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振り向くと目の前に可愛らしいサイズの日本家屋があった。道に並ぶ他の家と大差ないが、周囲の家より少し小さく、その分二階があるようだ。周りも木造家屋ばかりなので、その存在は通りに溶け込んでしまっている。扉のようなものはなく、入り口には長い緑の暖簾が下がっている。隣には大きな磨りガラスの格子窓があり、小さな縁側がある。
「ここが?」
振り返ると紺は微笑んだ。
「はい、爽音さんのお家です」
「ここに住むんですか?」
通りの様子から予想はしていたが、それほど違わず予想通りだ。これといって感想もない。
「中に入ってみませんか」
紺の提案で暖簾を潜る。
中は外から見たほど狭くはなく、かといってけして広くもない、まさに一人暮らしの大学生仕様というような広さだった。
小さな玄関から二段上がるとすぐに部屋に上がることができる。当然廊下に相当するものはなく、暖簾を開くと目の前に背の低い丸テーブルと座布団という生活感が現れた。隅には台所も見受けられる。
「上がっていいですか」
後ろからついてきた紺を振り返る。
「もちろんです」
靴を脱ぎ、桜色のカーペットに足を乗せる。ふわふわと心地が好い。部屋の奥に扉が一つある。中はトイレとお風呂。これも使い方は現代と変わらないようだ。脱衣所にあるタンスを開けると既に下着と数着の着物が入っていた。
「あの、これ」
居間にいた紺が扉から顔をのぞかせる。
「あぁ、それもこちらで用意したものです」「紺さんが、ですか?」
「…あっ、もちろん女性の方にお願いしましたよ」
慌てた様子で訂正すると、紺はそそくさと居間に戻ってしまった。
「そうですか。よかった」
引き出しを閉めると紺が居間の天井を指差した。
「二階もあります。上ってみませんか?」
上ってみませんかと言うわりには階段に相当するものが見当たらない。
「でも階段が…」
よく見ると天井に取っ掛かりがある。
「あれですか?」
「正解です。ちょっと待ってくださいね」
背伸びをして取っ掛かりに手を伸ばす。それを下に引き下げると梯子に似た急な階段が現れた。
「かっこいい…秘密基地みたいですね」
「気に入っていただけて何よりです」
紺が下を指差す。その先には留め金のようなものが付いており階段を引っ掛けておけるようになっていた。
「押し上げると後は勝手に閉まってくれます。使うときは危ないのでここに留めてください」
「わかりました」
「ではどうぞ。頭をぶつけないよう気を付けて」
紺に色々と心配されながら階段を上ると大きな押し入れのある部屋に出た。こちらはあまり手をつけられておらず、照明と小さな机が一つ部屋の隅に置かれている。新品の畳の匂いが部屋を満たしている。
「窓開けてもいいですか」
「構いませんが、どうしましたか?」
「この匂い、ちょっと苦手で」
道に面した窓を開けると爽やかな空気が吹き込んできた。
「はぁ」
「大丈夫ですか?」
「はい。外の空気美味しいです」
「すみません、知らなかったものですから」
紺の声がほぼ真後ろで聞こえる。見ると少し困った顔をしていた。
「気にしないでください。大丈夫です。しばらく開けておきますから」
「本当に大丈夫ですか。もしなんでしたらカーペットを敷いてしまえば少しはましになるかもしれませんが」
「大丈夫ですよ。気にしすぎです。そのうち消えますよ」
窓からはそれほど高さはないが町の様子が見渡せる。先程見えていた橋はすぐそこにあり、釣り人の顔も確認できる。あの人にも動物の耳が生えている。
「案内役って紺さんだけじゃないんですね」
紺は不思議そうに首を傾げた。
「どうしてでしょう?」
「こっち来てください。ほら、あそこ」
隣から顔を出した紺に釣り人を指差して見せる。
「あぁ」
紺は呆れた様子で釣り人を見た。
「どうしたんですか」
「あぁ、いえ。すみません。…そうですね。あれも同じような系統の仕事をしています」
よくわかりましたね、と紺は爽音を振り返った。
「シュウナンさんが動物の耳が生えてるのは案内役の人だけだって」
「なるほど」
納得したように頷く。
「挨拶とかした方がいいのかなぁ」
あまり気乗りしないが。
「その必要はありません」
「どうして?」
「あれに捕まったら最後、面倒な事に巻き込まれるだけです。無視していただいて結構です」
なんだか彼に対しての当たりが強い。
「あの人と何かあったんですか」
紺は首を振った。
「何かあるような中でもありません」
何かあったようだ。
「そんなことより、」
あっ、話変えた。
「これでお部屋は一通り見たことになりますが。なにか不満などありませんか?」
「不満…」
これといってない。一人で暮らすには十分の広さなわけで、台所には小さいが冷蔵庫もあったし、ご飯を炊くこともできそうだ。水回りが綺麗なことも確認済みだ。それ以外の事は初心者にはわかりかねる。
「特には。綺麗なお家ですね。特にあの階段、気に入りました」
紺は満足そうに頷いた。
「よかった」
窓辺から離れると紺は階段に近づいた。
「では散歩でもどうでしょう」
「散歩?」
「はい。いいお天気ですし、台所に一通り揃ってはいますがお昼ご飯はないようなのでそれも兼ねて」
そういえばお米しか見ていない。好みもあるかもしれないし、食材は自分でということか。おそらく冷蔵庫も寂しいものだろう。
「じゃあ…はい。でもその前に、冷蔵庫」
「ここが?」
振り返ると紺は微笑んだ。
「はい、爽音さんのお家です」
「ここに住むんですか?」
通りの様子から予想はしていたが、それほど違わず予想通りだ。これといって感想もない。
「中に入ってみませんか」
紺の提案で暖簾を潜る。
中は外から見たほど狭くはなく、かといってけして広くもない、まさに一人暮らしの大学生仕様というような広さだった。
小さな玄関から二段上がるとすぐに部屋に上がることができる。当然廊下に相当するものはなく、暖簾を開くと目の前に背の低い丸テーブルと座布団という生活感が現れた。隅には台所も見受けられる。
「上がっていいですか」
後ろからついてきた紺を振り返る。
「もちろんです」
靴を脱ぎ、桜色のカーペットに足を乗せる。ふわふわと心地が好い。部屋の奥に扉が一つある。中はトイレとお風呂。これも使い方は現代と変わらないようだ。脱衣所にあるタンスを開けると既に下着と数着の着物が入っていた。
「あの、これ」
居間にいた紺が扉から顔をのぞかせる。
「あぁ、それもこちらで用意したものです」「紺さんが、ですか?」
「…あっ、もちろん女性の方にお願いしましたよ」
慌てた様子で訂正すると、紺はそそくさと居間に戻ってしまった。
「そうですか。よかった」
引き出しを閉めると紺が居間の天井を指差した。
「二階もあります。上ってみませんか?」
上ってみませんかと言うわりには階段に相当するものが見当たらない。
「でも階段が…」
よく見ると天井に取っ掛かりがある。
「あれですか?」
「正解です。ちょっと待ってくださいね」
背伸びをして取っ掛かりに手を伸ばす。それを下に引き下げると梯子に似た急な階段が現れた。
「かっこいい…秘密基地みたいですね」
「気に入っていただけて何よりです」
紺が下を指差す。その先には留め金のようなものが付いており階段を引っ掛けておけるようになっていた。
「押し上げると後は勝手に閉まってくれます。使うときは危ないのでここに留めてください」
「わかりました」
「ではどうぞ。頭をぶつけないよう気を付けて」
紺に色々と心配されながら階段を上ると大きな押し入れのある部屋に出た。こちらはあまり手をつけられておらず、照明と小さな机が一つ部屋の隅に置かれている。新品の畳の匂いが部屋を満たしている。
「窓開けてもいいですか」
「構いませんが、どうしましたか?」
「この匂い、ちょっと苦手で」
道に面した窓を開けると爽やかな空気が吹き込んできた。
「はぁ」
「大丈夫ですか?」
「はい。外の空気美味しいです」
「すみません、知らなかったものですから」
紺の声がほぼ真後ろで聞こえる。見ると少し困った顔をしていた。
「気にしないでください。大丈夫です。しばらく開けておきますから」
「本当に大丈夫ですか。もしなんでしたらカーペットを敷いてしまえば少しはましになるかもしれませんが」
「大丈夫ですよ。気にしすぎです。そのうち消えますよ」
窓からはそれほど高さはないが町の様子が見渡せる。先程見えていた橋はすぐそこにあり、釣り人の顔も確認できる。あの人にも動物の耳が生えている。
「案内役って紺さんだけじゃないんですね」
紺は不思議そうに首を傾げた。
「どうしてでしょう?」
「こっち来てください。ほら、あそこ」
隣から顔を出した紺に釣り人を指差して見せる。
「あぁ」
紺は呆れた様子で釣り人を見た。
「どうしたんですか」
「あぁ、いえ。すみません。…そうですね。あれも同じような系統の仕事をしています」
よくわかりましたね、と紺は爽音を振り返った。
「シュウナンさんが動物の耳が生えてるのは案内役の人だけだって」
「なるほど」
納得したように頷く。
「挨拶とかした方がいいのかなぁ」
あまり気乗りしないが。
「その必要はありません」
「どうして?」
「あれに捕まったら最後、面倒な事に巻き込まれるだけです。無視していただいて結構です」
なんだか彼に対しての当たりが強い。
「あの人と何かあったんですか」
紺は首を振った。
「何かあるような中でもありません」
何かあったようだ。
「そんなことより、」
あっ、話変えた。
「これでお部屋は一通り見たことになりますが。なにか不満などありませんか?」
「不満…」
これといってない。一人で暮らすには十分の広さなわけで、台所には小さいが冷蔵庫もあったし、ご飯を炊くこともできそうだ。水回りが綺麗なことも確認済みだ。それ以外の事は初心者にはわかりかねる。
「特には。綺麗なお家ですね。特にあの階段、気に入りました」
紺は満足そうに頷いた。
「よかった」
窓辺から離れると紺は階段に近づいた。
「では散歩でもどうでしょう」
「散歩?」
「はい。いいお天気ですし、台所に一通り揃ってはいますがお昼ご飯はないようなのでそれも兼ねて」
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「じゃあ…はい。でもその前に、冷蔵庫」
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