僕の記憶に黒い影はない。

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ルシューランにて

これからの話

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「皆はどうしちゃったんだろう」
窓から見下ろす景色には相変わらず人の姿がない。まぁ、沸いて出るわけでもないので当然なのだが。
「考えたって意味ないよ」
カルがベッドに四肢を投げ出し大きく溜め息を吐いた。
 たったひとつの音色の欠落が原因で動きを止めた町。これほど奇怪なものはそうそうない。
 宿へと戻る途中、歩きながら話すなかで思考は余計に複雑に絡まった。
 結果、空回りを繰り返す頭で出した可能性は二つ。
 ひとつは流行り病のような伝染する何かに捕らわれているというもの。魔物のような特殊な力が発端になって、放たれた何かに侵されているのかもしれない。たんに想像に過ぎないがまだ現実にあり得た。
 もうひとつはあの歴史書の内容に同じハーノパルの不調によるもの。書物に記されているだけあって否定しにくいこともあり、有力なのはこちらだろう。しかし、
「どうも信じられないんだよなぁ」
それほど強大な力を持つ者が存在するなど想像もつかない。
 カルは天井に溜め息を吐き出した。白い天井に面倒なことがすべて吸い込まれてしまいそうだ。
「魔法、、かぁ」
昨日見た炎を思い出す。力。あれこそが力か。魔術師なら、、町に魔法をかけることも可能なのだろうか。
「何をぶつぶつ言ってんだい」
戸口を振り向くとルビアナがエプロンで手を拭きながら立っていた。
「あっ、飯?」
呆れの色を顔に浮かべたルビアナの口端が僅かに上がった。
「できてるよ」
「お、やったぁ」
勢いよく体を起こす。考え事をしていたサリュがその音に振り返る。ルビアナの存在にも気がついたようで、笑った。
「行くの?」
「むちろん」
そういえば、香ばしい香りが漂ってきていた。

 テーブルの中央に置かれた大皿には何やら大きなパンのようなものが湯気をたてていた。
「これは?」
カルが椅子を引きながら訪ねる。
「ホクだよ、昨日食べたろう。昨日とは少し作り方が違うのさ」
 周りには人数分の小皿が並べられている。取り分けて食べるようだ。その他に料理は見受けられない。
「なんか、、、寂しいな」
テーブルにひとつ、大きな焼き色のついた物体があるだけである。昨夜のものとあまりに相貌がかけ離れているので何か物足りない。
「黙ってお食べ」
三人が椅子に掛けるとルビアナがホクにナイフを入れた。香りが一段と強くなる。三角に切れ目を入れて小皿に移す。
 ルビアナが取り分けている間、町の様子と歴史書のことについて話した。以外にもそれほど驚くこともなく、取り分け終えた皿を二人の前に差し出した。
「さぁどうぞ」
ふわりと香る野菜の甘い香り。
 カルの顔が納得したように変わった。
「中に入ってたのか」
「寂しいとか言ってなかったかい」
「悪かったよ、飯作れないくらい落ち込んでるのかと思ったんだよ」

「それで、どうするかは決まったのかい」
食事の途中、ルビアナが口火を切った。
「、、町の近くに鉱山はありますか」
それまでずっと黙っていたサリュが口を開いた。
「魔鉱石を取りに行くのかい?」
「はい、試してみようと思います」
可能性が拭えない以上、やってみる他ない。
「そうかい。、、あるよ。ここから北東にしばらく行ったところだ。ただあんたたちの思ってるような大きなものが採れるかどうか」
ルビアナは腕を組む。
「どういうことですか」
これほど魔鉱石で溢れかえった町だ。鉱山が近くにあるならばそこで掘り出されたものだろう。
「それがね。生活で使われる魔鉱石はそんなに大きいものじゃないし、使っても六光石程度。それに四光石以上を採ろうと思うなら少し潜らなきゃいけない。十光石となるとどれくらい奥になるか」
「でも、奥に行けばあるんだろ?」
「どうだかね。誰もそんな奥までいかないんだよ。必要がないし、魔物が出たって噂もあるしね」
「魔物」
この世界には様々な生物が混生する。魔物もその一つ。人類が光へと向くように純粋に悪を求むる意思を持った生命体。地域によって生息数、種族に違いがあるが、中には人のように複雑に感情を持つ者もいるらしい。二人はまだ悪戯程度の魔物にしか出会ったことがない。二人の間で緊張が走ったのがわかった。
「、、、やっぱり心配だね」
ルビアナの呟きが一瞬の沈黙のうちに響いた。
「私も行くよ」
「えっ、いや、それはさすがに」
サリュが思わず立ち上がる。
「なんだい、急に。びっくりするじゃないか」
「えと、すみません。でもそれは、、危険じゃないでしょうか」
サリュの言葉で心外だと言わんばかりにルビアナは声をあげた。
「何を。私だってたまには町の外に出てるんだよ」
自信ありげな顔で笑いかけてくる。そうであっても魔物と対峙するのは危険だと思うが。それに、サリュが心配しているのはそういうことではない。
「そうではなくて、、、僕が不安なのはこの家を空けることです」
町に無事な人間が何人いるか知れないが、数人程度ではこの大きな町では静寂の方が目立つだろう。そうなるとどこから悪人、もしくは魔物が入り込んでくるかわからない。それに、商人が善人ばかりとも限らない。
「リュールを守る人がいなくなります」
はっとしたようにルビアナは口をつぐむ。やはりリュールを引き合いに出されると弱いようだ。
「大丈夫なのかい?」
「任せとけって、俺がいるぜ」
眉尻を下げるルビアナを安心させるようにカルが笑う。
「サリュよりは頼りになるだろ」
「そんなぁ、ひどいよカル。僕だって少しは役に立つさ」
「お前剣持てないじゃないか」
「そ、そんなことないよ。、、ただ攻撃が、、出来ないだけさ」
尻すぼみになった言葉に自信のなさが浮き出ている。サリュは敵に傷をつけることが出来ないのだ。何が彼にそうさせているのかは知れないが、攻撃を目的として剣を握るとどうしようもなく震えてしまう。たとえ相手が魔物であっても。
「本当に大丈夫なのかい」
ルビアナは心配そうに眉根を寄せる。
「大丈夫だって。こんなのいつものことなんだから。なっ?」
「僕はあまりこの話は好きじゃないけれどね」
同意を求められたサリュは不服そうに頷いた。カルにはできないことをからかわれることが多い。攻撃こそできないにせよ防御のためならサリュにも力は使える。だからこそ少し悔しいが、その裏に気を使わせまいとする気持ちが読み取れてしまうのでどうも憎むこともできずにいるのだ。
「大丈夫ですよ。カルがいます。協力すれば何だってできます」
「そうかい。ならいいんだけどね」
まだ心配そうなルビアナは再び口を開く。
「なにか私にもできることはないのかい? 待ってるだけじゃ落ち着かないよ」
サリュは微笑む。きっとそう言うと思っていた。
「もちろん、ルビアナさんにはしていただきたいことがあります。僕らが留守の間に、他に無事な人がいないかを調べてください」
「他にも人がいるの?」
「はい。もし歴史書が本当なら可能性はあります」
「わかったよ」
「それと、もうひとつ」
「まだあるのかい」
「まだひとつしか言っていませんよ。もしハーノパルの起動方法なんてものがあるのなら調べておいてください。魔鉱石を持ち帰ったとして使えなければ意味がない」
少し考えた後ルビアナは大きく頷いた。
「きっとあの人部屋に置いてあるわ」
「あの人?」
ホクを口に運びながらカルが尋ねた。
「旦那のことだよ。時計塔に通い詰めちゃって」
「旦那って、、あのおっさんのことか!」
まさか、あのハーノパル男か。
「おや、知ってるのかい?」
不愉快な出会い方をしてしまったものだ。
「えぇまぁ。旦那さんの安否は?」
「、、そういえば、どうなってるんだろうねぇ」
案外適当な答えが帰ってきた。心配じゃないんだろうか。
「塔の天辺で呑気に寝てるんじゃないかい」
呆れたように言い捨てる。
「適当ですね。じゃあ、旦那さんの安否の確認もお願いします」
「ったく、あの人ったら。わかったよ、任せといて。気を付けて行ってくるんだよ」

 食事を終えると各々席をたった。片付けに行ったルビアナの背を見送った後部屋へと戻る。
  準備ができ次第、出発だ。
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