エインクシェル

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 ヴェルガが去った後、少女は口を開いた。
「お部屋まで案内いたします」
少女はやけにゆっくりと歩き出した。俺は少し後ろからのろのろとついて行く。
(なにぶん非合法ですので)
声には出さなかったが彼の口はそう動いていた。
  非合法。嫌な響きだった。俺はどうなってしまうんだろうか。
 少女の後に続き、右手に現れる幾つもの扉を通りすぎる。 少女は時折立ち止まり、こちらを振り返った。
「ちゃんとついていってるよ」
それでも少女はじっとこちらを見つめ、しばらくするとまた歩き出すのだった。
 左手に現れた崖につき出したような外階段を少女に続いて恐る恐る降りると、下のフロアで彼女はまた立ち止まった。
「ちゃんといるって」
「こちらです」
「えっ?」
そこには大きな扉があった。あの男達と同じ格好をした人達が扉を守るように立っていた。どうやらあれは制服らしい。
 少女がそちらへ歩いて行き何事か言葉を交わすと、男達は退いて敬礼をとった。
「お入りください」
「ど、どうも」
少女に促されて開かれた扉をくぐる。
 中は多分ホテルのスイートルームみたいな、いや、きっとそれ以上なんだろう。白を基調とした上品な色合いの家具が並んでいる。奥には無駄に大きなベッドもあった。豪華な部屋だった。本当にどこかの城にいるようだった。
「こ、ここ本当に俺が使っていいの?」
扉を振り返るとすでに少女は帰る素振りを見せていた。
「まもなく主人も帰ります。それまでおくつろぎください」
「えっ、いや、ちょっ」
ゆるりと礼をして少女は扉の向こうへ消えてしまう。
「どうしろって言うんだよぉ」
そうして触れることもはばかられるような部屋に、俺は一人残されてしまった。


 薄暗い部屋の奥、老婆の趣味の悪い首飾りが廊下の光を反射して光っていた。
「いつまで待たせる気だよ」
紫のローブにすっぽりと覆われた老婆はしゃがれた文句を吐いた。
「申し訳ございません、大事な客人がありまして」
ヴェルガは軽く礼をする。
「とんだ客人だねぇ」
老婆はけらけらと笑う。
「それよりなんでしょう? サイナーン様が直々にお呼びつけになるとは、何かありましたか」
笑みを浮かべるヴェルガにサイナーンは鼻を鳴らした。
「ふん、分かりきったことを聞くんじゃないよ。お前だろう? 西の方向に歪みがあったよ」
「おや、ばれていましたか」
ヴェルガは薄ら笑いを浮かべた。
「それも分かっていたことだろうに」
「えぇ。その通りです」
「光が降りた? 疫病神が舞い込んだんだよ。あんたのせいでねぇ」
サイナーンは苦々しげに吐き捨てる。
「あの方もお怒りになるだろうよ」
「ですが、彼を残すことは神がお決めになったことです。扉を壊したのは紛れもなく神なのですから」
「どうだろうねぇ」
サイナーンは懐から薄汚れた布袋を取り出すと、目の前の小さな丸テーブルに置いた。中から文字の掘られた小さな円い石を幾つか取り出すと、それを円形に並べ始めた。始まったのだ、いつものアレが。
 並べ終えるとサイナーンは袋に残っていた石をその中央にバラバラと落とした。
「──っ」
息を吸い込む音が聞こえる。テーブルから顔をあげた老婆は悔しげな顔をした。
「どうされましたか」
「…変化だね。あんた、客人を大切に扱いなさい」
「もとよりそのつもりです。まじないの用意はしていただけましたか」
「あぁ、できてるよ。急ごしらえだけどしばらく様子を見るにはちょうどいいだろう」
サイナーンは面倒くさそうに顔をしかめた。
「使用していただけますか?」
答えない。が、老婆は大きな魔方陣の描いてある紙をテーブルに広げた。先程とはまた違う袋から今度は薄黄色い粉を取りだしその中央に置く。
 何やらぶつぶつと呟きながら左手を粉にかざすと、手の内から出た滴が粉の山へと落ち、そこから炎が上がった。炎は魔方陣を灰に変えると燃え尽きた。
 サイナーンはため息をつく。
「相変わらず派手ですね」
「これでいいんだろう?」
「はい、ありがとうございます」
サイナーンはしわだらけの手を払うように動かした。
「もう行きな。私は気分が悪いからもう眠るよ。明日の朝まで起こすなと言っておいておくれ」
「かしこまりました」
満足げなヴェルガから逃れるようにサイナーンは部屋の暗がりの奥へと消えた。
 ヴェルガはテーブルをのぞき込む。しかし、その占いはサイナーン独自のものであるため彼には読むことができなかった。
 どうでもいい。と彼は向きを変えた。
 部屋を出ると彼は別館にある別の部屋へと向かった。もう一つ、客人の相手より先にすべきことがあった。

 テーブルの石が示すもの。「吉兆」その印が緩やかにうかがえた。
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