オフィーリアたちの夜会

平坂 静音

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騒ぎ 一

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 会えるわけではないが、そうしないと気がすまないのだ。やはり、寮内で起こったこととなると、舎監教師の駒田としては責任を感じてしまう。医者も、事件後すぐ見舞いにきた中西の両親も駒田にはむしろ同情してくれ、先生のせいではないからと慰めてくれたが、それですむ問題ではない。
 学院長は思案気に溜息をついた。
「まったくねぇ……。私も昔は、まぁ、もう四十年ちかくまえですけれど、女の子でしたけれど、もう今の女の子の気持ちなんてわかりませんわ」
 それを言うなら女の子であったことのない駒田には、永遠に女の子気持ちなど理解できないだろう。だが、駒田は神妙にまたうなずいてみせた。
「そうですね」
「若い身空で、なんでまた自殺なんてしようとしたのかしら?」
 テーブルの上にあった黒い扇を手にとると、口もとを隠すようにして学院長は嘆く。扇は和風のものではなく、黒い鳥の羽をつかった欧米風のものだ。風をつくるためよりも、芝居の小道具なのだろう。バレリーナ時代に使っていたものなのかもしれない。
 駒田は答えようがないので無言で、目礼だけして学院長室のとびらを押した。

 一歩廊下に出たとたん、気温がぐっとさがった気がする。人気のない夏の校舎はみょうに涼しげで、黒い廊下はほのかにセピア色に艶光つやびかりし、その上を、どこか遠くから、居残っている寮生たちの、女の子特有のかんだかい声がすべってくる。
(まったく、この自殺騒ぎが生徒のほとんどいないこの時期だっただけまださいわいだ)
 駒田はそう思わずにいられない。
 もちろん、いくら口止めしたところで、寮で夏を過ごしている十数名ほどの生徒たちのスマホをとおして、噂はひろまっているだろうけれど、ありがたいことに二学期が始まるまでまだ三週間以上ある。三週間もたてば、生徒たちも落ちつくだろう。 
 しかし十代の女の子には、同校生の自殺さわぎは刺激がつよすぎ、悪い影響が出ないわけはない。
(おまけに……)
 中西みゆきは、普通の生徒ではない。
 駒田は、みゆきの首あたりで切りそろえられた黒髪と、白い肌を思いだした。
 それにしっとり濡れたような黒い瞳。
(あの目は本当に独特だった……)
 目は心の窓とか、目を見れば人がわかる、目千両などと、目がいかに人の印象を決めるかという言葉はおおいが、たしかに中西みゆきの目は個性的だった。
 昨今は二重の目が美形の条件といわれるが、中西みゆきにかんしてはそれは当てはまらない。彼女の目は一重なのだが、まるでビー玉をはめこんだようにふっくらとしていて、その端はやや切れ長で、授業中、その黒い玻璃玉はりだまのような目とあうと、駒田はみょうに胸がさわいだものだ。
 十六歳にしては落ちついた物腰、しずかな口調。口数もすくないせいもあって、すこし老成した雰囲気の子だった。こんなことを言ったらなんだが、いかにも自殺しそうな雰囲気の子だった。今にして思えば、だが。
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