僕の記憶に黒い影はない。

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ルシューランにて

旅の宿

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 宿は路地を抜けた向かい側の通りにあった。周りの建物に比べ二倍ほどの大きさをもつ、落ち着きのある木でできた宿だった。茶色い外観のせいか、あまり目立つ建物ではない。

「ふくろう」

カルが屋根の縁に掛けられた看板の文字を読み上げた。
「宿の名前さ。夜になると鳴き声が聞こえてくるんだよ。こんな騒がしい町だけどね、夜はこの通りも本当に静かになる。まぁ、酒屋を除いてだけどね」
笑いながらルビアナはドアを開け、入るよう促す。

「いらっしゃいまて。旅の宿、フクロウに、ようこしょ!」
扉を潜ると小さな少女が出迎えた。
「この子は?」
あとから入ってきたルビアナを振り返る。
「私の娘だよ。リュール、後でこの二人を部屋に案内してくれるかい」
「はい、ママ。二階のお部屋でいいの」
「ああ、いいよ」
リュールは飛び跳ねるように二人の横に並んだ。
「よろしくね」
サリュの言葉にリュールは頷く。笑った頬が丸く可愛らしい。
「まずはお金払わなくちゃいけないんだよぉ」
「えっ、と」
リュールは無邪気に切り出した。
「すまないね、二人とも。先にお金を払ってもらうのが家の宿の形なんだけど、、」
いつの間にかカウンターの裏に移動していたルビアナが申し訳なさそうに言う。
「あっ、いえ。そうでしたか。カル」
「あぁ」
お金の管理はカルの役目だ。僕では何に使ったのかわからなくなってしまう事があるから。多少は持っているが宿代には到底足りない。
 カルがルビアナと話している間、リュールはじっとこちらを窺っていた。穴が開きそうな程見つめてくる。
「どうしたの」
リュールはサリュの頭を指差す。
「くろーい」
髪の色のことを言っていた。ローブからはみ出たサリュの黒髪を指差して不思議そうに首をかしげていた。
「初めて見た?」
こくりと頷く。彼女の艶やかなそれは母親の色と同じだった。
「変かな?」
そう尋ねると、大きく首を横に振った。
「かっこいぃ」
にっと笑うリュールにサリュは心を救われる。あまりこの髪の色に良い思い出はなかった。
「ありがと」
笑い返すと彼女はルビアナの元に走って行ってしまった。
 何かしただろうか。少し心配に思いながらも、誉められた髪に指を絡ませた。

「きっちりスパイス量までとられちった」
カルが愚痴を溢しながら近づいてきた。話は終わったようだ。文句を言いながらも困った顔で口元は笑っている。
 ルビアナが満足そうに頷くのが見えた。リュールが走ってくる。
「こちらに、なります!」
大股で先頭を歩き出す。小さな背がついてこいと語っていた。


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