明媚な狐の交換魂

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 そもそもお金を持っていないのだから支払いようがない。そう思い、それ以上考えるのもなんだか面倒なので紺の好意に甘えることにした。

「どれも素敵ですね」
種類が豊富な春色の布が店先で二人を出迎えた。
「あれ? 紺さんじゃないか」
奥から春先にも関わらず既に日に焼けた店主が顔を出す。
「こんにちは」
「珍しいねぇ。また何か祭りでもあるのかい?」
店主は楽しそうに話ながらも手近な布を手に取り紺に見えやすいよう構える。
「いえ、今日はまた違う用事で。カーペットを探しているのですが」
「カーペットを?」
店主は意外な表情で紺を見つめた。しかしその直後、後ろにいた爽音の存在に気づいたようで、納得したように笑顔を向けた。
「お嬢さんちょっと待っててくれよ」
布を元に戻し奥へと入って行く。
「お祭りって?」
「都にも地域ごとに年に何度かお祭りがあるんですよ。準備には警備隊も参加するのでときどきここのお店に布を提供してもらっているんです」
紺は大まかな祭りの様子を語る。たくさん出店があること。ここからしばらく歩いたところにある池で花火が上がること。終わった後の片付けが大変なことも苦笑いで話した。
「都をあげてのものになると賑やかになりますよ」
祭りの時期は警備が忙しくなるらしく、紺は準備のみであまり参加したことはないという。それでも祭りは嫌いではないようでふわりふわりと尻尾を揺らめかした。
「二人とも、こっちにおいで」
見ると中から暖簾を分けて店主が手招いていた。
 中はそれほど広いわけではないが品数は充実しているようだった。春らしい明るい色の布が棚や壁を飾る。
「これなんてどうだい?」
店主が持ち出してきたのは爽やかな若草色のサンプルマットだった。どうだいと言われても欲しいわけでもないので返答に困る。
「駄目か、こっちじゃないか?」
店主は違うものを取りに行く。
「あの、紺さ━━」
「━━オークさん」
丁度紺に助けを求めようとしたときだった。
「どうした?」
紺に呼ばれた店主は振り返る。
「すみません、探しに来たのは私のものなんです」
「へっ?」
えっ?
「そうだったのか。てっきりそこのお嬢さんのだと」
オークはごめんよ、と笑いかける。
「あぁ、じゃあどうする? もう一回みるかい?」
「いえ、それはもう。他の物も見せていただけますか」
オークが遠ざかると爽音は紺にだけ聞こえる声で囁いた。
「紺さん?」
「大丈夫です」
紺は同じように囁き返す。何が大丈夫だというのか。
「これはどうだ?」
オークが持ってきたのは優しい色合いの黄色のマット。その下にも四枚ほど色違いを重ねている。
 紺はどれもじっくりと眺め、手を滑らせた。
「柔らかくて心地が好いですね」
「あぁ。長く使う物だしな。人の肌に合ったものじゃないと」
誉められたことで気を良くしたのかオークは嬉しそうに一つ一つの説明を丁寧にしていく。
 ふわふわとしたアイボリー、落ち着きのあるブラウン。一階にあったものとよく似た桜色。どれも部屋に敷くには申し分ない。しかしだからといって欲しいわけでもない。
「ありがとうございました」
どうやら紺は一通り見終えたようだった。
「なかったかい?」
「いえ、どれも素敵なので決めきれなくなってしまいました。すみません」
「いいよ、決まるまで待ってやるから。一回考えな」
「ありがとうございます。そうします」
礼を言った紺は爽音を振り返る。
「行きましょうか」
 棚の間を抜けて出口へと近づいていく。その途中だった。ふと視界に入った柔らかな色。スミレ色の布が棚の鮮やかな布に紛れてひっそりと。可愛いな。素直にそう思った。色単体に可愛いも何もないというのが爽音の持論だったのだが、胸のうちに現れたポッと暑くなる感覚をそれ意外で表現する方法はちょっと知らなかった。
「すみません、ちょっといいでしょうか?」
振り向くと紺が棚の向こうから顔を出したオークを手招いていた。
「どうした?」
「この布と同じ色の物はありませんか」
「えっ、わっ、紺さん?」
何で? えっ何で?
「あぁ。ごめんなぁ。今見せたので全部なんだよ」
近づいてくるオークは申し訳なさそうに顔をしかめて見せる。
「そうでしたか…」
胸を撫で下ろす爽音の横でわかりやすく尻尾が下がる紺にオークも慌てる。
「あっ、で、でも一週間待ってくれれば取り寄せることもできる。どうする?」
「あ、あのぅ紺さ━━」
「お願いします。一週間後ですね?」
爽音の声を遮って話はどんどんと進む。
「おお! あぁ、任せといてくれ」
「あのぅ…あ…あぁ」

「紺さん!」
店を出ると紺に詰め寄った。
「なんでしょうか」
キョトンとした顔でこちらを見た紺はにこやかに首を傾げる。
「なっ、あっ、えーっと…」
そんな、何もなかったみたいに。…考えてみれば何をされたわけでもないのか。しかし心には不満が確かにあるのだ。そうだな…
「…あの…何で無視を?」
「無視? していませんよ」
惚けた顔で言い返す。
「しました」
あれだけ話を進めておいて何を言うんだ。
「ではそれは私にとって不都合だったということです」
「は?」
「爽音さんは遠慮するだろうと思いました。でも…」
紺は爽音をのぞき込むように首を傾げて顔を近づけた。
「一目惚れをした物は手に入れるべきだと思いました」
綺麗な金色の瞳が爽音を捉えて離さない。吸い込まれるような感覚に瞬きをして逃れる。
「一目惚れってそんな」
爽音をじっと見つめるその瞳が優しい形に細められた。
「他の物を見る目とは違っていました」
はっとした。そうか、ずっと見られていたのか。てっきり紺は自分で選んでしまうことにしたのだろうと思っていた。決まらないことを早めに察したのだと思った。紺は爽音の反応をずっと見ていたのだ。爽音が欲しいと思うまで自由に見られるようにしてくれていた。でも、
「別にそんなんじゃ。ただ綺麗だなぁって思っただけで」
「気に入りませんでしたか?」
「いや、えっと…」
確かに可愛いとは思った。あれば素敵だろうと。しかしそれだけで物を、それも高いものを買うという贅沢な経験は爽音にはなかった。いつもなら値段を見て、質を見て、洗濯はできるだろうか何て考えながら━━
「…もしいらないのであれば私が貰います」
えっ、くれないの?
「私もあの色を気に入りました」
いいんですか? そう聞いてくるところが意地悪い。そんな聞かれ方したんじゃぁ
「…いる。欲しいです」
欲しくなるに決まってるじゃないですか。あの商品の山から私が見つけたお宝なんだから。
「そうですか。残念です」
それにしては嬉しそうな顔をする、そう突っ込みたい。
 紺は優しい人だ。そうわかるのには今日一日だけでも十分だった。…紺が助けてくれるなら知らない場所でもやっていけるだろうか。
「爽音さん?」
「?」
「一週間後です」
「あっ、はい」
そうだ、今度は取りに来なくちゃいけない。一週間。遠い未来のことのようだ。
「一緒に貰いに来ましょうね」
紺は微笑みを浮かべてそう言った。果たして一週間後も私はこの笑みに笑い返していられているだろうか。爽音は渦巻く不安を笑みの奥にしまった。
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