オフィーリアたちの夜会

平坂 静音

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うす闇 二

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「でも、僕は子どもたちの側にずっといるわけにはいきません。彼女たちを裏切ることになるかもしれませんが、得た情報を先生たちに伝えないわけにはいかないんです」
「仕方ないですよ。正直、このリポートには驚かされましたが、わたしも口は堅いつもりですし……、けっして井田由香子の件は口外しません」
 エアコンがかすかに作動しているが、まったく必要ないほど駒田の体温は下がっていた。
 由樹から知りえた情報は、駒田にとっては青天の霹靂へきれきだった。
 よもや、あの明るくて、はきはきした井田由香子にこれほどうしろぐらい秘密があったとは。
 学院長に報告することもためらわれる。確実な証拠がなく伝聞のみであるのがいっそ救いだ。もしこれが真実であるというなら、自分は教師としてどうすればいいのだろう?
 駒田は額に汗がにじんでくるのを自覚した。
「村田さん、こんなことを言えば軽蔑されるかもしれませんが、この事はあくまでも内密にお願いします」
 由樹は無言だった。その顔には非難の色はない。
「けっして学院の名誉とか自分たちの立場だけを考えてものを言っているわけでないんです。こんなことが噂にでもなれば、井田の将来に傷が付きます。いくら学院を辞めたからといって、噂はどういう形で流れるかわからない」
 由樹はかるく首をうごかした。否定しているようにも見え、頷いているようにも見える。
「あの、確証がないわけですから、僕も田添美沙から聞いたことがすべて真実だとは思っていません。彼女が嘘をついているという意味ではなく、彼女自身も人から聞いた話をうのみにしている状態なので。ただ……、ネットで検索してみたんですが、たしかにその頃、それらしきネットカフェで嬰児生み落とし事件があったことはたしかです。赤ん坊は可哀想に亡くなっていますが。店員の証言で、現場から二人の少女が逃げだしたことも載っていました」
 駒田は脇腹が痛くなってきた。
 それでもこれは自分が井田由香子のためにしてやれる、たったひとつのことだと信じて言葉をつらねた。
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