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12巻
12-2
「こっちのごぼうは煮て皮を剥いて炒めると美味い。エラエルム・ランドっていう真っ黒い木の枝なんだけど、俺はごぼうって呼んでいる。魔素含有量が多いから食べすぎには注意して。調理法は執事さんに渡しておくからあとで食べてみるといいよ。こっちはオゼリフ半島で採取した眉毛。ええと、王様の眉毛って呼ばれている苔だけど、すり潰すと辛い調味料になるからこっちも試してみて」
布袋に入れたゴボウの束は床に置く。眉毛が入った小袋はその隣に。
俺がこれからしようとしているトルミ村の開拓その他についてもベルミナントに相談するつもりだが、転移門で王都へ一時帰宅をしているグランツ卿も一緒のほうがいいだろう。
「これはティアリスお嬢様と、奥方様に。グルサス親方の弟子のリブルさんが髪留めを造ってくれた。こっちはベルミナントの袖留め。髪留めと袖留め、両方に状態異常無効っていう付与魔法をユグルがつけてくれた。大抵の毒は効かなくなるようだから、常日頃つけることを勧めるって」
イルドライトと黄金で造られた髪留めは、綺麗な花の形をしている。花びらに雫のようについている白い小さな玉は、真珠だ。トルミ村に滞在しているリザードマンから貰った。
リブルは鍛冶職人を目指しているのだが、こういった美しい細工物も得意らしい。そのうちトルミ村で販売するそうだから、きっと飛ぶように売れるだろう。
そして袖留め。大ぶりなボタンには存在感たっぷりに輝く美しい宝石。
北の大陸からトルミ村に帰るさい、俺がお世話になっている領主に何かお土産をと考えていたら、ユグル族のポトス爺さんが寄越したものだ。
ポトス爺さんがユグルの王であった頃、謁見の時には必ず身に着けていたものらしい。そんな貴重なもの寄越すなと言ったのだが、たくさんあるのだと押し付けられてしまった。
でっかい青い魔石のカフスボタンには、状態異常無効に絶対障壁、魔力を溜め込む効果もあるのだとか。
つまりは公の場で殺されないように、とのことらしい。こわい。
「ところでトルミ村でレインボーシープ毛刈り大会やるんだけど、ベルミナントも来てほしい。開会宣言してもらえないかな」
鞄からお土産をこれでもかと出してやると、ベルミナントは両手で顔を押さえて黙ってしまった。
あれ。
どうしたんだろうか。まだ昼前なのにお疲れ?
執務机の上に大量の書類があったから、忙しそうだなとは思っていたけども。
寝不足ではないのなら、なんだろか。小腹でも空いたのかな。
俺は鞄の中からスープマグを二つ取り出すと、野営用に準備していた温かな野菜のスープを注ぐ。アサリとトマトたっぷりの小粒すいとん入りミネストローネだ。
ふんわりとトマトの匂いが漂うと、ベルミナントは不満げに歪む顔をゆっくりと上げた。
「寝不足?」
「……そうではない。こんな貴重な品々を一度に出すな」
「え。貴重だとは思うけど、全部貰ったものだし。火山岩は拾ったものだからなあ」
ベルミナントの眉根が寄っていた理由は、俺が出した土産物のせいか。
もしも俺が大金をはたいて買い求めたものだったら、ベルミナントは受け取らないだろう。れっきとした賄賂になるからだ。
この土産物たちは蒼黒の団の懐を一切痛めないものであると知っていたから、ベルミナントは困惑してしまったのだろう。「貰ったから」といって気安く受け取れる品々ではないことは、俺も理解しているつもりだ。
「本も食材も好意で貰ったものだし、髪留めはリブルさんが心を込めて造ってくれたものだ。袖留めだってポトス爺さんが持ってけって半ば押し付け……いや、蒼黒の団が世話になっている領主様だからこそくれたものだから」
スープマグを差し出すと、ベルミナントは訝しげに受け取る。
スプーンを使わなくても食べられるくらい具が細かく切ってあるので、直接口をつけて飲んでもらう。貴族のマナーはわからないが、公の場ではないのだからこれくらいいいだろう。
アサリはダヌシェでスッスが仕入れてくれたもの。野菜は根っことか端っことかの、クズ野菜を細かくしたもの。トマトは新鮮なものが必要だが、俺の鞄は新鮮なものを新鮮なまま保存してくれる優れもの。
アサリと野菜の出汁に隠し味は鷹の爪。アサリがなければ細切れ肉でもよい。具材を炒めて味付けしてコトコト煮れば出来上がり。
トマトの甘味とアサリの塩味が疲れた身体に沁み入る。俺は別に疲れていないけど。
「旨いな」
「そうでしょう。片手間に飲めて、小腹を満たして身体も温める優れもの。そのうち屋台村で販売予定」
「いつになる」
「調理法はレイモンドさんに教えてあるから、今晩の食卓でどうぞ」
しばらく二人してゆっくりとスープを堪能すると、ベルミナントは口の周りをハンカチで拭いながら話した。
「たくさんの土産は感謝する。妻と娘も喜ぶだろう。なかにはとんでもないものもあるようだが、蒼黒の団の好意を受けぬわけにはいかぬと、そう思うことにする」
ベルミナントはなんとか納得してくれたようだ。
俺は空になったスープマグに清潔をかけると、一つを鞄の中にしまった。一つはベルミナントにあげるのだ。
「だがしかし、蒼黒の団は……俺が予想もしない旅をしているようだな」
「まさか北の大陸にまで行くとは思わなかったけども」
「北の大陸か……想像もつかぬな。どのような場所なのだ?」
「ほぼ砂漠だった。あと、やたらとでっかい山がぼこぼこある。トコルワナ山よりもでっかい山。飛竜がそこかしこに飛んでいて、アルツェリオ王国では見られないような大型のモンスターもたくさんいた」
情景を説明するのは難しいが、俺が体験したことや見て感動したことなどを詳しく説明して聞かせた。
ベルミナントは目を輝かせながら俺の話を興味深く聞いてくれる。トルミ村の子供たちに御伽噺を話している時のように、楽しそうに頷きながら笑うのだ。
ベルミナントは領主であるため、滅多に旅には出ない。たまに領内の視察なんかはするが、広大な領を全て回るわけではない。ベルミナントが王都まで行ったのは、五年も前のこととか。
ベルカイムから王都までは馬車で何日もかかる。伯爵が旅をするとなれば、護衛に侍従に侍女に文官にと、大勢でわっしょいわっしょい移動する。戦時下や緊急事態というわけではないのなら、野宿なんてとんでもない。街道沿いのそれなりの宿を何か所も借り上げ、主に不自由なきよう、主の身の安全を第一にぞろぞろと大名行列するわけで。
旅にかかる人件費や食費やあれやこれやを考えると、数百万、時には数千万レイブもかかるだろう。冒険者が旅をする時の諸経費とは比べ物にならない。
「ふふふ、蒼黒の団は北の大陸にまで赴けるのか。なんとも羨ましい」
蒼黒の団がどうやって北の大陸まで行ったのか、ベルミナントは細かいことは決して聞かない。問われたところで俺が返答に困ることを知っているからだ。
ベルミナントはお土産に渡した火山岩を手にすると、面白そうに感触を確かめていた。
火山岩は通常の石に比べて小さな穴がたくさん空いている。こういった石はアルツェリオ王国内では見られないとグリットが言っていた。王都のギルドに送って競売にかけたら、珍しいということで高値がつくらしい。貴族は珍しいものに金をかけたがるからな。
東の大陸にも火山はあるのだが、前人未到の深い森と谷のその向こうだったり、獰猛なモンスターが巣食っている場所にあったりする。
火山岩の存在を知っているならばともかく、存在を知らないものを探しには行かないだろう。競売に出されたあとは知らないけど。
「領主は町に降りるだけでも一大事になるからな。気軽にふらっと旅には行けないか」
「不自由を感じたことはないさ。辺境とはいえ、広大な領地を任された責任ある身であるからな」
そんな真面目なことを言っちゃって。
だけど、ベルミナントは心底そう思っているのだから凄いよな。自分が身勝手に振舞えば周りがどれだけ迷惑を被るのか、理解しているからこその言葉だ。俺なら変装してでも町に行って買い食いする。
視察という名目で旅をする場合も、領地の視察となればそれは領民の血税から捻出される。堅実な領主ならば税金で物見遊山など決してしない。計画的に、決められた場所で、決められた刻限のもと粛々と行われるのが視察だ。
美しく整えられた領地、笑顔のままの領民、護衛にがっちがちに守られたままの視察は楽しいものとは言えないだろう。
気軽に旅ができない貴族は、総じて旅をする冒険者の話を好むのだ。
病気を長いこと患っていた奥方様も快癒したことだし、辺境の、最果ての村で少しだけでものんびりしてもらいたい。
そんなわけで、俺は今日ここに来たわけで。
「ユグルの民にコポルタ族か。俺が知らぬ種がまだまだ存在するのだな」
「コタロとモモタ……コポルタ族はベルカイムに来たがったけど、まずはトルミ村に慣れてもらおうと思って」
「うむ。希少種というのならば、じゅうぶんに気をつけてもらいたい。恥ずかしいことだが、ベルカイムでも安全という保証はできぬ」
いや、ベルカイムがどんだけ安全安心な都市だとしても、コポルタたちのあまりの愛らしさに魔が差す者は大勢いるだろう。トルミ村に滞在している犬獣人たちは、犬獣人の始祖であるコポルタ族を神様のように崇めていたし。
「ベルミナントは近いうちにトルミ村に来るといいよ。奥方様と、執事さんと一緒に。トルミ村には世話好きがたくさんいるから、滞在中も不自由はないと思う。迎賓館もあるよ」
急に話を変えた俺に、ベルミナントは苦く笑いながら答える。
「うん? それは、いつか行けたら良いとは思うが……」
「グランツ卿が王都から戻ったらベルミナントに来てもらうから、来月くらいかな。俺が迎えに来るから、トルミ村巡りをしよう。レインボーシープ毛刈り大会に合わせて来てもらうとして、領主のお言葉を貰って、それから」
「待て、待てタケル。来月にというのはあまりにも急な話だ。いや、それよりも大公閣下は王都に戻られたのか? 未だトルミに滞在していると思ったのだが」
「ああそうか。えーっと、トルミ村にユグルの民が移住を希望しているって話はしたよな?」
「翼を持つ魔族らのことだな?」
「そう。魔族はたくさんの魔法を使える。そのなかで、空間魔法……いわゆる転移術、というものも使えましてね」
「なっ……失われた秘術である転移術をか?」
「そうそれ。遠くの場所から遠くの場所に一瞬で移動できちゃう便利魔法」
転移術――空間魔法の一つである転移門を使っているのは俺なのだが、ユグルの民が使えることにしてしまおうと言ったのは、ポトス爺の友人でトルミ村に移住を希望しているネフェル爺さん。
俺が気軽にホイホイ使える術だと知られたら、悪用しようと考える輩が現れる。既に王城でフランマモルスンと戦った時に使っているのだが、それはともかく。
ランクAの冒険者であるクレイやブロライトが術者だったらともかく、FBランクの素材採取家である俺が使えるのだ。
もしもまた俺が拉致られるようなことがあって、転移門を悪用でもされたら。
何事も絶対はないのだ。
二度あることは三度あるものだと思って行動しろ。
用心に用心を重ねろ。
そう言ってくれたのは、俺の、あの重傷を負った姿を目の当たりにしたユグルの皆だった。
――魔法を巧みに操る一族は、転移術なんぞ容易にできよう。ユグルは未知なる魔法を数多扱える種族なのだからな!
そう言ってネフェル爺さんはユグルであることを誇りに思い、豪快に笑ってくれたのだ。
「レインボーシープ毛刈り大会でのお言葉、よろしくな?」
「お前は……お前たちは、良いのか? 転移の術などを私に教えたならば、どうなるのかわかるだろう? アルツェリオに……ルセウヴァッハ領に多大な益をもたらすことになるのだぞ?」
そりゃ益はあるだろうな。ベルミナントの言葉は間違いではない。
軍事転用もできるだろう。だが、俺はどこかの国を攻め滅ぼすために兵を大勢転移しろと言われても、そりゃ無理だと答えるだろう。実際問題できちゃうんだけども。
アルツェリオ王国が他国を侵略しようとするならば、俺は、俺たち蒼黒の団は親類縁者友人全員引きつれてエルフの森に引きこもるだろう。
俺が守りたい生活は、全てグラン・リオにある。
仲間も、友人も、その家族も、皆この国に住んでいる。
ならば手の届く範囲だけでも、手を精いっぱいできる限り伸ばした範囲だけでも、守りたいと思う。
俺たちにはそれだけの力が、人脈があるのだから。
「少なくとも冬で餓死する人がいない国にしたい。ルセウヴァッハ領が国に納める税を増やせば、他の痩せた地に回せる余剰が生まれるだろ?」
「それはそうだが……」
トルミ村が、ルセウヴァッハ領だけが豊かになったら嫉妬する奴が出るだろう。だけど、人のいい領主様は正直に税の申告をするんだ。増えたら増えた分だけ、どばっと税を支払う。
グランツ卿が目を光らせている王家ではあるけど、現王様は話のわかる賢王。きっと、ルセウヴァッハ領の税を上手に使ってくれるだろう。
そんなことを考えるのは領主やグランツ卿に任せる。
俺はトルミ村を豊かな地にしたいだけ。
俺に都合よく、俺が心地よく、皆が平穏に過ごせるようにするだけ。
「ネコミミシメジやらキノコグミやらエペペ穀やら、様々な作物がこれでもかと採れるようになったとしても、緑の精霊王の責任にすればいい。神様って気まぐれだから仕方がないよな」
俺は笑って言ってやると、ベルミナントは申し訳なさそうに、だが仕方がないとばかりに微笑んでくれた。
2 東雲の特製弁当
穏やかに晴れた朝のこと。
ふわりと香る花の匂いと、小鳥の鳴き声。
朝日を柔らかなカーテンが遮る。
あらあらお寝坊さんね、なんて優しいお姉さんの声が。
「ピュピュピュピュピュ」
頭を叩くな髪の毛を食おうとするな布団を剥ぐな。
スマホのアラームよりもけたたましいビーの鳴き声が、俺の安眠を妨げる。
「ピュピュプー……ピュピュィ」
「待って……もうちょっと寝かせて」
「ピュイ? ピュッピュピューィ、ピューピュピュピュピューピュ」
「ちょ、うるさっ、待って、くさっ、朝飯なら食堂で食えるように頼んで、お前どうした臭いなほんとに。昨晩ちゃんと歯を磨いていたよな?」
「ピュイ!」
元気なお返事をするんじゃないよ。可愛い。
夜明け前の早朝。
ラトト鳥も鳴きだす前の薄暗いなか、ビーはもぞもぞ起きだして俺の顔面をベロベロモーニングコール。
俺は昨夜も夜更けまで街道の整備作業を手伝っていて、クタクタに疲れて温泉に入って、チーム拠点にある囲炉裏で作ってもらった温かな夕飯をたらふく食って、暖かな布団でおやすみなさいしたのだ。
身体は疲れていないさ。もともと頑丈な身体だし、一晩眠れば復活する冒険者。
どんな状況下でも短時間で身体を整えるのが冒険者というものだ、なんてクレイは言っていた。
いやいや、俺だって空気は読むしTPOは守る元日本人。野営の最中寝坊なんて仲間に迷惑がかかることはしないし、短時間しか休めない状況下なら全力で休むよう心掛ける。
だがしかし、ここはトルミ村なのだ。
チーム蒼黒の団の拠点がある、平和で平穏で優しい村。
「ピュピュィ、ピュッピュピュー」
「まあそうだな、うん、わかっちゃいるけどさ、俺は、もうちょっと、寝ていてもいいんじゃないかと」
「ピューイーッ!」
「いた、いたたい、いたっ、噛むな! 爪刺すな! 清潔展開っ!」
「ピュッピュヒーィ」
俺の寝坊はビーの鳴き声で妨げられる。
おかげでトルミの住人には「あらタケルさん早いのね、もう少しゆっくり寝ていてもいいのよ?」なんて気遣いをされてしまうのだ!
俺はもっと寝坊をしたいのだ。二度寝三度寝をしたいのだ。
ビーの全身に清潔をかけると、俺の頭は完全に目覚めてしまう。これが、毎朝のこと。
蒼黒の団にスッスを正式に加入させてから半月。俺たちがトルミ村に帰ってきてからひと月が経過している。
ユグルとコポルタが暮らす長屋は完成した。エルフとドワーフとトルミ村の住人たちが本気を出したら三日で完成したよ。すげえな。
ユグルは自慢の翼と魔法でエルフの建築に貢献している。高所作業は特にエルフが感謝していた。重たいものを浮かべる重力操作魔法は軽量魔法の応用。ごん太い木材が空を浮かぶ様は見事だった。
俺も木材の運搬や、清潔の魔石や家庭用焜炉に使用する炎魔石、流し用の水魔石、掃除用の風魔石を大量に造りまくった。ユグルがより効率の良い魔力の込め方を教えてくれたので、大して魔力を消費することもなく三桁は造れた。
ユグル族は生活魔法なんてお茶の子さいさいだが、コポルタは魔法の扱いが不得手だし、魔法が使えない人たちのほうがトルミには多い。
魔法に頼らず手を使えと言われるかもしれないが、俺としては使えるものは何でも使えば良いと思うのだ。手段が魔法なだけで、風魔石でチリやホコリを集めるのは、掃除機でゴミを吸い取るのと同じこと。マデウスに掃除機はないが、ホウキとチリトリでゴミを集めるよりも早く済むのなら、魔法を使います。
井戸に水を汲みに行かない代わりに、畑仕事に時間をかけられる。レインボーシープの健康状態をじっくりと見分できる。子供の遊び相手だってできるだろうし、勉強に費やす時間すら持てるのだ。
布袋に入れたゴボウの束は床に置く。眉毛が入った小袋はその隣に。
俺がこれからしようとしているトルミ村の開拓その他についてもベルミナントに相談するつもりだが、転移門で王都へ一時帰宅をしているグランツ卿も一緒のほうがいいだろう。
「これはティアリスお嬢様と、奥方様に。グルサス親方の弟子のリブルさんが髪留めを造ってくれた。こっちはベルミナントの袖留め。髪留めと袖留め、両方に状態異常無効っていう付与魔法をユグルがつけてくれた。大抵の毒は効かなくなるようだから、常日頃つけることを勧めるって」
イルドライトと黄金で造られた髪留めは、綺麗な花の形をしている。花びらに雫のようについている白い小さな玉は、真珠だ。トルミ村に滞在しているリザードマンから貰った。
リブルは鍛冶職人を目指しているのだが、こういった美しい細工物も得意らしい。そのうちトルミ村で販売するそうだから、きっと飛ぶように売れるだろう。
そして袖留め。大ぶりなボタンには存在感たっぷりに輝く美しい宝石。
北の大陸からトルミ村に帰るさい、俺がお世話になっている領主に何かお土産をと考えていたら、ユグル族のポトス爺さんが寄越したものだ。
ポトス爺さんがユグルの王であった頃、謁見の時には必ず身に着けていたものらしい。そんな貴重なもの寄越すなと言ったのだが、たくさんあるのだと押し付けられてしまった。
でっかい青い魔石のカフスボタンには、状態異常無効に絶対障壁、魔力を溜め込む効果もあるのだとか。
つまりは公の場で殺されないように、とのことらしい。こわい。
「ところでトルミ村でレインボーシープ毛刈り大会やるんだけど、ベルミナントも来てほしい。開会宣言してもらえないかな」
鞄からお土産をこれでもかと出してやると、ベルミナントは両手で顔を押さえて黙ってしまった。
あれ。
どうしたんだろうか。まだ昼前なのにお疲れ?
執務机の上に大量の書類があったから、忙しそうだなとは思っていたけども。
寝不足ではないのなら、なんだろか。小腹でも空いたのかな。
俺は鞄の中からスープマグを二つ取り出すと、野営用に準備していた温かな野菜のスープを注ぐ。アサリとトマトたっぷりの小粒すいとん入りミネストローネだ。
ふんわりとトマトの匂いが漂うと、ベルミナントは不満げに歪む顔をゆっくりと上げた。
「寝不足?」
「……そうではない。こんな貴重な品々を一度に出すな」
「え。貴重だとは思うけど、全部貰ったものだし。火山岩は拾ったものだからなあ」
ベルミナントの眉根が寄っていた理由は、俺が出した土産物のせいか。
もしも俺が大金をはたいて買い求めたものだったら、ベルミナントは受け取らないだろう。れっきとした賄賂になるからだ。
この土産物たちは蒼黒の団の懐を一切痛めないものであると知っていたから、ベルミナントは困惑してしまったのだろう。「貰ったから」といって気安く受け取れる品々ではないことは、俺も理解しているつもりだ。
「本も食材も好意で貰ったものだし、髪留めはリブルさんが心を込めて造ってくれたものだ。袖留めだってポトス爺さんが持ってけって半ば押し付け……いや、蒼黒の団が世話になっている領主様だからこそくれたものだから」
スープマグを差し出すと、ベルミナントは訝しげに受け取る。
スプーンを使わなくても食べられるくらい具が細かく切ってあるので、直接口をつけて飲んでもらう。貴族のマナーはわからないが、公の場ではないのだからこれくらいいいだろう。
アサリはダヌシェでスッスが仕入れてくれたもの。野菜は根っことか端っことかの、クズ野菜を細かくしたもの。トマトは新鮮なものが必要だが、俺の鞄は新鮮なものを新鮮なまま保存してくれる優れもの。
アサリと野菜の出汁に隠し味は鷹の爪。アサリがなければ細切れ肉でもよい。具材を炒めて味付けしてコトコト煮れば出来上がり。
トマトの甘味とアサリの塩味が疲れた身体に沁み入る。俺は別に疲れていないけど。
「旨いな」
「そうでしょう。片手間に飲めて、小腹を満たして身体も温める優れもの。そのうち屋台村で販売予定」
「いつになる」
「調理法はレイモンドさんに教えてあるから、今晩の食卓でどうぞ」
しばらく二人してゆっくりとスープを堪能すると、ベルミナントは口の周りをハンカチで拭いながら話した。
「たくさんの土産は感謝する。妻と娘も喜ぶだろう。なかにはとんでもないものもあるようだが、蒼黒の団の好意を受けぬわけにはいかぬと、そう思うことにする」
ベルミナントはなんとか納得してくれたようだ。
俺は空になったスープマグに清潔をかけると、一つを鞄の中にしまった。一つはベルミナントにあげるのだ。
「だがしかし、蒼黒の団は……俺が予想もしない旅をしているようだな」
「まさか北の大陸にまで行くとは思わなかったけども」
「北の大陸か……想像もつかぬな。どのような場所なのだ?」
「ほぼ砂漠だった。あと、やたらとでっかい山がぼこぼこある。トコルワナ山よりもでっかい山。飛竜がそこかしこに飛んでいて、アルツェリオ王国では見られないような大型のモンスターもたくさんいた」
情景を説明するのは難しいが、俺が体験したことや見て感動したことなどを詳しく説明して聞かせた。
ベルミナントは目を輝かせながら俺の話を興味深く聞いてくれる。トルミ村の子供たちに御伽噺を話している時のように、楽しそうに頷きながら笑うのだ。
ベルミナントは領主であるため、滅多に旅には出ない。たまに領内の視察なんかはするが、広大な領を全て回るわけではない。ベルミナントが王都まで行ったのは、五年も前のこととか。
ベルカイムから王都までは馬車で何日もかかる。伯爵が旅をするとなれば、護衛に侍従に侍女に文官にと、大勢でわっしょいわっしょい移動する。戦時下や緊急事態というわけではないのなら、野宿なんてとんでもない。街道沿いのそれなりの宿を何か所も借り上げ、主に不自由なきよう、主の身の安全を第一にぞろぞろと大名行列するわけで。
旅にかかる人件費や食費やあれやこれやを考えると、数百万、時には数千万レイブもかかるだろう。冒険者が旅をする時の諸経費とは比べ物にならない。
「ふふふ、蒼黒の団は北の大陸にまで赴けるのか。なんとも羨ましい」
蒼黒の団がどうやって北の大陸まで行ったのか、ベルミナントは細かいことは決して聞かない。問われたところで俺が返答に困ることを知っているからだ。
ベルミナントはお土産に渡した火山岩を手にすると、面白そうに感触を確かめていた。
火山岩は通常の石に比べて小さな穴がたくさん空いている。こういった石はアルツェリオ王国内では見られないとグリットが言っていた。王都のギルドに送って競売にかけたら、珍しいということで高値がつくらしい。貴族は珍しいものに金をかけたがるからな。
東の大陸にも火山はあるのだが、前人未到の深い森と谷のその向こうだったり、獰猛なモンスターが巣食っている場所にあったりする。
火山岩の存在を知っているならばともかく、存在を知らないものを探しには行かないだろう。競売に出されたあとは知らないけど。
「領主は町に降りるだけでも一大事になるからな。気軽にふらっと旅には行けないか」
「不自由を感じたことはないさ。辺境とはいえ、広大な領地を任された責任ある身であるからな」
そんな真面目なことを言っちゃって。
だけど、ベルミナントは心底そう思っているのだから凄いよな。自分が身勝手に振舞えば周りがどれだけ迷惑を被るのか、理解しているからこその言葉だ。俺なら変装してでも町に行って買い食いする。
視察という名目で旅をする場合も、領地の視察となればそれは領民の血税から捻出される。堅実な領主ならば税金で物見遊山など決してしない。計画的に、決められた場所で、決められた刻限のもと粛々と行われるのが視察だ。
美しく整えられた領地、笑顔のままの領民、護衛にがっちがちに守られたままの視察は楽しいものとは言えないだろう。
気軽に旅ができない貴族は、総じて旅をする冒険者の話を好むのだ。
病気を長いこと患っていた奥方様も快癒したことだし、辺境の、最果ての村で少しだけでものんびりしてもらいたい。
そんなわけで、俺は今日ここに来たわけで。
「ユグルの民にコポルタ族か。俺が知らぬ種がまだまだ存在するのだな」
「コタロとモモタ……コポルタ族はベルカイムに来たがったけど、まずはトルミ村に慣れてもらおうと思って」
「うむ。希少種というのならば、じゅうぶんに気をつけてもらいたい。恥ずかしいことだが、ベルカイムでも安全という保証はできぬ」
いや、ベルカイムがどんだけ安全安心な都市だとしても、コポルタたちのあまりの愛らしさに魔が差す者は大勢いるだろう。トルミ村に滞在している犬獣人たちは、犬獣人の始祖であるコポルタ族を神様のように崇めていたし。
「ベルミナントは近いうちにトルミ村に来るといいよ。奥方様と、執事さんと一緒に。トルミ村には世話好きがたくさんいるから、滞在中も不自由はないと思う。迎賓館もあるよ」
急に話を変えた俺に、ベルミナントは苦く笑いながら答える。
「うん? それは、いつか行けたら良いとは思うが……」
「グランツ卿が王都から戻ったらベルミナントに来てもらうから、来月くらいかな。俺が迎えに来るから、トルミ村巡りをしよう。レインボーシープ毛刈り大会に合わせて来てもらうとして、領主のお言葉を貰って、それから」
「待て、待てタケル。来月にというのはあまりにも急な話だ。いや、それよりも大公閣下は王都に戻られたのか? 未だトルミに滞在していると思ったのだが」
「ああそうか。えーっと、トルミ村にユグルの民が移住を希望しているって話はしたよな?」
「翼を持つ魔族らのことだな?」
「そう。魔族はたくさんの魔法を使える。そのなかで、空間魔法……いわゆる転移術、というものも使えましてね」
「なっ……失われた秘術である転移術をか?」
「そうそれ。遠くの場所から遠くの場所に一瞬で移動できちゃう便利魔法」
転移術――空間魔法の一つである転移門を使っているのは俺なのだが、ユグルの民が使えることにしてしまおうと言ったのは、ポトス爺の友人でトルミ村に移住を希望しているネフェル爺さん。
俺が気軽にホイホイ使える術だと知られたら、悪用しようと考える輩が現れる。既に王城でフランマモルスンと戦った時に使っているのだが、それはともかく。
ランクAの冒険者であるクレイやブロライトが術者だったらともかく、FBランクの素材採取家である俺が使えるのだ。
もしもまた俺が拉致られるようなことがあって、転移門を悪用でもされたら。
何事も絶対はないのだ。
二度あることは三度あるものだと思って行動しろ。
用心に用心を重ねろ。
そう言ってくれたのは、俺の、あの重傷を負った姿を目の当たりにしたユグルの皆だった。
――魔法を巧みに操る一族は、転移術なんぞ容易にできよう。ユグルは未知なる魔法を数多扱える種族なのだからな!
そう言ってネフェル爺さんはユグルであることを誇りに思い、豪快に笑ってくれたのだ。
「レインボーシープ毛刈り大会でのお言葉、よろしくな?」
「お前は……お前たちは、良いのか? 転移の術などを私に教えたならば、どうなるのかわかるだろう? アルツェリオに……ルセウヴァッハ領に多大な益をもたらすことになるのだぞ?」
そりゃ益はあるだろうな。ベルミナントの言葉は間違いではない。
軍事転用もできるだろう。だが、俺はどこかの国を攻め滅ぼすために兵を大勢転移しろと言われても、そりゃ無理だと答えるだろう。実際問題できちゃうんだけども。
アルツェリオ王国が他国を侵略しようとするならば、俺は、俺たち蒼黒の団は親類縁者友人全員引きつれてエルフの森に引きこもるだろう。
俺が守りたい生活は、全てグラン・リオにある。
仲間も、友人も、その家族も、皆この国に住んでいる。
ならば手の届く範囲だけでも、手を精いっぱいできる限り伸ばした範囲だけでも、守りたいと思う。
俺たちにはそれだけの力が、人脈があるのだから。
「少なくとも冬で餓死する人がいない国にしたい。ルセウヴァッハ領が国に納める税を増やせば、他の痩せた地に回せる余剰が生まれるだろ?」
「それはそうだが……」
トルミ村が、ルセウヴァッハ領だけが豊かになったら嫉妬する奴が出るだろう。だけど、人のいい領主様は正直に税の申告をするんだ。増えたら増えた分だけ、どばっと税を支払う。
グランツ卿が目を光らせている王家ではあるけど、現王様は話のわかる賢王。きっと、ルセウヴァッハ領の税を上手に使ってくれるだろう。
そんなことを考えるのは領主やグランツ卿に任せる。
俺はトルミ村を豊かな地にしたいだけ。
俺に都合よく、俺が心地よく、皆が平穏に過ごせるようにするだけ。
「ネコミミシメジやらキノコグミやらエペペ穀やら、様々な作物がこれでもかと採れるようになったとしても、緑の精霊王の責任にすればいい。神様って気まぐれだから仕方がないよな」
俺は笑って言ってやると、ベルミナントは申し訳なさそうに、だが仕方がないとばかりに微笑んでくれた。
2 東雲の特製弁当
穏やかに晴れた朝のこと。
ふわりと香る花の匂いと、小鳥の鳴き声。
朝日を柔らかなカーテンが遮る。
あらあらお寝坊さんね、なんて優しいお姉さんの声が。
「ピュピュピュピュピュ」
頭を叩くな髪の毛を食おうとするな布団を剥ぐな。
スマホのアラームよりもけたたましいビーの鳴き声が、俺の安眠を妨げる。
「ピュピュプー……ピュピュィ」
「待って……もうちょっと寝かせて」
「ピュイ? ピュッピュピューィ、ピューピュピュピュピューピュ」
「ちょ、うるさっ、待って、くさっ、朝飯なら食堂で食えるように頼んで、お前どうした臭いなほんとに。昨晩ちゃんと歯を磨いていたよな?」
「ピュイ!」
元気なお返事をするんじゃないよ。可愛い。
夜明け前の早朝。
ラトト鳥も鳴きだす前の薄暗いなか、ビーはもぞもぞ起きだして俺の顔面をベロベロモーニングコール。
俺は昨夜も夜更けまで街道の整備作業を手伝っていて、クタクタに疲れて温泉に入って、チーム拠点にある囲炉裏で作ってもらった温かな夕飯をたらふく食って、暖かな布団でおやすみなさいしたのだ。
身体は疲れていないさ。もともと頑丈な身体だし、一晩眠れば復活する冒険者。
どんな状況下でも短時間で身体を整えるのが冒険者というものだ、なんてクレイは言っていた。
いやいや、俺だって空気は読むしTPOは守る元日本人。野営の最中寝坊なんて仲間に迷惑がかかることはしないし、短時間しか休めない状況下なら全力で休むよう心掛ける。
だがしかし、ここはトルミ村なのだ。
チーム蒼黒の団の拠点がある、平和で平穏で優しい村。
「ピュピュィ、ピュッピュピュー」
「まあそうだな、うん、わかっちゃいるけどさ、俺は、もうちょっと、寝ていてもいいんじゃないかと」
「ピューイーッ!」
「いた、いたたい、いたっ、噛むな! 爪刺すな! 清潔展開っ!」
「ピュッピュヒーィ」
俺の寝坊はビーの鳴き声で妨げられる。
おかげでトルミの住人には「あらタケルさん早いのね、もう少しゆっくり寝ていてもいいのよ?」なんて気遣いをされてしまうのだ!
俺はもっと寝坊をしたいのだ。二度寝三度寝をしたいのだ。
ビーの全身に清潔をかけると、俺の頭は完全に目覚めてしまう。これが、毎朝のこと。
蒼黒の団にスッスを正式に加入させてから半月。俺たちがトルミ村に帰ってきてからひと月が経過している。
ユグルとコポルタが暮らす長屋は完成した。エルフとドワーフとトルミ村の住人たちが本気を出したら三日で完成したよ。すげえな。
ユグルは自慢の翼と魔法でエルフの建築に貢献している。高所作業は特にエルフが感謝していた。重たいものを浮かべる重力操作魔法は軽量魔法の応用。ごん太い木材が空を浮かぶ様は見事だった。
俺も木材の運搬や、清潔の魔石や家庭用焜炉に使用する炎魔石、流し用の水魔石、掃除用の風魔石を大量に造りまくった。ユグルがより効率の良い魔力の込め方を教えてくれたので、大して魔力を消費することもなく三桁は造れた。
ユグル族は生活魔法なんてお茶の子さいさいだが、コポルタは魔法の扱いが不得手だし、魔法が使えない人たちのほうがトルミには多い。
魔法に頼らず手を使えと言われるかもしれないが、俺としては使えるものは何でも使えば良いと思うのだ。手段が魔法なだけで、風魔石でチリやホコリを集めるのは、掃除機でゴミを吸い取るのと同じこと。マデウスに掃除機はないが、ホウキとチリトリでゴミを集めるよりも早く済むのなら、魔法を使います。
井戸に水を汲みに行かない代わりに、畑仕事に時間をかけられる。レインボーシープの健康状態をじっくりと見分できる。子供の遊び相手だってできるだろうし、勉強に費やす時間すら持てるのだ。
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