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14巻
14-3
「兄貴、ガシュマト領はなるべくなら避けたほうが良いっす」
「なぜに」
「税が高いんす」
「何税が?」
「いろんな税っす。入場税で三千レイブ取られるんす」
「えっ高い」
「ガシュマト領の税は何でも高いんすよ。宿屋はトルミの宿屋の半分より小さい部屋で、一泊二千レイブで宿泊税込み。ご飯は別」
「たっか!」
「王都で流行っていた麦汁が一杯三千レイブで食料税込みっすね」
「まだ流行っていやがんのかあの謎汁!」
「水を使うのにも水税、通りを歩くのも通行税、滞在税は一日千レイブっす」
「なにその税金地獄領……」
スッスが愛用の手帳を開きながら教えてくれた、ガシュマト領の衝撃税金事情。
ベルカイムは基本的に入場税なんか取らない。冒険者、商業にかかわらずギルド構成員はギルドリングを見せれば入れるし、ギルドに所属していない人でも鑑定魔道具で調べて問題なければ入れる。
俺たちは様々な領や街に行ったが、今まで入場税を取られたことはない。
「まさか、お土産を買うのも消費税がかかるとか?」
「兄貴、よく知っているっすね」
「やだもう……」
この世界で消費税なんて言葉聞きたくなかった。
他の国では知らないが、アルツェリオ王国の税金はとても単純だ。
各領の領主が国王に毎年一定の税を納めるだけ。
もちろん、毎年同じだけの税が支払えるわけもなく、収穫物が増えたら増えた分だけ、減ったら減った分だけ増税や減税がされている。
冒険者ギルドや商業ギルド、鍛冶ギルドなどの組織も一定の税を納める。しかし、各ギルドは支店がある領地に納税するのではなく、直接国へと納めるのだ。
国王レットンヴァイアーは不正を許さない。陛下の叔父である大公閣下であるグランツ卿はもっと厳しい。徴税官に半年に一度は適性検査を行い、着服やら脱税やらをさせないように監視しているという。
しかし、ガシュマト領の税は明らかに異常。
水を使うだけで水税を徴収する?
なぜそんなふざけた話が放置されているんだ。
「なあスッス、どうしてガシュマトは税まみれの領になったんだ?」
俺は鞄の中から醤油味と塩味の一口おかきを取り出し、空いていた大皿に入れる。
早速手を伸ばしたクレイとブロライトは、俺の質問に頷きスッスに顔を向けた。
「ええと、ええと……ちょっと言いづらい理由なんすけどいいっすか?」
「言いづらい理由?」
スッスは地面に置いていたリュックから黄色い手帳を取り出すと、ぺらぺらと頁を送る。
そして、ガシュマト領の現在の事情を話してくれたのだ。
2 助けてほしいんだ
「はい、それでは皆さん宜しいですか? 光の門を通る時、息は止めないでください。怖ければ目を瞑ってください。それぞれ手を取り合って、お子さんはできるだけ抱っこしてくださいね。はい、今ならクレイの尻尾は先着順です」
アルナブ族の避難所には結界魔石を配置したまま、トルミ村に続く転移門を開くことにした。フニカフニを採るためにも、コルドモールをなんとかするためにも、この大きな空間は利用させてもらう。
洞窟はいつ崩れるかわからないし、恐ろしいモンスターが生息している。できるならば緊急に避難していただきたいとクレイが丁寧に説明すると、アルナブ族たちは我先にと家々に荷物をまとめに行った。
元々着の身着のまま洞窟に迷い込んだため、荷物はさほど多くはない。
移動する前に全員に清潔魔法をぶちかましたのは言うまでもない。
「タケル、先に転移門を通り安全であることを見せてやれ」
クレイは全身に仔うさぎたちをこれでもかと掴まらせ、転移門を開く準備をしていた俺に声をかける。遠目だとクレイが白いふわふわローブを纏って見えるから笑いそうになる。
念のために結界の中で新たなる結界魔石を配置し、結界を二重にしておく。
これで落盤があろうとコルドモールが襲いかかろうとも、しばらくは持つだろう。
転移門を開くための魔石を取り出し、地面に置いて固定。
脳内で地図を開き、トルミ村にある蒼黒の団の拠点地下にある転移門を思い浮かべる。
旅先からいつでもトルミ村に帰れるよう、行き先を決めていない転移門をいくつか作っているのだ。俺の心配性は役に立つだろう。
クレイの身長くらいの門を円状に作り出すと、アルナブ族は逃げ出すこともなくポカンとした顔で転移門を見上げていた。
これは転移門と言いまして、と説明するよりも先に避難だな。
「ビー、少しの間外すから皆を頼む」
「ピュイ!」
「良いお返事」
ビーの頭を撫でてやってから転移門を通った。
転移門のある地下空間は、通称「転移門部屋」と呼んでいるのだが、この部屋に入れるのは限られた人のみ。トルミ村の住民すら誰でも入れるわけではない。
大きな地下空間に転移門が数多設置してあり、全ての門は俺が訪れたことのある場所に繋がっているのだ。
見慣れた部屋に出ると、俺は駆け足で階段を上った。
「ただいま戻りましたけどすぐに行きます!」
拠点の一階にある大広間へと続く扉を開くと、数十人の多種多様の種族が宴会の真っ最中だった。
皆酒好きの大人たちのみ。子供と女性がいないとすれば、今は夜か。
俺の突然の登場に慌てるわけでもなく、雑貨屋のジェロムと鍛冶師のグルサス親方は、またかという顔をした。
「せめて説明をしろ」
お気に入りの錫のカップを手にして不愉快そうに言ったのは、エルフのベルク。
「何か私の役に立てることはあるか? ルカルゥはどうした」
湯飲みを持って振り返ったのはユグルのネフェル。その両隣には護衛の二人。
「通信石を忘れんなよ。酒が抜けるじゃねぇか」
「おう、なんぞ旨い酒でも持ってきたか?」
だらしなく横になりながら木製のジョッキを掲げているのは、ドワーフの兄弟アゲートとゴーム。
「そうか! 通信石があったのをすっかり忘れてた!」
「お前なあ……」
アゲートに言われるまで通信石の存在を忘れていた俺は、頭を抱えて叫んでしまった。
先に連絡をしておけば慌てて帰ることはなかったのに。
いやいや、通信石を忘れていたのは俺だけじゃないから許してもらいたい。
他にも広間には数十人がいた。飲兵衛たちの集会所と化してしまっている広間だが、各種族の代表、もしくはそれに近しい人たちが一堂に会しているのは都合が良かった。
「急ぎの用だから酒は飲めない。ええっと、ええっと、また頼みごとがあるんだけども……」
とある種族を一族ごとまるっと避難させてもらえないか。
そう口にしようとしたら、真っ先にベルクが外に出ていってしまった。ベルクの部下らしきエルフの戦士たちもそれに続く。
続いてアゲートとゴームが身体を起こした。
「戦いになるか」
「俺も行くぞ」
どこからか取り出したのか、それぞれ巨大なハンマーを手にして腰を上げる。
「いやいや、まだ戦いにはならないから。でも、危険な状況に変わりがないから助けてもらいたいんだけど……迷惑になるかもしれなくて……」
俺がもごもごと言葉を選びながら迷っていると、グルサス親方がハンッと鼻で笑った。
「お前の迷惑なんざ弟子の迷惑に比べりゃあ、可愛いもんだ」
「いやでもあの、今回は数百人……コポルタよりも多いです。でも、コポルタより小さいかな」
俺が遠慮がちに言うと、ジェロムが立ち上がって辺りの若者たちに指示する。
「ベルクは村長に繋ぎをつけたろう。おう、誰かサダファとオルフにも声をかけろや。これから賑やかになっから、広場の掃除をしろってな」
「ベティとマーロウも呼んだほうがいいな。寝ている子供らが起きださねぇように、ビーの魔石を起動させろ」
広間の飲兵衛たちは今まで飲んでいたとは思えないほど、機敏に動きだした。
ビーの魔石というのは、盗聴防止魔石のこと。トルミ村では「眠りを妨げないようにする魔道具」だと勘違いされている。
そもそもはビーの酷いイビキが聞こえないようにするために、俺の安眠のために作ったものだ。外に音を漏らさないようにする魔石を作ったのだが、盗聴を防ぐ魔石になってしまったのはたまたま。
外に音を漏らさない魔石から、外の音が聞こえづらい魔石に変えたのはユグルの魔法研究部隊。
ビーの魔石を設置したきっかけは、村の恒例行事になっている野外広場での宴会。
昼だろうが夜だろうが、宴会をする時は全力で楽しむ面々だ。広場は村の中央に位置し、緑の精霊王を祀った小さな祠があるだけの野原。野外のため、時には酔っ払いの声がうるさくなってしまう。
赤ん坊や幼い子供たち、そして眠りたい大人たちの睡眠を邪魔しないようにと、ユグルたちが拠点の広間や野外広場に設置したのだ。騒がしくする時は必ずこの魔石を使うことが義務づけられている。
「新しい面子は何を食うんだ。食っちゃなんねぇもんは先に教えてくれ」
トルミに永住することになった元ランクB冒険者、豹獣人のガルハドは首から下げたメモ帳を開いてメモの準備。
「食べるのは野菜……? いや、エペペ穀のほうが好きかな。でも品種改良したやつじゃなくて、そこらへんに生えているやつ? なのかな……」
「はっきりしねぇと。食えねぇモン食わされるのはつれぇぞ」
ガルハドに問われたことに正しく答えるべく、俺は再度転移門の部屋に降り、転移門から洞窟へと行き、アルナブ族の郷長ウマルと付き添いの女性シファーに事情を話し、二人を連れて広間へと戻った。
「こちら、アルナブ族の郷長ウマルさんと、お付きのシファーさん」
「ど、どうぞよろしく……」
「こんにちは……」
俺が腕に抱く白いふわふわな垂れ耳うさぎ族を見た面々は静まり返った。
ウマルは毛糸の帽子を外して深々と頭を下げた。シファーは自分の垂れ耳を掴んでぷるぷる震えている。
服は着ているし帽子もかぶっている。普通のうさぎとは違い、尻尾がとても大きい。しかし、見た目は完全にうさぎだ。
ちなみにうさぎ肉は村で日常的に食べる。村の子供たちが最初に覚える狩りは、野うさぎ狩りだ。罠を作って仕留めて解体するまでがお仕事。うさぎ肉のシチューはとても美味しい。
だがしかし、猪獣人や豚獣人が捕食対象にならないように、「言葉を喋る動物は全て人である」とするマデウス。
ウマルとシファーが怯えながらも言葉を放った瞬間、アルナブ族はうさぎではなく、アルナブ族という種族であり、人と見做される。
「郷長、シファーさん、ご飯は野菜よりもエペペ穀が好きだった?」
俺が二人に語りかけると、二人は垂れ耳をぎゅっと握りしめながらうんうんと深く頷いた。
「苦手なものや食べられないものはあります?」
「タケルさん、こんな、いけません。私たちは、大きな木の二、三本でもお借りいただければ、木の根元でじゅうぶんに暮らしていけますので」
ウマルが遠慮がちに目を伏せると、シファーがそれではいけないと首を左右に振る。
「郷長はお足がおつらいでしょう? 他にも身体のあちこちが痛い年寄りがたくさんいるわ。せめて藁の床をお借りいただければ……も、森の枯葉の上でもいいんです」
そんな遠慮に遠慮を重ねたアルナブ族を目にした面々は、しばしの沈黙。
そして。
「どっか悪くしてんのか? そりゃあいけねえな、湯が使えるようにしよう」
「寝床は藁でいいのか? 年寄りには藁より綿布団がいいな。リザードマン用のでかい座布団が倉庫にあったろ。あれを敷くといい」
「どんな食事がお好みなのか、お教えいただけるか」
「破れた衣服の代わりになるものを探さねばなりませんね。エリザはまだ起きているかな?」
広間はあっという間に蜂の巣をつついた状態になり、我も我もと広間を飛び出していった。
俺たちが呆然と眺めていると、寝間着のままのトルミ村の村長を姫抱っこしたベルクが飛び込んできた。
ナイトキャップを被った村長、ほとんど寝ているじゃないか。
「村長の了解は得た」
何言ってんだお前。
「奥方が食堂をひとまずの待機場として整えるそうだ。怪我はないか?」
村長を姫抱っこしたままのベルクが至極真剣に問うものだから、シファーは掴んでいた垂れ耳をぶんぶんと振り回しながら頷いた。
アルナブ族は動揺したり感動したりすると、その心情を自らの大きな耳を掴んで振り回すことで表現してくれるのだ。
「ルドゥとサキュハラ、エイトナ、それからラタと迎えに行く。新たな転移門の先だな? 何色だ」
「ええと、ええと、臙脂色にした。ヴォズラオの隣。転移門の傍には蒼黒の団が待機している。アルナブ族は大きな声や音が苦手だから、驚かさないように気をつけてくれ」
ベルクは警備隊に所属しているエルフとユグルに声をかけると、安眠中なのか微笑みながら眠る村長を畳の上に下ろした。
腕に抱いていたウマルとシファーを畳の上に下ろすと、二人はビクビクと怖がりながらも畳の匂いを嗅ぎ、不思議そうに畳の目を触る。
「了解した。皆、行こう」
ベルクは転移門部屋へと続く扉を開け、数人を共に階下へと降りていった。
「村長が寝ていたってことは、もう日は暮れているんだよな。夜に騒がしくして申し訳ない」
俺は広間の隅に重ねて置いてある客用の布団を掴み、村長の身体にかける。
「お前と一緒になって突っ込んでいくブロライトならともかく、あのクレイストンがお前を止めずにここに寄越したんだ。よほど切羽詰まっている状態なんだろうよ」
グルサス親方が新たな酒瓶の蓋を口で開けた。
いや、ブロライトと突っ込んでいくことは滅多にないんだけど俺。
「詳しくは皆を避難させてから話す。なんというか……巻き込んでも良いのか悩むくらいの状況下に置かれていて。でも、アルナブ族を放ってはおけないんだ」
今回は対モンスター戦で話が済むわけではない。
マティアシュ領とガシュマト領の、二つの領に跨る話。
ガシュマト領に潜伏する闇ギルド構成員がマティアシュ領の宝を盗もうと黙って領域侵犯をした。
ガシュマト領で暮らしていた希少な種族が住処を追い出されたので、トルミ村で匿いたい。
ガシュマト領の地下にはランクS以上のモンスターが徘徊しております。
うん。
ほんとにもうなんていうか、「なに言ってんだお前」だよな。
これからグランツ卿に相談をし、判断を仰ぐ。もしかしたらスッスが放った伝達魔法でリルウェ・ハイズからグランツ卿に話が行っているかもしれない。
ベルミナントにもトルミ村に避難させたい種族の話をし、ガシュマト領の誰かさんがアルナブ族を追い出した経緯を問う……のは、グランツ卿に任せるとして。
貴族や政治が関わる話だ。
蒼黒の団が黄金竜の称号を持っているからって、俺たちはただの庶民。貴族に質問はおろか意見だなんて以ての外。
通信石だって便利な携帯電話感覚で使ってはいるが、本来庶民が貴族に面会を求めるにはきちんとした身元の人を通して紹介してもらわなければならない。
俺の場合はギルドエウロパのギルドマスターか、グリットか、ウェイド。最短でならクレイだな。クレイは貴族ではないけども、貴族に近しい何らかの何かを持っているらしいから、貴族相手の面会でも仲介人はいらないそうだ。詳しくは聞いていないが、西の大陸のでっかい国では爵位があるのだとかなんとか。
とにもかくにも、面倒な手続きを省いて直接話していいよ、という許可を俺たちは得ているからこその大公閣下への直談判なわけだ。
この穏やかで優しい村を貴族間のイザコザに巻き込みたくはない。
順調に進んでいるトルミ特区の計画が頓挫してしまうかもしれない。
悪い方向へ考えてしまうのは俺の良くない癖だとはわかっているが、だったらトルミ村を巻き込むなって話にはならない。
トルミ村だからこそ、疲弊した心を癒してもらえる。
時には厳しく、だけどとことん優しく。
「アルナブ族を助けてほしいんだ。俺たち蒼黒の団ができることは全力でする。彼らの滞在費全ては俺に言ってくれ。面倒を見てくれる人には報酬を渡す。もちろん、トルミ村全体にも寄付金として、それから迷惑料も……」
「待てタケル」
ジェロムが俺の言葉を止めた。
広間が再び静まり返ると、沈黙が続く。
村長の健やかな寝息だけがのんびりと響き。
酒を飲み干したジェロムが深く息を吐いた。
「馬鹿なこと言うんじゃねぇぞ。助けてくれだぁ? 当たり前だろうが。なぁに遠慮していやがるんだ気持ち悪い」
ジェロムが酒瓶を片付けながら言うと、広間の掃除を始めた若者らが「そうだ」と同意してくれた。
「お前らはトルミを害するような者は連れてこねぇだろう。エルフもユグルもコポルタも、俺たちの助けになってくれている。かといって、俺たちは見返りが欲しくてヤツらを助けているんじゃあねえ。わかるか?」
俺がわからず首をひねると、ジェロムは豪快に笑った。
「お前が、蒼黒の団が、助けろってんなら、俺たちは助けりゃいいんだよ」
やだ男前。
俺がジェロムの言葉に感動していると、広間の時は再び慌ただしく動き始める。
「長屋の増設はいくつ必要だ。既存の塀を広げる支度をさせよう」
「警備を増やさねばならぬ。翼の戦士は幾人増やす? エルフの弓部隊を回す」
「ユグルの野営地がそのままだが、使えるか?」
「誰か、レオポルン殿にアルナブ族の来訪を告げよ。あのお方ならばアルナブ族について何かご存じかもしれぬ」
「風呂は入るか? 長風呂しているヤツらにとっとと出ろって言ってくらあ」
深い事情は話していないというのに。
皆は俺たちを信じて受け入れてくれた。
いらぬ世話、いらぬ迷惑、いらぬ心配をこれでもかと背負わせるのに。
俺の。
蒼黒の団の頼みというのは、考えていた以上に重たいものなのだなと。
俺は必死に涙を堪えて笑った。
3 簡単につまめて美味しい肴がスルメイカ
アルナブ族たちを全員トルミ村に避難させることに成功した俺たちは、拠点の広間にて休憩中。
洞窟探査で失った食材などを調達しつつ、久々の安らげる空間で足を伸ばす。
温泉にも入った。風呂万歳。
バリエンテの穴に潜っていたのはたった数日のことなのに、やはりモンスターが蔓延る閉鎖された空間で寝起きするのは相当なストレスだった。お風呂ないし。野営は未だに慣れない。
「ピュプー」
時間にして夜中の十時過ぎ。
トルミ村では朝日と共に起きて夕暮れと共に眠るのが習慣だ。こんな時間まで起きていられるのは、翌日のことを考えない飲兵衛くらい。
ビーは俺の膝でぐっすり就寝中。ルカルゥとザバは広間の隅に敷いた布団で安眠中。
広間には俺とクレイとスッスが残った。ブロライトは食堂へ移動したアルナブ族たちに付き添っている。
村人たちの恐ろしいほどの連携により、夜中であってもアルナブ族の避難はするりと済んだ。驚くほどに迅速に。躊躇いもなく。まるで練習でもしていたかのように。
一部の村人たちが「うさちゃん」と呟いていたが、アルナブ族を決してうさぎ扱いしないよう厳重注意がされていたため、はしゃぐ者は一人もいなかった。
久々の夜空にユムナをはじめアルナブ族たちは泣いて喜んだ。外の風だ、新鮮な葉っぱの匂いだ、臭くない土の匂いだと。
今後の話し合いを拠点の広間ですることになったのだが、アルナブ族の郷長であるウマルも同席すると言った。
しかし、避難してきた老体に鞭を打つ真似はさせられない。慣れない環境であることに変わりはないのだからと、なんとか説得して話し合った内容は翌日に報告させてもらう運びとなった。
アルナブ族は簡易的に広げた布団が気に入ったようで、藁や落ち葉よりもふかふかだと歓声を上げていた。リザードマンや大型獣人用に作った座布団が、アルナブ族にとっては立派な布団に思えたのだろう。
ユムナがふわふわね、ふわふわだわとはしゃぎ喜ぶ姿が印象的だった。
エルフ族の子供が作製した深皿を取り出し座る姿を見たベルクが、目を見開き――なぜ子供らが造った未熟な皿を椅子にしているのだ! と俺に詰め寄ってきてちょっと面倒なことになったが、概ね問題もなく平和に避難は終了した。
眠ったままの盗掘者たちは、眠ったまま村の外にある警備詰所にて収監。魔法の効果は切れているはずだが、未だ起きてはいない。
エルフとユグルの精鋭が集う詰所だ。一分の隙もない空間で、果たして彼らは快適に目覚められるのかは謎。明日にでもベルカイムへ移送する予定になっている。
プニさんは未だ戻らないけれど、まあ心配することもないだろう。神様だし。
「なぜに」
「税が高いんす」
「何税が?」
「いろんな税っす。入場税で三千レイブ取られるんす」
「えっ高い」
「ガシュマト領の税は何でも高いんすよ。宿屋はトルミの宿屋の半分より小さい部屋で、一泊二千レイブで宿泊税込み。ご飯は別」
「たっか!」
「王都で流行っていた麦汁が一杯三千レイブで食料税込みっすね」
「まだ流行っていやがんのかあの謎汁!」
「水を使うのにも水税、通りを歩くのも通行税、滞在税は一日千レイブっす」
「なにその税金地獄領……」
スッスが愛用の手帳を開きながら教えてくれた、ガシュマト領の衝撃税金事情。
ベルカイムは基本的に入場税なんか取らない。冒険者、商業にかかわらずギルド構成員はギルドリングを見せれば入れるし、ギルドに所属していない人でも鑑定魔道具で調べて問題なければ入れる。
俺たちは様々な領や街に行ったが、今まで入場税を取られたことはない。
「まさか、お土産を買うのも消費税がかかるとか?」
「兄貴、よく知っているっすね」
「やだもう……」
この世界で消費税なんて言葉聞きたくなかった。
他の国では知らないが、アルツェリオ王国の税金はとても単純だ。
各領の領主が国王に毎年一定の税を納めるだけ。
もちろん、毎年同じだけの税が支払えるわけもなく、収穫物が増えたら増えた分だけ、減ったら減った分だけ増税や減税がされている。
冒険者ギルドや商業ギルド、鍛冶ギルドなどの組織も一定の税を納める。しかし、各ギルドは支店がある領地に納税するのではなく、直接国へと納めるのだ。
国王レットンヴァイアーは不正を許さない。陛下の叔父である大公閣下であるグランツ卿はもっと厳しい。徴税官に半年に一度は適性検査を行い、着服やら脱税やらをさせないように監視しているという。
しかし、ガシュマト領の税は明らかに異常。
水を使うだけで水税を徴収する?
なぜそんなふざけた話が放置されているんだ。
「なあスッス、どうしてガシュマトは税まみれの領になったんだ?」
俺は鞄の中から醤油味と塩味の一口おかきを取り出し、空いていた大皿に入れる。
早速手を伸ばしたクレイとブロライトは、俺の質問に頷きスッスに顔を向けた。
「ええと、ええと……ちょっと言いづらい理由なんすけどいいっすか?」
「言いづらい理由?」
スッスは地面に置いていたリュックから黄色い手帳を取り出すと、ぺらぺらと頁を送る。
そして、ガシュマト領の現在の事情を話してくれたのだ。
2 助けてほしいんだ
「はい、それでは皆さん宜しいですか? 光の門を通る時、息は止めないでください。怖ければ目を瞑ってください。それぞれ手を取り合って、お子さんはできるだけ抱っこしてくださいね。はい、今ならクレイの尻尾は先着順です」
アルナブ族の避難所には結界魔石を配置したまま、トルミ村に続く転移門を開くことにした。フニカフニを採るためにも、コルドモールをなんとかするためにも、この大きな空間は利用させてもらう。
洞窟はいつ崩れるかわからないし、恐ろしいモンスターが生息している。できるならば緊急に避難していただきたいとクレイが丁寧に説明すると、アルナブ族たちは我先にと家々に荷物をまとめに行った。
元々着の身着のまま洞窟に迷い込んだため、荷物はさほど多くはない。
移動する前に全員に清潔魔法をぶちかましたのは言うまでもない。
「タケル、先に転移門を通り安全であることを見せてやれ」
クレイは全身に仔うさぎたちをこれでもかと掴まらせ、転移門を開く準備をしていた俺に声をかける。遠目だとクレイが白いふわふわローブを纏って見えるから笑いそうになる。
念のために結界の中で新たなる結界魔石を配置し、結界を二重にしておく。
これで落盤があろうとコルドモールが襲いかかろうとも、しばらくは持つだろう。
転移門を開くための魔石を取り出し、地面に置いて固定。
脳内で地図を開き、トルミ村にある蒼黒の団の拠点地下にある転移門を思い浮かべる。
旅先からいつでもトルミ村に帰れるよう、行き先を決めていない転移門をいくつか作っているのだ。俺の心配性は役に立つだろう。
クレイの身長くらいの門を円状に作り出すと、アルナブ族は逃げ出すこともなくポカンとした顔で転移門を見上げていた。
これは転移門と言いまして、と説明するよりも先に避難だな。
「ビー、少しの間外すから皆を頼む」
「ピュイ!」
「良いお返事」
ビーの頭を撫でてやってから転移門を通った。
転移門のある地下空間は、通称「転移門部屋」と呼んでいるのだが、この部屋に入れるのは限られた人のみ。トルミ村の住民すら誰でも入れるわけではない。
大きな地下空間に転移門が数多設置してあり、全ての門は俺が訪れたことのある場所に繋がっているのだ。
見慣れた部屋に出ると、俺は駆け足で階段を上った。
「ただいま戻りましたけどすぐに行きます!」
拠点の一階にある大広間へと続く扉を開くと、数十人の多種多様の種族が宴会の真っ最中だった。
皆酒好きの大人たちのみ。子供と女性がいないとすれば、今は夜か。
俺の突然の登場に慌てるわけでもなく、雑貨屋のジェロムと鍛冶師のグルサス親方は、またかという顔をした。
「せめて説明をしろ」
お気に入りの錫のカップを手にして不愉快そうに言ったのは、エルフのベルク。
「何か私の役に立てることはあるか? ルカルゥはどうした」
湯飲みを持って振り返ったのはユグルのネフェル。その両隣には護衛の二人。
「通信石を忘れんなよ。酒が抜けるじゃねぇか」
「おう、なんぞ旨い酒でも持ってきたか?」
だらしなく横になりながら木製のジョッキを掲げているのは、ドワーフの兄弟アゲートとゴーム。
「そうか! 通信石があったのをすっかり忘れてた!」
「お前なあ……」
アゲートに言われるまで通信石の存在を忘れていた俺は、頭を抱えて叫んでしまった。
先に連絡をしておけば慌てて帰ることはなかったのに。
いやいや、通信石を忘れていたのは俺だけじゃないから許してもらいたい。
他にも広間には数十人がいた。飲兵衛たちの集会所と化してしまっている広間だが、各種族の代表、もしくはそれに近しい人たちが一堂に会しているのは都合が良かった。
「急ぎの用だから酒は飲めない。ええっと、ええっと、また頼みごとがあるんだけども……」
とある種族を一族ごとまるっと避難させてもらえないか。
そう口にしようとしたら、真っ先にベルクが外に出ていってしまった。ベルクの部下らしきエルフの戦士たちもそれに続く。
続いてアゲートとゴームが身体を起こした。
「戦いになるか」
「俺も行くぞ」
どこからか取り出したのか、それぞれ巨大なハンマーを手にして腰を上げる。
「いやいや、まだ戦いにはならないから。でも、危険な状況に変わりがないから助けてもらいたいんだけど……迷惑になるかもしれなくて……」
俺がもごもごと言葉を選びながら迷っていると、グルサス親方がハンッと鼻で笑った。
「お前の迷惑なんざ弟子の迷惑に比べりゃあ、可愛いもんだ」
「いやでもあの、今回は数百人……コポルタよりも多いです。でも、コポルタより小さいかな」
俺が遠慮がちに言うと、ジェロムが立ち上がって辺りの若者たちに指示する。
「ベルクは村長に繋ぎをつけたろう。おう、誰かサダファとオルフにも声をかけろや。これから賑やかになっから、広場の掃除をしろってな」
「ベティとマーロウも呼んだほうがいいな。寝ている子供らが起きださねぇように、ビーの魔石を起動させろ」
広間の飲兵衛たちは今まで飲んでいたとは思えないほど、機敏に動きだした。
ビーの魔石というのは、盗聴防止魔石のこと。トルミ村では「眠りを妨げないようにする魔道具」だと勘違いされている。
そもそもはビーの酷いイビキが聞こえないようにするために、俺の安眠のために作ったものだ。外に音を漏らさないようにする魔石を作ったのだが、盗聴を防ぐ魔石になってしまったのはたまたま。
外に音を漏らさない魔石から、外の音が聞こえづらい魔石に変えたのはユグルの魔法研究部隊。
ビーの魔石を設置したきっかけは、村の恒例行事になっている野外広場での宴会。
昼だろうが夜だろうが、宴会をする時は全力で楽しむ面々だ。広場は村の中央に位置し、緑の精霊王を祀った小さな祠があるだけの野原。野外のため、時には酔っ払いの声がうるさくなってしまう。
赤ん坊や幼い子供たち、そして眠りたい大人たちの睡眠を邪魔しないようにと、ユグルたちが拠点の広間や野外広場に設置したのだ。騒がしくする時は必ずこの魔石を使うことが義務づけられている。
「新しい面子は何を食うんだ。食っちゃなんねぇもんは先に教えてくれ」
トルミに永住することになった元ランクB冒険者、豹獣人のガルハドは首から下げたメモ帳を開いてメモの準備。
「食べるのは野菜……? いや、エペペ穀のほうが好きかな。でも品種改良したやつじゃなくて、そこらへんに生えているやつ? なのかな……」
「はっきりしねぇと。食えねぇモン食わされるのはつれぇぞ」
ガルハドに問われたことに正しく答えるべく、俺は再度転移門の部屋に降り、転移門から洞窟へと行き、アルナブ族の郷長ウマルと付き添いの女性シファーに事情を話し、二人を連れて広間へと戻った。
「こちら、アルナブ族の郷長ウマルさんと、お付きのシファーさん」
「ど、どうぞよろしく……」
「こんにちは……」
俺が腕に抱く白いふわふわな垂れ耳うさぎ族を見た面々は静まり返った。
ウマルは毛糸の帽子を外して深々と頭を下げた。シファーは自分の垂れ耳を掴んでぷるぷる震えている。
服は着ているし帽子もかぶっている。普通のうさぎとは違い、尻尾がとても大きい。しかし、見た目は完全にうさぎだ。
ちなみにうさぎ肉は村で日常的に食べる。村の子供たちが最初に覚える狩りは、野うさぎ狩りだ。罠を作って仕留めて解体するまでがお仕事。うさぎ肉のシチューはとても美味しい。
だがしかし、猪獣人や豚獣人が捕食対象にならないように、「言葉を喋る動物は全て人である」とするマデウス。
ウマルとシファーが怯えながらも言葉を放った瞬間、アルナブ族はうさぎではなく、アルナブ族という種族であり、人と見做される。
「郷長、シファーさん、ご飯は野菜よりもエペペ穀が好きだった?」
俺が二人に語りかけると、二人は垂れ耳をぎゅっと握りしめながらうんうんと深く頷いた。
「苦手なものや食べられないものはあります?」
「タケルさん、こんな、いけません。私たちは、大きな木の二、三本でもお借りいただければ、木の根元でじゅうぶんに暮らしていけますので」
ウマルが遠慮がちに目を伏せると、シファーがそれではいけないと首を左右に振る。
「郷長はお足がおつらいでしょう? 他にも身体のあちこちが痛い年寄りがたくさんいるわ。せめて藁の床をお借りいただければ……も、森の枯葉の上でもいいんです」
そんな遠慮に遠慮を重ねたアルナブ族を目にした面々は、しばしの沈黙。
そして。
「どっか悪くしてんのか? そりゃあいけねえな、湯が使えるようにしよう」
「寝床は藁でいいのか? 年寄りには藁より綿布団がいいな。リザードマン用のでかい座布団が倉庫にあったろ。あれを敷くといい」
「どんな食事がお好みなのか、お教えいただけるか」
「破れた衣服の代わりになるものを探さねばなりませんね。エリザはまだ起きているかな?」
広間はあっという間に蜂の巣をつついた状態になり、我も我もと広間を飛び出していった。
俺たちが呆然と眺めていると、寝間着のままのトルミ村の村長を姫抱っこしたベルクが飛び込んできた。
ナイトキャップを被った村長、ほとんど寝ているじゃないか。
「村長の了解は得た」
何言ってんだお前。
「奥方が食堂をひとまずの待機場として整えるそうだ。怪我はないか?」
村長を姫抱っこしたままのベルクが至極真剣に問うものだから、シファーは掴んでいた垂れ耳をぶんぶんと振り回しながら頷いた。
アルナブ族は動揺したり感動したりすると、その心情を自らの大きな耳を掴んで振り回すことで表現してくれるのだ。
「ルドゥとサキュハラ、エイトナ、それからラタと迎えに行く。新たな転移門の先だな? 何色だ」
「ええと、ええと、臙脂色にした。ヴォズラオの隣。転移門の傍には蒼黒の団が待機している。アルナブ族は大きな声や音が苦手だから、驚かさないように気をつけてくれ」
ベルクは警備隊に所属しているエルフとユグルに声をかけると、安眠中なのか微笑みながら眠る村長を畳の上に下ろした。
腕に抱いていたウマルとシファーを畳の上に下ろすと、二人はビクビクと怖がりながらも畳の匂いを嗅ぎ、不思議そうに畳の目を触る。
「了解した。皆、行こう」
ベルクは転移門部屋へと続く扉を開け、数人を共に階下へと降りていった。
「村長が寝ていたってことは、もう日は暮れているんだよな。夜に騒がしくして申し訳ない」
俺は広間の隅に重ねて置いてある客用の布団を掴み、村長の身体にかける。
「お前と一緒になって突っ込んでいくブロライトならともかく、あのクレイストンがお前を止めずにここに寄越したんだ。よほど切羽詰まっている状態なんだろうよ」
グルサス親方が新たな酒瓶の蓋を口で開けた。
いや、ブロライトと突っ込んでいくことは滅多にないんだけど俺。
「詳しくは皆を避難させてから話す。なんというか……巻き込んでも良いのか悩むくらいの状況下に置かれていて。でも、アルナブ族を放ってはおけないんだ」
今回は対モンスター戦で話が済むわけではない。
マティアシュ領とガシュマト領の、二つの領に跨る話。
ガシュマト領に潜伏する闇ギルド構成員がマティアシュ領の宝を盗もうと黙って領域侵犯をした。
ガシュマト領で暮らしていた希少な種族が住処を追い出されたので、トルミ村で匿いたい。
ガシュマト領の地下にはランクS以上のモンスターが徘徊しております。
うん。
ほんとにもうなんていうか、「なに言ってんだお前」だよな。
これからグランツ卿に相談をし、判断を仰ぐ。もしかしたらスッスが放った伝達魔法でリルウェ・ハイズからグランツ卿に話が行っているかもしれない。
ベルミナントにもトルミ村に避難させたい種族の話をし、ガシュマト領の誰かさんがアルナブ族を追い出した経緯を問う……のは、グランツ卿に任せるとして。
貴族や政治が関わる話だ。
蒼黒の団が黄金竜の称号を持っているからって、俺たちはただの庶民。貴族に質問はおろか意見だなんて以ての外。
通信石だって便利な携帯電話感覚で使ってはいるが、本来庶民が貴族に面会を求めるにはきちんとした身元の人を通して紹介してもらわなければならない。
俺の場合はギルドエウロパのギルドマスターか、グリットか、ウェイド。最短でならクレイだな。クレイは貴族ではないけども、貴族に近しい何らかの何かを持っているらしいから、貴族相手の面会でも仲介人はいらないそうだ。詳しくは聞いていないが、西の大陸のでっかい国では爵位があるのだとかなんとか。
とにもかくにも、面倒な手続きを省いて直接話していいよ、という許可を俺たちは得ているからこその大公閣下への直談判なわけだ。
この穏やかで優しい村を貴族間のイザコザに巻き込みたくはない。
順調に進んでいるトルミ特区の計画が頓挫してしまうかもしれない。
悪い方向へ考えてしまうのは俺の良くない癖だとはわかっているが、だったらトルミ村を巻き込むなって話にはならない。
トルミ村だからこそ、疲弊した心を癒してもらえる。
時には厳しく、だけどとことん優しく。
「アルナブ族を助けてほしいんだ。俺たち蒼黒の団ができることは全力でする。彼らの滞在費全ては俺に言ってくれ。面倒を見てくれる人には報酬を渡す。もちろん、トルミ村全体にも寄付金として、それから迷惑料も……」
「待てタケル」
ジェロムが俺の言葉を止めた。
広間が再び静まり返ると、沈黙が続く。
村長の健やかな寝息だけがのんびりと響き。
酒を飲み干したジェロムが深く息を吐いた。
「馬鹿なこと言うんじゃねぇぞ。助けてくれだぁ? 当たり前だろうが。なぁに遠慮していやがるんだ気持ち悪い」
ジェロムが酒瓶を片付けながら言うと、広間の掃除を始めた若者らが「そうだ」と同意してくれた。
「お前らはトルミを害するような者は連れてこねぇだろう。エルフもユグルもコポルタも、俺たちの助けになってくれている。かといって、俺たちは見返りが欲しくてヤツらを助けているんじゃあねえ。わかるか?」
俺がわからず首をひねると、ジェロムは豪快に笑った。
「お前が、蒼黒の団が、助けろってんなら、俺たちは助けりゃいいんだよ」
やだ男前。
俺がジェロムの言葉に感動していると、広間の時は再び慌ただしく動き始める。
「長屋の増設はいくつ必要だ。既存の塀を広げる支度をさせよう」
「警備を増やさねばならぬ。翼の戦士は幾人増やす? エルフの弓部隊を回す」
「ユグルの野営地がそのままだが、使えるか?」
「誰か、レオポルン殿にアルナブ族の来訪を告げよ。あのお方ならばアルナブ族について何かご存じかもしれぬ」
「風呂は入るか? 長風呂しているヤツらにとっとと出ろって言ってくらあ」
深い事情は話していないというのに。
皆は俺たちを信じて受け入れてくれた。
いらぬ世話、いらぬ迷惑、いらぬ心配をこれでもかと背負わせるのに。
俺の。
蒼黒の団の頼みというのは、考えていた以上に重たいものなのだなと。
俺は必死に涙を堪えて笑った。
3 簡単につまめて美味しい肴がスルメイカ
アルナブ族たちを全員トルミ村に避難させることに成功した俺たちは、拠点の広間にて休憩中。
洞窟探査で失った食材などを調達しつつ、久々の安らげる空間で足を伸ばす。
温泉にも入った。風呂万歳。
バリエンテの穴に潜っていたのはたった数日のことなのに、やはりモンスターが蔓延る閉鎖された空間で寝起きするのは相当なストレスだった。お風呂ないし。野営は未だに慣れない。
「ピュプー」
時間にして夜中の十時過ぎ。
トルミ村では朝日と共に起きて夕暮れと共に眠るのが習慣だ。こんな時間まで起きていられるのは、翌日のことを考えない飲兵衛くらい。
ビーは俺の膝でぐっすり就寝中。ルカルゥとザバは広間の隅に敷いた布団で安眠中。
広間には俺とクレイとスッスが残った。ブロライトは食堂へ移動したアルナブ族たちに付き添っている。
村人たちの恐ろしいほどの連携により、夜中であってもアルナブ族の避難はするりと済んだ。驚くほどに迅速に。躊躇いもなく。まるで練習でもしていたかのように。
一部の村人たちが「うさちゃん」と呟いていたが、アルナブ族を決してうさぎ扱いしないよう厳重注意がされていたため、はしゃぐ者は一人もいなかった。
久々の夜空にユムナをはじめアルナブ族たちは泣いて喜んだ。外の風だ、新鮮な葉っぱの匂いだ、臭くない土の匂いだと。
今後の話し合いを拠点の広間ですることになったのだが、アルナブ族の郷長であるウマルも同席すると言った。
しかし、避難してきた老体に鞭を打つ真似はさせられない。慣れない環境であることに変わりはないのだからと、なんとか説得して話し合った内容は翌日に報告させてもらう運びとなった。
アルナブ族は簡易的に広げた布団が気に入ったようで、藁や落ち葉よりもふかふかだと歓声を上げていた。リザードマンや大型獣人用に作った座布団が、アルナブ族にとっては立派な布団に思えたのだろう。
ユムナがふわふわね、ふわふわだわとはしゃぎ喜ぶ姿が印象的だった。
エルフ族の子供が作製した深皿を取り出し座る姿を見たベルクが、目を見開き――なぜ子供らが造った未熟な皿を椅子にしているのだ! と俺に詰め寄ってきてちょっと面倒なことになったが、概ね問題もなく平和に避難は終了した。
眠ったままの盗掘者たちは、眠ったまま村の外にある警備詰所にて収監。魔法の効果は切れているはずだが、未だ起きてはいない。
エルフとユグルの精鋭が集う詰所だ。一分の隙もない空間で、果たして彼らは快適に目覚められるのかは謎。明日にでもベルカイムへ移送する予定になっている。
プニさんは未だ戻らないけれど、まあ心配することもないだろう。神様だし。
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