オフィーリアたちの夜会

平坂 静音

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さまよう者 二

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 秘密という名の禁断の果実はやがて熟し、きつい芳香ほうこうを放ちはじめ、持ち主を悩ませるようになったのだろう。耐えきれなくなったみゆきは、親友の美沙にだけその秘密をうちあけてしまった。そしてまた美沙もその重みに耐え切れず、またみゆきの自殺未遂の事件もあっていっそう動揺したのか、由樹に秘密をあずけた。彼氏から聞いたというのは、みゆきから聞いたことをごまかすための作り話だった。
「中西くんが、かつて自分の演じたオフィーリアを演じたことが、いっそう井田くんにとってはショックだったようですね。妊娠、出産、嬰児遺棄という試練と罪を背負ってしまった彼女は、普通の精神状態ではいられなかったんですよ。しかもそのときつきあっていた彼氏が、なまじ中西くんを紹介してしまったことで、彼女に恋してしまったというのですから、いっそう井田くんにとっては打撃だったでしょう」
 みゆきの方ではべつに彼に特別な感情を持ったわけではないようだが、井田香奈子にとってはとてつもない打撃である。
「うしなってしまった純潔、青春、彼の愛、オフィーリア役、それらすべてを持っている年下の友人を傷つけることが、そのときの井田くんの唯一の心の支えになっていたのかもしれません。そして、おそらく中西くんも中傷の手紙をおくったのが誰だか気づいていたと思いますよ」
 由樹は痛ましげに眉をひそめた。だからこそ、いっそう深く傷ついたのだろう。
「彼女も自分が絶対に誰にも言わないと誓っていた秘密を、親友にだけは喋ってしまったことで負い目を感じていた。それが自殺未遂の一番の理由ではないかと思っているんです。手紙自体もひどいが、なにより犯人が仲の良かった先輩ではないかという疑惑と、自分もまた彼女を裏切ってしまったという負い目、さらにはひとつの命を葬るのに、仕方無かったとはいえ、加担してしまった罪悪感。十代の少女にはおもたすぎて、堪えきれなかったのでしょう」
「で、では涼が何かしたというわけではないんですね?」
 由樹は苦く笑った。
「これは、半分は僕の推量なんですが、柴山先生は、少し心の病を持ってらっしゃるんでしょうね。女子寮を白いブラウスと白いスカート姿でさまよっていたそうです。電話で院長がわめいていましたが、病院でもそんなかっこうでいたそうです。看護婦に見えるように装っていたのかもしれませんが、その姿を深夜の女子寮で、もしかしたら中西くんは見てしまったのかもしれません。そしてご存知のように芝居のオフィーリアも白いロングドレス姿です。精神的にもまいっていた中西くんは、偶然見てしまった柴山先生が井田香奈子に見えたかもしれませんし、本当にオフィーリアの幽霊だと思いこんでしまったのかもしれませんし、とにかくひどいショックを受けてしまった」
 由樹の話にひきこまれていた駒田には、その柴山涼でもあれば井田香奈子でもあり、オフィーリアの幻影でもあるような白いドレス姿のシルエットが見えそうになった。
 その幻のオフィーリアが、駒田を見つめてくる。涼のように見えるし、井田香奈子にも見えれば、中西みゆき、田添美沙、杉山菜穂のようにも見えて内心うろたえた。

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