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風が吹いていた。それは俺の前に立つ白い人の髪を白銀に揺らしていた。
俺は石造りの廊下のような場所にいた。知らない場所だ。右は壁、左は池のある谷底。かなり高い場所にいるようだった。
「ここはどこなんでしょうか」
俺はこちらを見つめているその人に声をかけた。髪を横で緩く結わえている。綺麗な人だ、そう思った。
「成功です」
青年はそう言った。最初は女だと思ったが、その声は紛れもない男のものだった。
「あの、ここはどこで」
もう一度聞こうとした俺の言葉を青年は遮った。
「ここはオッシュニカ城、細かく言えば西階段付近の図書館前通路といったところでしょうか」
「お城?」
「広く言うならば、エインクシェルの地。ようこそ、坂木ジンくん」
青年は手を差し出す。
「どうして、俺の」
「どうしてもなにも、貴方のことを呼んだのは私ですから」
「呼んだ? 俺をですか」
「えぇ。ダメかと思いましたが、上手くいきました」
「いったいなんのことを?」
「目が覚めるのに半日かかりましたが、これならば問題ないでしょう」
青年は俺のことをじっと見つめた。
「どういうことですか?」
「貴方の姿は私にしか見えていません」
「何を」
「まだ世界に適応できていないのでしょう」
彼の言葉の一つ一つがふわふわと宙に浮いているように思えた。まともな話が一つもない。
「本当のことを教えて下さい、俺を呼んだってなんですか。 どうしてこんなところに。貴方は、知っているんですか」
青年はくつくつと笑い出す。
「えぇ。知っています。貴方を待っていました」
「待っていた、俺を?」
──ヴェルガ様! 突然響いた声を辿ると、彼の後方から黒地に白いラインの入った服を着た男が二人こちらへと駆けてきていた。
「どうした」
彼が振り返ると二人の男は敬礼をとった。
「城内を探しましたがどこにもそれらしき者は」
「あぁ、それならもういい」
男は意外そうな顔をした。しかしすぐにそれを表から消す。
「そうでしたか。それと、サイナーン様がお呼びです。ただちに参上なさるようにと」
まだ二人の肩は上下に動いている。
「やはり噛みついてきたか。…わかった、すぐに向かおう。それとおまえたち、ゆっくりでいい。歩いて行きなさい」
礼をして立ち去ろうとしている男達にヴェルガは思い出したようにもう一度声をかけた。
「そうだ、あの方に伝えてくれ。"光が降りた"と」
「はぁ」
不思議そうな、疲れきったような返事をすると男達は向きを変え、来た方向へと小走りで駆けていった。
「なんのことですか」
ヴェルガは答えなかった。その代わり谷へと足を向ける。金の手摺に身を寄せるとその手を何かに沿わせるように目の前の空に向けて滑らせる。俺が横につくと彼は口を開いた。
「扉が、きっとここにもある。また開くことは可能でしょうか」
「扉? 扉ってなんですか。どうして──」
俺はそこまで言ってヴェルガが唇に指を立てていることに気づいた。
「静かに」
ドキりとした。どうにも抗えない空気がそこにあった。その姿にどこか見惚れて黙り込むと彼は視線を動かした。俺の立っていた場所だった。
ヴェルガは溜め息を吐いた。
「貴方が通ってきた扉です。別世界との境を溶かす扉。もう消えてしまいました」
別世界、その言葉が異様にしっくりとくる気がした。
「先程も申し上げたように、私が貴方をお呼びしたのです。目覚めるまで少し時間がかかったので、完全に適応するまでにはもう少し時間がかかるかもしれませんが、ここで暮らしていればそれもすぐです」
「っ、待ってください。暮らす? ここで、こんなところで?」
気がつくと少し大きな声が出ていた。自分自身でその事に怯んでしまいまた口をつぐむ。
そんな俺を見てヴェルガは声をあげて笑った。
「…なんなんですか」
「いえ、少し。安心したものですから」
俺とは反対にヴェルガは愉快そうだ。
「もう部屋も用意させています」
「どうして、俺が」
こんな目に会うんだ?
「そう決まったからです」
「決まった?」
「えぇ。貴方が通ってきた扉は貴方を放出し、そのまま壊れてしまいました。貴方はもう帰ることはできない」
「今、なんて」
首筋を冷たい風が撫でた。全身の毛が逆立つのを感じる。"貴方はもう帰ることはできない"
「神がお決めになったことです。皆も貴方を歓迎するでしょう」
ヴェルガはおもむろに手を叩いた。
──お呼びでしょうか」
突然俺の背後で声が聞こえた。
「うわっ」
そこにはいつの間に現れたのか、歳十二、三程の少女が立っていた。
「そこに、ちょうどお前の目の前だ。お客様がいらっしゃる」
少女は一歩下がった。俺の方へと視線を向けるが焦点が会わない。
「案内しておきなさい」
「かしこまりました」
「ちょっ、待ってよ」
振り返るとヴェルガは立ち去ろうとしていた。
「申し訳ないが私は今から所用があるので。後で訪ねます。くつろいでいてください」
「そんなっ」
「あぁ、それと、この事はくれぐれもご内密に」
「はぁ?」
彼はまた唇に指をあて、うっすらと笑った。
俺は石造りの廊下のような場所にいた。知らない場所だ。右は壁、左は池のある谷底。かなり高い場所にいるようだった。
「ここはどこなんでしょうか」
俺はこちらを見つめているその人に声をかけた。髪を横で緩く結わえている。綺麗な人だ、そう思った。
「成功です」
青年はそう言った。最初は女だと思ったが、その声は紛れもない男のものだった。
「あの、ここはどこで」
もう一度聞こうとした俺の言葉を青年は遮った。
「ここはオッシュニカ城、細かく言えば西階段付近の図書館前通路といったところでしょうか」
「お城?」
「広く言うならば、エインクシェルの地。ようこそ、坂木ジンくん」
青年は手を差し出す。
「どうして、俺の」
「どうしてもなにも、貴方のことを呼んだのは私ですから」
「呼んだ? 俺をですか」
「えぇ。ダメかと思いましたが、上手くいきました」
「いったいなんのことを?」
「目が覚めるのに半日かかりましたが、これならば問題ないでしょう」
青年は俺のことをじっと見つめた。
「どういうことですか?」
「貴方の姿は私にしか見えていません」
「何を」
「まだ世界に適応できていないのでしょう」
彼の言葉の一つ一つがふわふわと宙に浮いているように思えた。まともな話が一つもない。
「本当のことを教えて下さい、俺を呼んだってなんですか。 どうしてこんなところに。貴方は、知っているんですか」
青年はくつくつと笑い出す。
「えぇ。知っています。貴方を待っていました」
「待っていた、俺を?」
──ヴェルガ様! 突然響いた声を辿ると、彼の後方から黒地に白いラインの入った服を着た男が二人こちらへと駆けてきていた。
「どうした」
彼が振り返ると二人の男は敬礼をとった。
「城内を探しましたがどこにもそれらしき者は」
「あぁ、それならもういい」
男は意外そうな顔をした。しかしすぐにそれを表から消す。
「そうでしたか。それと、サイナーン様がお呼びです。ただちに参上なさるようにと」
まだ二人の肩は上下に動いている。
「やはり噛みついてきたか。…わかった、すぐに向かおう。それとおまえたち、ゆっくりでいい。歩いて行きなさい」
礼をして立ち去ろうとしている男達にヴェルガは思い出したようにもう一度声をかけた。
「そうだ、あの方に伝えてくれ。"光が降りた"と」
「はぁ」
不思議そうな、疲れきったような返事をすると男達は向きを変え、来た方向へと小走りで駆けていった。
「なんのことですか」
ヴェルガは答えなかった。その代わり谷へと足を向ける。金の手摺に身を寄せるとその手を何かに沿わせるように目の前の空に向けて滑らせる。俺が横につくと彼は口を開いた。
「扉が、きっとここにもある。また開くことは可能でしょうか」
「扉? 扉ってなんですか。どうして──」
俺はそこまで言ってヴェルガが唇に指を立てていることに気づいた。
「静かに」
ドキりとした。どうにも抗えない空気がそこにあった。その姿にどこか見惚れて黙り込むと彼は視線を動かした。俺の立っていた場所だった。
ヴェルガは溜め息を吐いた。
「貴方が通ってきた扉です。別世界との境を溶かす扉。もう消えてしまいました」
別世界、その言葉が異様にしっくりとくる気がした。
「先程も申し上げたように、私が貴方をお呼びしたのです。目覚めるまで少し時間がかかったので、完全に適応するまでにはもう少し時間がかかるかもしれませんが、ここで暮らしていればそれもすぐです」
「っ、待ってください。暮らす? ここで、こんなところで?」
気がつくと少し大きな声が出ていた。自分自身でその事に怯んでしまいまた口をつぐむ。
そんな俺を見てヴェルガは声をあげて笑った。
「…なんなんですか」
「いえ、少し。安心したものですから」
俺とは反対にヴェルガは愉快そうだ。
「もう部屋も用意させています」
「どうして、俺が」
こんな目に会うんだ?
「そう決まったからです」
「決まった?」
「えぇ。貴方が通ってきた扉は貴方を放出し、そのまま壊れてしまいました。貴方はもう帰ることはできない」
「今、なんて」
首筋を冷たい風が撫でた。全身の毛が逆立つのを感じる。"貴方はもう帰ることはできない"
「神がお決めになったことです。皆も貴方を歓迎するでしょう」
ヴェルガはおもむろに手を叩いた。
──お呼びでしょうか」
突然俺の背後で声が聞こえた。
「うわっ」
そこにはいつの間に現れたのか、歳十二、三程の少女が立っていた。
「そこに、ちょうどお前の目の前だ。お客様がいらっしゃる」
少女は一歩下がった。俺の方へと視線を向けるが焦点が会わない。
「案内しておきなさい」
「かしこまりました」
「ちょっ、待ってよ」
振り返るとヴェルガは立ち去ろうとしていた。
「申し訳ないが私は今から所用があるので。後で訪ねます。くつろいでいてください」
「そんなっ」
「あぁ、それと、この事はくれぐれもご内密に」
「はぁ?」
彼はまた唇に指をあて、うっすらと笑った。
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