179 / 210
九
しおりを挟む
「昔、ゴダードっていう学者が、一人の男性が二人のべつべつの女性との間に作ったそれぞれの子どもの子孫について調べてみたんだって」
それで……、夕子は記憶や得た知識を整理すように、視線をかすかにさ迷わせた。
「一人の女性は上流階級の知的なレディで、もう一人の女性は……、酒場で働いている身持ちの悪い女性で、知能にも問題があったみたい」
その二人の間に生まれたそれぞれの子どもたちの子孫を調べてみると、前者の女性の子孫は高学歴で知的な仕事に就く人間が多かったのに対して、後者の女性の子孫は犯罪者になる者や、生まれつき知能に問題がある者が多かったという。親の性質、知能、血が子孫に影響を与えたという例だ。
「つまり……、あたしたち全員、学院にとったらモルモットみたいなもんよ」
夕子は皮肉気に顔をゆがめて苦笑してみせた。美波以上に夕子はこの学院の本質を知っていたようだ。
「全員、実験結果を調べるために集められたようなものなんだって」
夕子の言葉に叫んだのはレイチェル裕佳子だ。
「ち、違うわ! シスターたちは、私たちを救済し、まっとうな道に戻そうとしているのよ」
裕佳子が吼えるように言い立てる。そうでも思わないことには自分の存在意義を失ってしまうのだろう。
「……パブロフの犬みたいなもんよ。ベルを慣らせば餌がもらえると思って尻尾を振ってるあんたを、思いどおりになったと喜んで、上から見下ろしているのよ」
実際にはパブロフの犬は唾液を流すようになったのだが、しかし、言われてみれば夕子の比喩は当たっている。
問題のある女性たちの子孫を集め、教育指導によって〝更生〟したものは誉め、特権を与えたりする。従わない者には罰をあたえ、貶める。ちなみに学院側にとっての更生とは、自分たちの言うことを素直に聞くということなのだろう。
張りつめた雰囲気が、突然開かれたドアによって破られた。顔を見せたのは、シスター・アグネスだ。
「皆さん、何をしているんですか? もう消灯時間は過ぎているでしょう?」
顔は笑っているが、その榛色の目はやはり凍りつくように冷たい。美波は彼女と目が合った瞬間、背に寒気を感じた。
「すいません。美香のことが気になって。あの、美香は大丈夫なんでしょうか?」
夕子が咄嗟にとりつくろうように言うが、半分は本心からだろう。
「ええ、大丈夫ですよ。杉さんも私もついていますからね。さ、早く寝なさい」
生徒たちはそれぞれのベッドに向かう。
だが、その夜は皆なかなか眠りに付けなかった。
それで……、夕子は記憶や得た知識を整理すように、視線をかすかにさ迷わせた。
「一人の女性は上流階級の知的なレディで、もう一人の女性は……、酒場で働いている身持ちの悪い女性で、知能にも問題があったみたい」
その二人の間に生まれたそれぞれの子どもたちの子孫を調べてみると、前者の女性の子孫は高学歴で知的な仕事に就く人間が多かったのに対して、後者の女性の子孫は犯罪者になる者や、生まれつき知能に問題がある者が多かったという。親の性質、知能、血が子孫に影響を与えたという例だ。
「つまり……、あたしたち全員、学院にとったらモルモットみたいなもんよ」
夕子は皮肉気に顔をゆがめて苦笑してみせた。美波以上に夕子はこの学院の本質を知っていたようだ。
「全員、実験結果を調べるために集められたようなものなんだって」
夕子の言葉に叫んだのはレイチェル裕佳子だ。
「ち、違うわ! シスターたちは、私たちを救済し、まっとうな道に戻そうとしているのよ」
裕佳子が吼えるように言い立てる。そうでも思わないことには自分の存在意義を失ってしまうのだろう。
「……パブロフの犬みたいなもんよ。ベルを慣らせば餌がもらえると思って尻尾を振ってるあんたを、思いどおりになったと喜んで、上から見下ろしているのよ」
実際にはパブロフの犬は唾液を流すようになったのだが、しかし、言われてみれば夕子の比喩は当たっている。
問題のある女性たちの子孫を集め、教育指導によって〝更生〟したものは誉め、特権を与えたりする。従わない者には罰をあたえ、貶める。ちなみに学院側にとっての更生とは、自分たちの言うことを素直に聞くということなのだろう。
張りつめた雰囲気が、突然開かれたドアによって破られた。顔を見せたのは、シスター・アグネスだ。
「皆さん、何をしているんですか? もう消灯時間は過ぎているでしょう?」
顔は笑っているが、その榛色の目はやはり凍りつくように冷たい。美波は彼女と目が合った瞬間、背に寒気を感じた。
「すいません。美香のことが気になって。あの、美香は大丈夫なんでしょうか?」
夕子が咄嗟にとりつくろうように言うが、半分は本心からだろう。
「ええ、大丈夫ですよ。杉さんも私もついていますからね。さ、早く寝なさい」
生徒たちはそれぞれのベッドに向かう。
だが、その夜は皆なかなか眠りに付けなかった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる