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二
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ナツを風呂に入れて洗ってくれた女はびっくりした顔をした。
「あらー、この子」
別の女が笑った。
「色の白い子ね。なんて可愛いのかしら」
とにかくそこで着るものと食べものを与えられ、読み書きもすこしは習ったがあまり上達しなかった。
「この子は少し知能に問題があるのかもしれない」
と日本語で言っていたのは倒れていてナツを最初に見つけたジョナサン神父という人だった。それでも簡単な仕事や作業を手伝って、ナツはそのまま「マグダレン・ホーム」と呼ばれたこの場所で過ごすことになる。何十年もまえ、大昔のことだ。
次に浮かぶのは別の記憶だ。
ケリー神父と呼ばれる男の腕にしがみつく可愛らしい少女である。中庭で神父と一緒に写真を撮っているのを見かけた。幸せそうな二人のすがたにナツは羨望よりも微笑ましさを感じたものだ。写真を撮っていたシスター・グレイスの目に浮かぶほのかな冷たい光に気づくのはずっと後だった。
少女は理事長と呼ばれていた男の娘だというが、血のつながりはないという。養女なのだ。可愛らしい少女で、ナツにもときどきお菓子をくれたりした。ピーナッツ入りのチョコレートはとても美味しくて、今でもその味は忘れられない。
少女はエイミーと呼ばれており、彼女には姉がいたが、あまり仲は良くないようだった。やはり養女だがサマンサというその娘は目つきが冷たくてナツはあまり好きになれない。
ある日、それを見てしまったのはまったくの偶然だった。
午後のお茶を運ぶように言われて学院長室へ向かったあと、すぐ戻ろうとしたそのとき、サマンサがお茶のポットになにか入れるのを見たのだ。不審に思ったが、そのときは砂糖だと思った。
そしてその日の夜、エミリーが亡くなったことを知った。
「気の毒に」
女たちの囁き声からナツは知った。エミリーの死因はアレルギーというものなのだと。
当時は日本ではほとんど知られていなかったが、ピーナッツアレルギーという病気をエミリーは持っていたのだ。だからこそピーナッツ入りのチョコレートを客からもらっても食べることができずナツにくれたのだろう。
「でも、お嬢さんも気をつけていたはずなのにね」
「それがね、ケリー神父と…・・キスしたんですって。そのとき唇についていたのが口に入ったのね。神父が泣きながら懺悔していらしたわ」
「まぁ、なんてこと……」
すぐにはわからなかった。
「あらー、この子」
別の女が笑った。
「色の白い子ね。なんて可愛いのかしら」
とにかくそこで着るものと食べものを与えられ、読み書きもすこしは習ったがあまり上達しなかった。
「この子は少し知能に問題があるのかもしれない」
と日本語で言っていたのは倒れていてナツを最初に見つけたジョナサン神父という人だった。それでも簡単な仕事や作業を手伝って、ナツはそのまま「マグダレン・ホーム」と呼ばれたこの場所で過ごすことになる。何十年もまえ、大昔のことだ。
次に浮かぶのは別の記憶だ。
ケリー神父と呼ばれる男の腕にしがみつく可愛らしい少女である。中庭で神父と一緒に写真を撮っているのを見かけた。幸せそうな二人のすがたにナツは羨望よりも微笑ましさを感じたものだ。写真を撮っていたシスター・グレイスの目に浮かぶほのかな冷たい光に気づくのはずっと後だった。
少女は理事長と呼ばれていた男の娘だというが、血のつながりはないという。養女なのだ。可愛らしい少女で、ナツにもときどきお菓子をくれたりした。ピーナッツ入りのチョコレートはとても美味しくて、今でもその味は忘れられない。
少女はエイミーと呼ばれており、彼女には姉がいたが、あまり仲は良くないようだった。やはり養女だがサマンサというその娘は目つきが冷たくてナツはあまり好きになれない。
ある日、それを見てしまったのはまったくの偶然だった。
午後のお茶を運ぶように言われて学院長室へ向かったあと、すぐ戻ろうとしたそのとき、サマンサがお茶のポットになにか入れるのを見たのだ。不審に思ったが、そのときは砂糖だと思った。
そしてその日の夜、エミリーが亡くなったことを知った。
「気の毒に」
女たちの囁き声からナツは知った。エミリーの死因はアレルギーというものなのだと。
当時は日本ではほとんど知られていなかったが、ピーナッツアレルギーという病気をエミリーは持っていたのだ。だからこそピーナッツ入りのチョコレートを客からもらっても食べることができずナツにくれたのだろう。
「でも、お嬢さんも気をつけていたはずなのにね」
「それがね、ケリー神父と…・・キスしたんですって。そのとき唇についていたのが口に入ったのね。神父が泣きながら懺悔していらしたわ」
「まぁ、なんてこと……」
すぐにはわからなかった。
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