔法を使って……」
「それは絶対にやめてください。ルキウス殿下たちの……その、魔石が、この魔素のない場所でどんな反応を示すかわからないんだ」
言葉を濁すようにルキウス殿下の胸に埋め込まれた魔石を見ると、ルキウス殿下は顔を曇らせてしまった。
魔法の扱いに長けたゾルダヌが魔法を使えない、使ってはならないというのは、屈辱なのだろう。騎士や侍女たちも悔しそうに俯いている。
できないことはできない。できないのならばできるように努力する。それでいいんじゃないかと俺は思う。社会人たるもの、そうやってコツコツと経験を積み重ねていくのだ。継続は力なりといったもので、できなかったことができる瞬間が必ず来る。
ゼングムたちハヴェルマは王都を追放されても、めげずに前向きに生きていた。
なんだか滑稽だよな。追放された魔族が生き延びていて、王都に残った魔族たちが滅びようとしているなんて。滅びに拍車をかけたのは俺だけども。
「すまない、タケル。王都の外がこのような枯れた地になっていたことすら、我は知らなかったのだ。我は狭き世界で生きていたのだな。王城で当たり前に過ごしていた日々が、なんとも情けないことかと悔いる」
「ルキウス殿下はコタロを庇護していただろう? それだけで精一杯だったのはわかるよ。あの魔王、人の話なんて聞かなそうだからな。白でも赤だと言いそうだ」
そうに違いないと言いきると、ルキウス殿下は少し笑ってくれた。
コポルタ族は相変わらず新天地への興奮を隠さぬまま、散らばらないように気をつけながらもあちこちを散策している。大木の根っこを掘る者、木陰で丸くなって数人で寝る者、火山に向かって祈る者など様々だ。
コタロとモモタ兄弟は何故か俺の膝を枕にして眠っているのだが、これが可愛いのなんのって。腹を天に向けて安心しきった顔して鼻をひくひく。しかし腹の虫は鳴っている。
早いところハヴェルマたちの集落に行って、ごぼうサラダや肉を食わせてやりたい。コポルタ族のためならば、狩ってみせますモンスター。
「おう、タケル。ゾルダヌたち身体に魔石を埋め込んでいるやつには、絶対にこの地で魔法を使わせるなよ」
俺の頭の上で寝ころぶヘスタスが、俺の髪の毛を引っ張りながら改めて言う。
そもそもルキウス殿下たちに魔法を使うなと警告したのは、ヘスタスだった。
またもや守護精霊だの神の御使いだのとルキウス殿下たちは騒いだが、ヘスタスはそれを否定せず崇めろ敬えとドヤ顔。遠いお空に投げてやりたいこのイモムシ。
ヘスタスの言うことに信憑性があったためか、ルキウス殿下は神妙な顔をして話を聞いてくれた。
「ヤツらが埋め込んでいる魔石は魔素を吸収する力がえれぇ弱い。まるで他から魔素を吸い込むことを拒んでいるようにも見える」
「ヘスタス、殿下たちの魔力が見えるのか?」
「俺は魔力の塊だからな。多少の魔素の流れってもんは見えるぞ。だから言えるんだが、アイツらが纏う魔力はどうにも不自然だ」
「不自然て何。魔石を身体に埋め込んでる時点で不自然ではあるけども」
「なんてーかな。こう、もぞもぞーっとしていて、ぶわわわーっとしたやつが、にょろにょろーって」
なにそれわからん。
ヘスタス曰く、マデウスに住む生き物は、誰しも魔力を纏っているらしい。
魔力の大きさは種族や生物ごとで違うのだが、魔力ありきで生きているのが通常。基本目には見えないが、目に見える種族もいるらしい。身体の表面にうっすらと魔力を漂わせているものらしく、ヘスタスにはそれが見えると。オーラのようなものかな。
「普通のやつらは……おう、コポルタらが纏う魔力は、一定の厚みがあるんだ。それが身体の表面を覆っているように見える。だが、ゾルダヌのやつらはその厚みが一定になっていねぇ。どこかぼこぼこしていて、うっすらしていて、ぐにょぐにょしていやがる」
なるほどわからん。
コポルタ族の魔力は一定にあって、ゾルダヌの魔力は一定ではない。
纏う魔力にも個性のようなものがあるのだろうか。だがしかし、ゾルダヌもハヴェルマももともとは同じ種族。ただ使える魔力の量が違うだけ。
抽象的かつ語彙力が不足しているヘスタスの表現はともかく、今この場所で魔法を使うのは禁止。ハヴェルマたちと合流して、いろいろと魔力に詳しいポトス爺さんに相談しよう。後で調査先生にルキウス殿下の魔石についてお伺いを立てるのもアリだな。
ルキウス殿下は優しい人だ。
ハヴェルマたちを追いやったゾルダヌではあるが、ゾルダヌの誰しもがハヴェルマを蔑んでいるわけではない。少なくともルキウス殿下は身体に魔石を埋め込むことを恥じ、コポルタ族の境遇に嘆き、俺に助けを求めてくれた。
俺は、俺ができる範囲でできることをする。
そんなわけで、三度目の正直。三つ目の小石を利用し、今度こそうまくいけと強く願う。
いつの間にか起きていたコタロとモモタの熱い視線を感じつつ、ゆっくりと腹の中で魔力をこねこね。
焦らず、急がず、ゆっくりと。
俺たちはここにいますよと。
ゼングムたちに聞こえるように。
忘れていた言葉をふと思い出すような。
「淡き光、天に弾けて遠く響け……照明弾」
身体からぬるぬると魔力が抜ける。微かな魔力でも集めれば力となるのだと、ゼングムは言っていた。
俺の手の中に小さな光が作られた。手のひらをゆっくりと開くと、光はひょろりと空へ昇る。
ひゅるるる……ぱーんっ。
はい。
しょぼい。
だが、今までで一番大きな音と光を出せた。あれは立派な照明弾と言えるだろう。
弾け飛んだ魔石はキラキラと散っていく。コポルタ族たちは一斉に歓声を上げ、肉球拍手をぽふぽふ。
ルキウス殿下も嬉しそうに頷いてくれた。
後はゼングムが気づくのを待つだけなのだが、時間はどのくらい必要だろうか。
などと考えていると、山の裾野から黒い何かが飛んでくる。
「タケルタケル、あれ、ゼングムじゃねぇか?」
「痛い、そこで飛ぶな跳ねるな」
「ほれ見ろ、やっぱりゼングムの野郎だ!」
俺の頭の上に飛び跳ねるヘスタスが、俺と同じ方角を見て喜びはしゃぐ。
謎の飛行体に気づき始めたコポルタたちは、尻尾をピンと立てておのおの木の陰へと隠れてしまった。
俺の背後に隠れたコポルタたちは数匹、いや数十匹。モモタくんや、俺の股の間に顔を埋めるのはおよしなさい。
ルキウス殿下は騎士らに護衛をされながらも、目を輝かせて飛行体を眺めていた。
次第に近づく黒い何かは大きな翼をはためかせ、ゆっくりと地面へと降り立った。
真っ白なナマハゲ……ヴルカに身を包んだゼングムは、ヘルメット部分を外して仰天顔を晒した。相変わらず痩せてはいるが、初めて会った時よりかは健康そうだ。
「これは一体……滅んだと言われていたコポルタ族なのか?」
ビクビクと震えながらも尻尾をふりふり。コポルタたちは好奇心を隠さず、それでも警戒しつつ、近づくゼングムと距離を取る。
「ゼングム、気づいてくれて良かった」
「タケル! やはりあの魔力はタケルのものだったか!」
へらりと笑って手を振る俺を見つけたゼングムは、背後に隠れているらしい隠れていないコポルタ族たちに笑顔を向けながら手を振り返した。
「リコリスに攫われたお前をすぐに追ったのだが、転移魔法を使われてしまうと俺たちにはどうにもできない。すまなかった」
胡坐をかいたままの俺の前に来たゼングムは、深々と頭を下げた。
「仕方ない、仕方ない。俺も無意識に魔法で防御しようとしたから気絶したし」
「それな。ほんと使えねぇよな」
ゼングムの頭を上げさせると、ヘスタスはそう言って俺の頭の上からゼングムの頭の上へと飛び乗る。
「うるせぇヘスタス。お前こそ何もしなかっただろうが」
「あん? 俺はずっと起きて静かに状況を見守っていたんだ。感謝しろ」
「はいはい」
「感謝が足りねぇ! 酒をよこせ!」
「俺だって飲みたいわ! 我儘言うな!」
「ふふふふ、お前たちは相変わらずのようだな。安心した」
俺とヘスタスのくだらない口論に微笑むゼングム。
穏やかな雰囲気に安堵したのか、モモタが俺の股の間からゆっくりと顔を上げる。
「兄さま、兄さま、翼のゾルダヌだよ」
「翼のゾルダヌはもっと怖い。きっとゾルダヌではないぞ。種族が違うのだ」
「しゅぞくがちがうの? しゅぞくってなんだろね」
「種族だ」
きっと小声でひそやかに話してるつもりなのだろうが、傍にいる俺たちにモモタとコタロの会話は筒抜けで。
愛らしい兄弟の会話に和んだのか、警戒していたコポルタたちは一人、また一人と顔を出す。
先ほどまでの怯えはどこへやら。翼が生えたゼングムの姿が珍しいらしく、ゼングムの傍へわらわらと集まり始めた。
「タケル、彼らはどうしたのだ」
戸惑うゼングムに、俺が攫われてからの経緯を話している暇は正直ない。
早いところこの場から離れ、腹を空かせているだろうコポルタたちにごぼうサラダを食わせてやりたいのだ。
「王城の地下で強制労働をさせられていたんだ。あまりにも酷い環境だったから、ちょっと拉致してきた」
「はあ?」
「細かい説明は後でするから、まずは俺のことをハヴェルマの集落に……」
「ゼングム!」
大木の陰に隠れていたルキウス殿下が、護衛騎士の制止を振り払って飛び出した。
すぐさま警戒態勢を取るゼングム。
大きな翼を広げ、威嚇。コポルタたちは素早い動きで俺に突進。いや、だから股の間に隠れようとするな。
「ゼングム! 生き延びていてくれたのだな!」
「……」
「わたしだ、ルキウスだ! ルキウス・エルドフォルデ・プルシクムだ!」
涙を流して喜ぶルキウス殿下だったが、ゼングムは警戒を解かない。
むしろ、怒気を強めている感じだ。
婚約者との感動の再会にしては、ゼングムの様子がおかしい。俺はコポルタたちの頭を撫でながらゼングムに問う。
「ゼングム? どうしたんだ。お前の婚約者さんのルキウス殿下だぞ?」
「婚約者? 俺に婚約者などいない」
「えっ」
ゼングムにぴしゃりと言い放たれ、ルキウス殿下が固まる。
わななくルキウス殿下の身体を支えながら、侍女のアルテが恐る恐る口を開いた。
「お兄様、わたくしを覚えてはおりませぬか? アルテでございます」
「……」
「あ、貴方様の、妹でございます」
「何を言っている。俺に妹などいない」
ゼングムの否定の言葉にアルテの顔は青ざめた。ふるふると身体を震わせ、涙を流す。
「お兄様、わたくしの想像もつかぬ辛い思いをされたことでしょう。わたくしのことは、覚えておられなくても構いません。ですが、殿下のことを……貴方様の婚約者であらせられるルキウス殿下のことを否定するのはおやめくださいまし。それは、あまりにも……酷うございます」
アルテの懸命の訴えに多少警戒を解いたゼングムだったが、それでも顔を強張らせたまま。
「俺に妹も婚約者もいるはずがない。俺は幼き頃にハヴェルマの烙印を押され、ずっとポトス爺に育てられたのだから」
「そのようなこと! 違います、お兄様! お兄様はれっきとしたエルディバイド次期当主であらせられます! 父も母も健在でございます!」
「嘘をつくなゾルダヌ! 俺はお前など知らん!」
どういうことなの。
ゼングムは天涯孤独のハヴェルマ。それは知っている。魔力が少なかったため、親から見放されてしまった。普通なら両親から教わる魔法も、ポトス爺さんに教えてもらったと言っていた。
だがアルテが嘘をついているとも思えない。あの必死さと、よくよく見ればゼングムに似た面立ち。ルキウス殿下にいたっては王女様だ。ハヴェルマであるゼングムの婚約者などと、冗談でも言えないだろう。
「ゼングム、ゼングム、俺はラトロだ。覚えているか? 騎士学校でお前と席を並べた」
「……知らん。俺は騎士学校に通った覚えなどない」
護衛の一人が名乗ったが、それにもゼングムは否定。
警戒を露わに、再び翼を広げて威嚇している。
コポルタたちは不安でおろおろと狼狽えているし、ヘスタスは訳がわからんと俺の頭皮を引っ張る。
誰の言い分が正しいのかなんて、完全に部外者である俺にわかるはずもなくて。
さてどうしたものかと。
空を見上げた。
+ + + + +
ゼングムとルキウス殿下たちの口論は長くは続かず、モモタのでかい腹の虫によって強制終了。
魔族の事情を知らない俺は、どちらかの言い分だけを鵜呑みにするわけにはいかない。だが腹は空くし喉は渇く。
俺とヘスタスは警戒するゼングムにひとまずここから移動させてくれと頼み込み、なんとか聞き入れてもらった。
ハヴェルマがゾルダヌを助ける前例はない。だが疲弊したコポルタ族たちを見放すこともできないゼングムに、俺とヘスタスだけハヴェルマの集落に運んでもらうことにした。
魔石をいくつか失敬し、この場で地点を固定する。大勢でぞろぞろと移動するよりも、魔石は大量に消費するが転移門を展開したほうが安全かつ確実。
ハヴェルマの集落に到着したら、ヘスタスには俺が転移門を作る間にこれまでの事情を説明してもらう。鋼鉄の守護精霊様の話なら彼らも耳を傾けてくれるだろう。
ハヴェルマの集落に到着した俺とヘスタス。ポトス爺さんはじめ大勢が出迎えてくれた。中には喜びのあまり俺に飛びつく子供たちも。皆無事なようで良かった。
ありがとうありがとうと頭を下げつつ、皆に離れるようお願いしながら持ってきた魔石を抱えて広場に移動。ミスリル魔鉱石に比べると魔素含有量が少ない魔石だから、あまり長いこと転移門を維持するのは難しいだろう。魔素が豊富にあったゾルダヌの本拠地はともかく、ここは魔素が少ないのだから。
「なんだと⁉」
俺の背後でポトス爺さんの叫び声が聞こえたが、作業に集中。
ハヴェルマの集落に来る直前、置いていかれるのではないかと泣き叫んで俺から離れようとしなかったコタロとモモタ兄弟を思い出し、必死に魔力を練る。
時間との闘いだ。
ぱぱっと開いて、ちゃちゃっと移動して、ガッと閉じる。目標、拳大の魔石五個使用。
光る門ができたらすぐに飛び込めと言ってある。ルキウス殿下は俺の説明に驚きつつも深く頷き、哀しそうな顔でゼングムを見つめていた。
焦がれていた婚約者との再会だというのに、記憶にないとか覚えがないだとか、さすがに酷いんじゃないかと思った。ゼングムがどれだけの苦労をしてきたのかはわからないが、婚約者や妹のことを知らないはずがない。かといって、ゼングムが嘘を言っているようには見えない。
あれかな。
過酷な体験のせいで記憶を失うとか、そういうやつだろうか。ゼングムと知り合ってわずかだが、ゼングムという青年は知らないふりをして相手を傷つけ、それで喜ぶようなやつじゃない。
「さーてさてさて、参りますよ」
ハヴェルマの民には離れて見守ってもらい、両腕に抱えた魔石から魔素を吸い込んだ。
魔素を無駄に使わないよう限界まで魔力を抑えて。
言葉に思いを込めて、解き放つ。
「かの地の息吹を呼び寄せん――転移門、展開」
この詠唱っていうのは不思議なもので。
誰に教えてもらったわけでもないのに、口が勝手に言葉を放つような。そんな不思議な感覚。
これも「青年」にもらった恩恵のおかげだろうか。ちくしょう。感謝してやる。
なるべく広く、なるべく持続するように。
ぽかりと開いた巨大な光の穴。ハヴェルマの民が驚愕におののく間もなく、光の穴から飛び出てきたのはコタロとモモタ。目を瞑ってダッシュをしたせいか、頭から俺の腹に突進。二人が抱えていた魔石が辺りに散らばる。
「おべえっ!」
ここで集中を切らしたら転移門が消えてしまう。
俺は、腹への衝撃に必死で耐え、両手を転移門へと翳し続ける。
「早く! 早くこっちだよ!」
そろそろと目を開いて俺に気づいたモモタは、そのまま俺の足元で蹲る。コタロは転移門の前へと戻り、入るのに戸惑うコポルタたちに声をかけた。
「えいやっ!」
「とりゃー!」
「わんわんわんわんっ!」
「うおおおおーーー!」
掛け声と共に次々と現れるコポルタ族の大群。それぞれ魔石を抱えながら走るのは大変そうだったが、あの魔石の山を放置するわけにはいかない。魔石をすべて、手分けして運んでもらうことにしたのだ。
王城の中に転移門を作った時は魔素が豊富にあったが、ここは魔素が限りなく少ない地。転移門自体を動かす力業はできない。
柴犬が群れをなして猛烈ダッシュをする光景は圧巻だ。
ルキウス殿下たちはどうしたのかと見守っていると、転移門が消えるギリギリのところでようやく騎士に横抱きにされたルキウス殿下が現れた。続いて侍女さんたちも。
最後にゼングムの同級生らしき騎士ラトロが飛び出てくる。脇に抱えた兜の中には、こんもりと大量の魔石。
「全員いるか! 互いに仲間を確認しろ!」
ラトロの号令によりコポルタ族は集合。互いに互いの顔を確認し合い、それぞれ点呼を取り合った。
軍隊並みに統率が取れているな。すげえ。
「全員いる? 離れていない? コテツ、コムギ、コマメ!」
「ぼくはここだよ!」
「あたしここー!」
「こまめはここだよー」
「じいちゃんは?」
「腹が減ったのう……」
「じいちゃんいるよ!」
わんわんと叫ぶコポルタ族たちを、騎士たちは目視で確認。数百人の点呼など日常茶飯事だと豪語していたラトロは、素早い動きでコポルタ族たちを数えると、騎士たちと互いに頷き合う。そして全員が俺に注目。
「タケル殿、俺が最後のようだ! 全員移動したぞ!」
「わかった!」
ふと力を抜くと転移門はあっという間に霧散。眩い光の穴は消え去り、残るは静寂だけ。
やれやれとその場に腰を下ろすと、コポルタ軍団が我先にと近寄ってきた。
「すごいよ兄ちゃん! すごい! ここどこだろう! わんわんっ」
「あの光の扉、もう一度見せて!」
「うーっ、わんわんっ!」
興奮冷めやらぬようで、転移門での移動に喜ぶ子供たち。あちこちに放り出した魔石をそのままに、洞窟内を興味深げに眺めていた。
魔石坑とはまったく違う造りのここは、火山の麓にある溶岩でできた洞窟。天へと伸びる柱状節理が壁一面にあり、巨大な美しい泉が広がるハヴェルマの集落。
幻想的かつ神秘的な空間には閉塞感がなく、むしろ空気が澄んだ特別な場所のようにも思える。
「はい、皆さんこちらに注目」
地面に胡坐をかいたままの俺が力なく手を挙げると、興奮してあちこちをふんふん嗅ぎ回っていたコポルタたちが、一斉にその場でお座り。俺を中心に円状に集まるコポルタたち。
「ここはハヴェルマたちが住む洞窟です。俺たちは無理やりお邪魔してしまいました。そんなわけで挨拶をしましょう。はい、せーの」
「ぼくはコタロ・シャンシャンワッ……」
「ぼくモモタ!」
「私は執政のレオポルッ……」
「わたしはモモタ殿下の侍女で……」
「穴掘りチャチャはわたしのこと……」
「腹が減ったのう」
全員挙手をして我先にと自己紹介。同時に言うものだから何が何やら。
だがしかし、目を輝かせながら尻尾を振る彼らを見れば、危害を加えるような種族とは思えないだろう。
さてさてこれで一安心。まずはゼングムに再度説明してからポトス爺さんに相談を――
なんだあの気の抜けた照明弾は。眩しくもないし、音も微かだ。
俺が考えていた花火は尺玉だぞこの野郎。ズドンとドガンと腹に響く、あの真夏の夜空を輝かせる大輪の花。
「やはり我らが魔法を使って……」
「それは絶対にやめてください。ルキウス殿下たちの……その、魔石が、この魔素のない場所でどんな反応を示すかわからないんだ」
言葉を濁すようにルキウス殿下の胸に埋め込まれた魔石を見ると、ルキウス殿下は顔を曇らせてしまった。
魔法の扱いに長けたゾルダヌが魔法を使えない、使ってはならないというのは、屈辱なのだろう。騎士や侍女たちも悔しそうに俯いている。
できないことはできない。できないのならばできるように努力する。それでいいんじゃないかと俺は思う。社会人たるもの、そうやってコツコツと経験を積み重ねていくのだ。継続は力なりといったもので、できなかったことができる瞬間が必ず来る。
ゼングムたちハヴェルマは王都を追放されても、めげずに前向きに生きていた。
なんだか滑稽だよな。追放された魔族が生き延びていて、王都に残った魔族たちが滅びようとしているなんて。滅びに拍車をかけたのは俺だけども。
「すまない、タケル。王都の外がこのような枯れた地になっていたことすら、我は知らなかったのだ。我は狭き世界で生きていたのだな。王城で当たり前に過ごしていた日々が、なんとも情けないことかと悔いる」
「ルキウス殿下はコタロを庇護していただろう? それだけで精一杯だったのはわかるよ。あの魔王、人の話なんて聞かなそうだからな。白でも赤だと言いそうだ」
そうに違いないと言いきると、ルキウス殿下は少し笑ってくれた。
コポルタ族は相変わらず新天地への興奮を隠さぬまま、散らばらないように気をつけながらもあちこちを散策している。大木の根っこを掘る者、木陰で丸くなって数人で寝る者、火山に向かって祈る者など様々だ。
コタロとモモタ兄弟は何故か俺の膝を枕にして眠っているのだが、これが可愛いのなんのって。腹を天に向けて安心しきった顔して鼻をひくひく。しかし腹の虫は鳴っている。
早いところハヴェルマたちの集落に行って、ごぼうサラダや肉を食わせてやりたい。コポルタ族のためならば、狩ってみせますモンスター。
「おう、タケル。ゾルダヌたち身体に魔石を埋め込んでいるやつには、絶対にこの地で魔法を使わせるなよ」
俺の頭の上で寝ころぶヘスタスが、俺の髪の毛を引っ張りながら改めて言う。
そもそもルキウス殿下たちに魔法を使うなと警告したのは、ヘスタスだった。
またもや守護精霊だの神の御使いだのとルキウス殿下たちは騒いだが、ヘスタスはそれを否定せず崇めろ敬えとドヤ顔。遠いお空に投げてやりたいこのイモムシ。
ヘスタスの言うことに信憑性があったためか、ルキウス殿下は神妙な顔をして話を聞いてくれた。
「ヤツらが埋め込んでいる魔石は魔素を吸収する力がえれぇ弱い。まるで他から魔素を吸い込むことを拒んでいるようにも見える」
「ヘスタス、殿下たちの魔力が見えるのか?」
「俺は魔力の塊だからな。多少の魔素の流れってもんは見えるぞ。だから言えるんだが、アイツらが纏う魔力はどうにも不自然だ」
「不自然て何。魔石を身体に埋め込んでる時点で不自然ではあるけども」
「なんてーかな。こう、もぞもぞーっとしていて、ぶわわわーっとしたやつが、にょろにょろーって」
なにそれわからん。
ヘスタス曰く、マデウスに住む生き物は、誰しも魔力を纏っているらしい。
魔力の大きさは種族や生物ごとで違うのだが、魔力ありきで生きているのが通常。基本目には見えないが、目に見える種族もいるらしい。身体の表面にうっすらと魔力を漂わせているものらしく、ヘスタスにはそれが見えると。オーラのようなものかな。
「普通のやつらは……おう、コポルタらが纏う魔力は、一定の厚みがあるんだ。それが身体の表面を覆っているように見える。だが、ゾルダヌのやつらはその厚みが一定になっていねぇ。どこかぼこぼこしていて、うっすらしていて、ぐにょぐにょしていやがる」
なるほどわからん。
コポルタ族の魔力は一定にあって、ゾルダヌの魔力は一定ではない。
纏う魔力にも個性のようなものがあるのだろうか。だがしかし、ゾルダヌもハヴェルマももともとは同じ種族。ただ使える魔力の量が違うだけ。
抽象的かつ語彙力が不足しているヘスタスの表現はともかく、今この場所で魔法を使うのは禁止。ハヴェルマたちと合流して、いろいろと魔力に詳しいポトス爺さんに相談しよう。後で調査先生にルキウス殿下の魔石についてお伺いを立てるのもアリだな。
ルキウス殿下は優しい人だ。
ハヴェルマたちを追いやったゾルダヌではあるが、ゾルダヌの誰しもがハヴェルマを蔑んでいるわけではない。少なくともルキウス殿下は身体に魔石を埋め込むことを恥じ、コポルタ族の境遇に嘆き、俺に助けを求めてくれた。
俺は、俺ができる範囲でできることをする。
そんなわけで、三度目の正直。三つ目の小石を利用し、今度こそうまくいけと強く願う。
いつの間にか起きていたコタロとモモタの熱い視線を感じつつ、ゆっくりと腹の中で魔力をこねこね。
焦らず、急がず、ゆっくりと。
俺たちはここにいますよと。
ゼングムたちに聞こえるように。
忘れていた言葉をふと思い出すような。
「淡き光、天に弾けて遠く響け……照明弾」
身体からぬるぬると魔力が抜ける。微かな魔力でも集めれば力となるのだと、ゼングムは言っていた。
俺の手の中に小さな光が作られた。手のひらをゆっくりと開くと、光はひょろりと空へ昇る。
ひゅるるる……ぱーんっ。
はい。
しょぼい。
だが、今までで一番大きな音と光を出せた。あれは立派な照明弾と言えるだろう。
弾け飛んだ魔石はキラキラと散っていく。コポルタ族たちは一斉に歓声を上げ、肉球拍手をぽふぽふ。
ルキウス殿下も嬉しそうに頷いてくれた。
後はゼングムが気づくのを待つだけなのだが、時間はどのくらい必要だろうか。
などと考えていると、山の裾野から黒い何かが飛んでくる。
「タケルタケル、あれ、ゼングムじゃねぇか?」
「痛い、そこで飛ぶな跳ねるな」
「ほれ見ろ、やっぱりゼングムの野郎だ!」
俺の頭の上に飛び跳ねるヘスタスが、俺と同じ方角を見て喜びはしゃぐ。
謎の飛行体に気づき始めたコポルタたちは、尻尾をピンと立てておのおの木の陰へと隠れてしまった。
俺の背後に隠れたコポルタたちは数匹、いや数十匹。モモタくんや、俺の股の間に顔を埋めるのはおよしなさい。
ルキウス殿下は騎士らに護衛をされながらも、目を輝かせて飛行体を眺めていた。
次第に近づく黒い何かは大きな翼をはためかせ、ゆっくりと地面へと降り立った。
真っ白なナマハゲ……ヴルカに身を包んだゼングムは、ヘルメット部分を外して仰天顔を晒した。相変わらず痩せてはいるが、初めて会った時よりかは健康そうだ。
「これは一体……滅んだと言われていたコポルタ族なのか?」
ビクビクと震えながらも尻尾をふりふり。コポルタたちは好奇心を隠さず、それでも警戒しつつ、近づくゼングムと距離を取る。
「ゼングム、気づいてくれて良かった」
「タケル! やはりあの魔力はタケルのものだったか!」
へらりと笑って手を振る俺を見つけたゼングムは、背後に隠れているらしい隠れていないコポルタ族たちに笑顔を向けながら手を振り返した。
「リコリスに攫われたお前をすぐに追ったのだが、転移魔法を使われてしまうと俺たちにはどうにもできない。すまなかった」
胡坐をかいたままの俺の前に来たゼングムは、深々と頭を下げた。
「仕方ない、仕方ない。俺も無意識に魔法で防御しようとしたから気絶したし」
「それな。ほんと使えねぇよな」
ゼングムの頭を上げさせると、ヘスタスはそう言って俺の頭の上からゼングムの頭の上へと飛び乗る。
「うるせぇヘスタス。お前こそ何もしなかっただろうが」
「あん? 俺はずっと起きて静かに状況を見守っていたんだ。感謝しろ」
「はいはい」
「感謝が足りねぇ! 酒をよこせ!」
「俺だって飲みたいわ! 我儘言うな!」
「ふふふふ、お前たちは相変わらずのようだな。安心した」
俺とヘスタスのくだらない口論に微笑むゼングム。
穏やかな雰囲気に安堵したのか、モモタが俺の股の間からゆっくりと顔を上げる。
「兄さま、兄さま、翼のゾルダヌだよ」
「翼のゾルダヌはもっと怖い。きっとゾルダヌではないぞ。種族が違うのだ」
「しゅぞくがちがうの? しゅぞくってなんだろね」
「種族だ」
きっと小声でひそやかに話してるつもりなのだろうが、傍にいる俺たちにモモタとコタロの会話は筒抜けで。
愛らしい兄弟の会話に和んだのか、警戒していたコポルタたちは一人、また一人と顔を出す。
先ほどまでの怯えはどこへやら。翼が生えたゼングムの姿が珍しいらしく、ゼングムの傍へわらわらと集まり始めた。
「タケル、彼らはどうしたのだ」
戸惑うゼングムに、俺が攫われてからの経緯を話している暇は正直ない。
早いところこの場から離れ、腹を空かせているだろうコポルタたちにごぼうサラダを食わせてやりたいのだ。
「王城の地下で強制労働をさせられていたんだ。あまりにも酷い環境だったから、ちょっと拉致してきた」
「はあ?」
「細かい説明は後でするから、まずは俺のことをハヴェルマの集落に……」
「ゼングム!」
大木の陰に隠れていたルキウス殿下が、護衛騎士の制止を振り払って飛び出した。
すぐさま警戒態勢を取るゼングム。
大きな翼を広げ、威嚇。コポルタたちは素早い動きで俺に突進。いや、だから股の間に隠れようとするな。
「ゼングム! 生き延びていてくれたのだな!」
「……」
「わたしだ、ルキウスだ! ルキウス・エルドフォルデ・プルシクムだ!」
涙を流して喜ぶルキウス殿下だったが、ゼングムは警戒を解かない。
むしろ、怒気を強めている感じだ。
婚約者との感動の再会にしては、ゼングムの様子がおかしい。俺はコポルタたちの頭を撫でながらゼングムに問う。
「ゼングム? どうしたんだ。お前の婚約者さんのルキウス殿下だぞ?」
「婚約者? 俺に婚約者などいない」
「えっ」
ゼングムにぴしゃりと言い放たれ、ルキウス殿下が固まる。
わななくルキウス殿下の身体を支えながら、侍女のアルテが恐る恐る口を開いた。
「お兄様、わたくしを覚えてはおりませぬか? アルテでございます」
「……」
「あ、貴方様の、妹でございます」
「何を言っている。俺に妹などいない」
ゼングムの否定の言葉にアルテの顔は青ざめた。ふるふると身体を震わせ、涙を流す。
「お兄様、わたくしの想像もつかぬ辛い思いをされたことでしょう。わたくしのことは、覚えておられなくても構いません。ですが、殿下のことを……貴方様の婚約者であらせられるルキウス殿下のことを否定するのはおやめくださいまし。それは、あまりにも……酷うございます」
アルテの懸命の訴えに多少警戒を解いたゼングムだったが、それでも顔を強張らせたまま。
「俺に妹も婚約者もいるはずがない。俺は幼き頃にハヴェルマの烙印を押され、ずっとポトス爺に育てられたのだから」
「そのようなこと! 違います、お兄様! お兄様はれっきとしたエルディバイド次期当主であらせられます! 父も母も健在でございます!」
「嘘をつくなゾルダヌ! 俺はお前など知らん!」
どういうことなの。
ゼングムは天涯孤独のハヴェルマ。それは知っている。魔力が少なかったため、親から見放されてしまった。普通なら両親から教わる魔法も、ポトス爺さんに教えてもらったと言っていた。
だがアルテが嘘をついているとも思えない。あの必死さと、よくよく見ればゼングムに似た面立ち。ルキウス殿下にいたっては王女様だ。ハヴェルマであるゼングムの婚約者などと、冗談でも言えないだろう。
「ゼングム、ゼングム、俺はラトロだ。覚えているか? 騎士学校でお前と席を並べた」
「……知らん。俺は騎士学校に通った覚えなどない」
護衛の一人が名乗ったが、それにもゼングムは否定。
警戒を露わに、再び翼を広げて威嚇している。
コポルタたちは不安でおろおろと狼狽えているし、ヘスタスは訳がわからんと俺の頭皮を引っ張る。
誰の言い分が正しいのかなんて、完全に部外者である俺にわかるはずもなくて。
さてどうしたものかと。
空を見上げた。
+ + + + +
ゼングムとルキウス殿下たちの口論は長くは続かず、モモタのでかい腹の虫によって強制終了。
魔族の事情を知らない俺は、どちらかの言い分だけを鵜呑みにするわけにはいかない。だが腹は空くし喉は渇く。
俺とヘスタスは警戒するゼングムにひとまずここから移動させてくれと頼み込み、なんとか聞き入れてもらった。
ハヴェルマがゾルダヌを助ける前例はない。だが疲弊したコポルタ族たちを見放すこともできないゼングムに、俺とヘスタスだけハヴェルマの集落に運んでもらうことにした。
魔石をいくつか失敬し、この場で地点を固定する。大勢でぞろぞろと移動するよりも、魔石は大量に消費するが転移門を展開したほうが安全かつ確実。
ハヴェルマの集落に到着したら、ヘスタスには俺が転移門を作る間にこれまでの事情を説明してもらう。鋼鉄の守護精霊様の話なら彼らも耳を傾けてくれるだろう。
ハヴェルマの集落に到着した俺とヘスタス。ポトス爺さんはじめ大勢が出迎えてくれた。中には喜びのあまり俺に飛びつく子供たちも。皆無事なようで良かった。
ありがとうありがとうと頭を下げつつ、皆に離れるようお願いしながら持ってきた魔石を抱えて広場に移動。ミスリル魔鉱石に比べると魔素含有量が少ない魔石だから、あまり長いこと転移門を維持するのは難しいだろう。魔素が豊富にあったゾルダヌの本拠地はともかく、ここは魔素が少ないのだから。
「なんだと⁉」
俺の背後でポトス爺さんの叫び声が聞こえたが、作業に集中。
ハヴェルマの集落に来る直前、置いていかれるのではないかと泣き叫んで俺から離れようとしなかったコタロとモモタ兄弟を思い出し、必死に魔力を練る。
時間との闘いだ。
ぱぱっと開いて、ちゃちゃっと移動して、ガッと閉じる。目標、拳大の魔石五個使用。
光る門ができたらすぐに飛び込めと言ってある。ルキウス殿下は俺の説明に驚きつつも深く頷き、哀しそうな顔でゼングムを見つめていた。
焦がれていた婚約者との再会だというのに、記憶にないとか覚えがないだとか、さすがに酷いんじゃないかと思った。ゼングムがどれだけの苦労をしてきたのかはわからないが、婚約者や妹のことを知らないはずがない。かといって、ゼングムが嘘を言っているようには見えない。
あれかな。
過酷な体験のせいで記憶を失うとか、そういうやつだろうか。ゼングムと知り合ってわずかだが、ゼングムという青年は知らないふりをして相手を傷つけ、それで喜ぶようなやつじゃない。
「さーてさてさて、参りますよ」
ハヴェルマの民には離れて見守ってもらい、両腕に抱えた魔石から魔素を吸い込んだ。
魔素を無駄に使わないよう限界まで魔力を抑えて。
言葉に思いを込めて、解き放つ。
「かの地の息吹を呼び寄せん――転移門、展開」
この詠唱っていうのは不思議なもので。
誰に教えてもらったわけでもないのに、口が勝手に言葉を放つような。そんな不思議な感覚。
これも「青年」にもらった恩恵のおかげだろうか。ちくしょう。感謝してやる。
なるべく広く、なるべく持続するように。
ぽかりと開いた巨大な光の穴。ハヴェルマの民が驚愕におののく間もなく、光の穴から飛び出てきたのはコタロとモモタ。目を瞑ってダッシュをしたせいか、頭から俺の腹に突進。二人が抱えていた魔石が辺りに散らばる。
「おべえっ!」
ここで集中を切らしたら転移門が消えてしまう。
俺は、腹への衝撃に必死で耐え、両手を転移門へと翳し続ける。
「早く! 早くこっちだよ!」
そろそろと目を開いて俺に気づいたモモタは、そのまま俺の足元で蹲る。コタロは転移門の前へと戻り、入るのに戸惑うコポルタたちに声をかけた。
「えいやっ!」
「とりゃー!」
「わんわんわんわんっ!」
「うおおおおーーー!」
掛け声と共に次々と現れるコポルタ族の大群。それぞれ魔石を抱えながら走るのは大変そうだったが、あの魔石の山を放置するわけにはいかない。魔石をすべて、手分けして運んでもらうことにしたのだ。
王城の中に転移門を作った時は魔素が豊富にあったが、ここは魔素が限りなく少ない地。転移門自体を動かす力業はできない。
柴犬が群れをなして猛烈ダッシュをする光景は圧巻だ。
ルキウス殿下たちはどうしたのかと見守っていると、転移門が消えるギリギリのところでようやく騎士に横抱きにされたルキウス殿下が現れた。続いて侍女さんたちも。
最後にゼングムの同級生らしき騎士ラトロが飛び出てくる。脇に抱えた兜の中には、こんもりと大量の魔石。
「全員いるか! 互いに仲間を確認しろ!」
ラトロの号令によりコポルタ族は集合。互いに互いの顔を確認し合い、それぞれ点呼を取り合った。
軍隊並みに統率が取れているな。すげえ。
「全員いる? 離れていない? コテツ、コムギ、コマメ!」
「ぼくはここだよ!」
「あたしここー!」
「こまめはここだよー」
「じいちゃんは?」
「腹が減ったのう……」
「じいちゃんいるよ!」
わんわんと叫ぶコポルタ族たちを、騎士たちは目視で確認。数百人の点呼など日常茶飯事だと豪語していたラトロは、素早い動きでコポルタ族たちを数えると、騎士たちと互いに頷き合う。そして全員が俺に注目。
「タケル殿、俺が最後のようだ! 全員移動したぞ!」
「わかった!」
ふと力を抜くと転移門はあっという間に霧散。眩い光の穴は消え去り、残るは静寂だけ。
やれやれとその場に腰を下ろすと、コポルタ軍団が我先にと近寄ってきた。
「すごいよ兄ちゃん! すごい! ここどこだろう! わんわんっ」
「あの光の扉、もう一度見せて!」
「うーっ、わんわんっ!」
興奮冷めやらぬようで、転移門での移動に喜ぶ子供たち。あちこちに放り出した魔石をそのままに、洞窟内を興味深げに眺めていた。
魔石坑とはまったく違う造りのここは、火山の麓にある溶岩でできた洞窟。天へと伸びる柱状節理が壁一面にあり、巨大な美しい泉が広がるハヴェルマの集落。
幻想的かつ神秘的な空間には閉塞感がなく、むしろ空気が澄んだ特別な場所のようにも思える。
「はい、皆さんこちらに注目」
地面に胡坐をかいたままの俺が力なく手を挙げると、興奮してあちこちをふんふん嗅ぎ回っていたコポルタたちが、一斉にその場でお座り。俺を中心に円状に集まるコポルタたち。
「ここはハヴェルマたちが住む洞窟です。俺たちは無理やりお邪魔してしまいました。そんなわけで挨拶をしましょう。はい、せーの」
「ぼくはコタロ・シャンシャンワッ……」
「ぼくモモタ!」
「私は執政のレオポルッ……」
「わたしはモモタ殿下の侍女で……」
「穴掘りチャチャはわたしのこと……」
「腹が減ったのう」
全員挙手をして我先にと自己紹介。同時に言うものだから何が何やら。
だがしかし、目を輝かせながら尻尾を振る彼らを見れば、危害を加えるような種族とは思えないだろう。
さてさてこれで一安心。まずはゼングムに再度説明してからポトス爺さんに相談を――
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