僕の記憶に黒い影はない。

tokoto

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ルシューランにて

これからの話2.

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「気をつけて。この町を救っておくれ」
不安と希望とを同じだけ含んだ心配そうな笑みに見送られ二人は宿を後にした。
 昼を過ぎた路に静かに太陽の光が降り注ぐ。
 もともと混雑した町に免疫がつく前だったので、二回目ともなると町が静かなことにも慣れ始めていた。とはいえ、違和感は残る。

「僕たちは部外者だ」
下を向いて歩くサリュが呟いた。
「そうだな」
少し前を歩いていたカルが立ち止まり振り返る。
「どうした?」
「ずっと考えてたんだ。僕たちは部外者なんだ」
サリュの歩みに合わせて横に並ぶ。
「それがどうかしたのか」
「あの歴史書は本当にあってるのかな」
「今さらどうしたんだよ」
「ほら、書いてあったじゃないか。『商人や部外者の我々』が無事だったんだ。僕らは無事だった」
そこでカルは察したようだった。
「おばちゃんのことか」
そう、ルビアナのことだ。ずっと考えていた。この状況が歴史書どうりに進んでいるのだとすればひとつ、ルビアナの存在が摩擦を起こしているのだ。この町で生まれ育ったという彼女が眠っていないのは何故か。
「何が起こってんだか」
 適当に考えながら歩いていると大通りに出た。門までこの路をまっすぐ進む。
 途中、
「、、、サリュっ、人だ」
その声に前を向くと通りの端、門の付近に人の姿があった。カルは駆け出した。
「ちょっと、ちょっとまってくれ!」
人影に大声をあげる。気づいたのか人影は二人を振り返った。
「あれっ、二人いる?」
サリュの呟きの後、人影の後ろからもうひとつ小柄な影が顔を出す。
 近づくとそれが大男と、少女であることがわかった。
 カルがいち早く二人のもとへたどり着く。少女が大男を盾にするように後ろへと隠れた。
「おぉ、兄ちゃん。いったいどうなってんだよこの町は。皆兄ちゃんたちみたいにかくれんぼか?」
男が陽気に手を振った。
「そんなわけないだろ」
少し息を切らしながら言い返す。三十代後半といったところか。この状況に戸惑っていることは同じようだが、冷静、というより呑気な声音は深刻さを感じさせない。
「ああ、あっ、はぁ。やっぱり二人」
後から追い付いたサリュが前屈みになって呼吸音を響かせる。
「おいおい、大丈夫か? そんな急がなくても逃げたりしないよ」
大男は笑った。背はカルよりも少し高いか。首の中程の長さの亜麻色あまいろの髪は癖毛が目立ちうねっている。黒のロングコートの中に白シャツを着て、だらしなく出たすその下であさのズボンを黒革のベルトで留めている。
「大丈夫です、はぁ、、ふぅ。どうぞ、話しててください」
まだ呼吸が整わないサリュは前屈みのまま答える。
「そうか? じゃあ。で、どうした」
手入れをしていないのか短い無精髭ぶしょうひげの生えた顔がカルの方へ向き直った。濃い茶色の瞳が彼を見据える。
「いや、特にどうってことはないんだけど、人がいたからさ」
「あぁ、まぁこの状況だしな。兄ちゃんたちも町を出るのか」
「もってことはあんたは町を出るのか」
町の状況からして不思議なことではないか。
「俺たちは魔鉱石を探しに行くんだ」
「魔鉱石?」
男が眉を寄せた。
「それはまた、何で」
「時計塔を動かすためさ」
カルは男にこれまでのことを説明した。
 説明を終えると男は驚いたようにピューと口笛を吹いた。
「本当か! へぇ、凄いな」
カルとサリュを交互に見下ろす。
「お前たちだけで?」
「あぁ。今のところは」
「今のところは」
男がカルの言葉を繰り返す。
「僕らに協力していただけませんか」
少し前に復活し、二人の話を聞いていたサリュが隙を見て切り出した。
「えっ、俺が」
先程よりも純粋に驚いたようで、どこか嬉しそうに叫んだ。しかしすぐに後ろを振り向き、そして困ったように首を振った。
「嬢ちゃんがいるしなぁ」
そう言った男の背から少女がちょこんと顔を出した。
 男との対比で小さく見えていたのだろう。遠くから見たときより大きい印象を受ける。サリュたちとそれほど歳も変わらないのではないか。男よりやや薄い亜麻色の艶やかな長髪に透き通った緑の瞳が印象的だ。
 少女はカルを見て、そしてじっとサリュの顔を見つめた。
 どこかで見た顔だとサリュは少女を見て思った。どこだっただろうか。
「、、、あっ。君、サーカスにいた」
少女が驚いたように背中に消える。
「あぁぁ、怖がらないで。こっ、怖くないよ僕、怖くない、、よ? 」
すると少女は恐る恐るという様子で再び顔を出した。
確かにそうだ。あのとき綱渡りをしていた少女。
「ねぇ、僕らはこれから鉱山に行くんだ。それで、、その、この人、、お父さん、かな?」
確認しようと男を見ると男は首を横に降った。
「えっ?」
「俺たちは赤の他人だよ。そこの路地でひとりでいたから誘ったんだ、一緒に来ないかってな」
男は同意を求めるように少女を振り返る。
「てっきり親子かと、、」
髪の色からして親子だと思っていた。二人の視線が男に刺さる。こいつ怪しいやつじゃ━━━
「おっと、誤解するなよ。変なこと考えてる訳じゃない。たんに寂しそうだったから連れてきただけだ」
男がにこにこと手を振って弁明する。どうも呑気で、、そうだな、悪人には見えないかもしれない。
 サリュは少女に向き直る。
「じゃあ、この、えーと、おじさん借りてもいいかな」
「おいおい、おじさんはないだろう。お兄さんって━━━━あっ?」
少女が何か呟いた。それはとても小さな声で。
「い、、、く、、」
「はぁ?」
声を上げたのはカルだった。こんな小鹿みたいなやつ連れて行ったら守る人数が増えるだけだ。危険すぎる。
 しかし男の顔はカルとは対照的にぱっと輝いた。
「おぉ、行くのか! こりゃあいい、嬢ちゃんが行くなら俺も行くぜ!」
なっ!とカルに笑いかける。
「でも━━」
「何かあったら俺が守るさ。足手まといにならなきゃいいだろ。役に立たなきゃいないと同じ、立てばラッキーってことで」
男がカルをなだめる。男の背中に差した大剣がキラリと光った。何であれ男がいてくれた方が心強いことは確かなようだ。そう思い、溜め息を吐いてカルが折れた。
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