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鬼女 二
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(千早、いらっしゃい。お母さまといいところにまいりましょう)
手をひかれて輿に乗せられ、なにがなにやらわからぬまま、わたくしは母という美しい女性につれられてこの山へまいったのでございました。
(千早、ゆるしておくれ!)
すこし外の景色でも見ましょうと、輿からつれ出されたわたくしは、瀧つぼの近くへつれていかれ、いきなり岩から突き落とされたのです。ころがり落ちたわたくしは、そのまま下の川へ落ちたのでしたが、どういう運命のいたずらか、よりにもよって母山吹のおつかえするお邸の前へとながれてきたのでございます。
邸の家人によって救われたわたくしを見たときの山吹はさぞ内心、驚いたことでございましょう。そして、わたくしが記憶をうしなったのを幸いに、なにも知らぬ下手な芝居をして、わたくしをたばかりつづけていたのでございます。ひどい……。
おねえさん、こっち。ささやく千手の声にせかされ足をはやめたため、かすかに床のきしむ音をたててしまいました。
「誰じゃ!」
怖ろしさのあまり足がすくみ、動けなくなってしまいました。
「おや、阿古屋、いや、千早ではないか。おまえ、さっきのわたしたちの話を聞いていたのですね?」
きびしい声と目つきで山吹が伝説に聞く鬼女のように立ちはだかりました。
こうして見ると、若く見えても、三十は過ぎていることが感じられます。
「おやおや、しょうがないねぇ、聞かれてしまったからには、もう室にもどすわけにはいきませぬ。こちらへおいで」
わたくしは涙が頬をつたうのを感じとりました。
嫌、という声も出ません。岩から突き落とされたときの恐怖が、わたくしの身体を石のように固まらせるのです。かたわらの千手の手をにぎりしめました。
「千手、またおまえがでしゃばったのかい? そこを、おどき!」
「おねえさんは、わたさない」
いじらしいことに、千手はわたくしを守るように両手をひろげて、わたくしと山吹のあいだに立ちました。
「本当におまえは憎たらしい。ここは《挟間》なのだよ。おまえばかりが大きな顔をするのはおかしいじゃないか」
足音をたてずに尼君が戸口のあたりへすすみ来て、床にうずくまっているわたくしを見て顔を青くしました。
「山吹、今回はとりやめませんか?」
「母上、よけいなことを言わないでください。こうやって姫君が十六をむかえる日まで、毎年わたくしたちは天児をさしださねばならないのです。今年はなかなかよい天児が見つからず、どうしようかと思っていたときにちょうど阿古屋のことを思い出したのは天の采配というものでございましょう。なにも都や田舎で娘をさがしだしてこずとも、ここにちょうどよい天児がおりましたわ」
言葉には奇妙なことに恨みがこもり、あえて尼君に聞かせているようです。わたくしは山吹への恨みをなにか口にしてやりたいと思うものの、背がふるえて黙りこんだままでした。
おねえさん、こっちへ。千手の呼ぶ声だけが希望でした。わたくしは千手の小さな手にひきずられ、なんとか気力をふりしぼって立ちあがりました。不思議なことに、千手の手がわたくしの手にふれると、恐怖がしずまり気力がわいてきます。
「待てというのに、ええい! この、でしゃばり!」
「おねえさん、こっち!」
手をひかれて輿に乗せられ、なにがなにやらわからぬまま、わたくしは母という美しい女性につれられてこの山へまいったのでございました。
(千早、ゆるしておくれ!)
すこし外の景色でも見ましょうと、輿からつれ出されたわたくしは、瀧つぼの近くへつれていかれ、いきなり岩から突き落とされたのです。ころがり落ちたわたくしは、そのまま下の川へ落ちたのでしたが、どういう運命のいたずらか、よりにもよって母山吹のおつかえするお邸の前へとながれてきたのでございます。
邸の家人によって救われたわたくしを見たときの山吹はさぞ内心、驚いたことでございましょう。そして、わたくしが記憶をうしなったのを幸いに、なにも知らぬ下手な芝居をして、わたくしをたばかりつづけていたのでございます。ひどい……。
おねえさん、こっち。ささやく千手の声にせかされ足をはやめたため、かすかに床のきしむ音をたててしまいました。
「誰じゃ!」
怖ろしさのあまり足がすくみ、動けなくなってしまいました。
「おや、阿古屋、いや、千早ではないか。おまえ、さっきのわたしたちの話を聞いていたのですね?」
きびしい声と目つきで山吹が伝説に聞く鬼女のように立ちはだかりました。
こうして見ると、若く見えても、三十は過ぎていることが感じられます。
「おやおや、しょうがないねぇ、聞かれてしまったからには、もう室にもどすわけにはいきませぬ。こちらへおいで」
わたくしは涙が頬をつたうのを感じとりました。
嫌、という声も出ません。岩から突き落とされたときの恐怖が、わたくしの身体を石のように固まらせるのです。かたわらの千手の手をにぎりしめました。
「千手、またおまえがでしゃばったのかい? そこを、おどき!」
「おねえさんは、わたさない」
いじらしいことに、千手はわたくしを守るように両手をひろげて、わたくしと山吹のあいだに立ちました。
「本当におまえは憎たらしい。ここは《挟間》なのだよ。おまえばかりが大きな顔をするのはおかしいじゃないか」
足音をたてずに尼君が戸口のあたりへすすみ来て、床にうずくまっているわたくしを見て顔を青くしました。
「山吹、今回はとりやめませんか?」
「母上、よけいなことを言わないでください。こうやって姫君が十六をむかえる日まで、毎年わたくしたちは天児をさしださねばならないのです。今年はなかなかよい天児が見つからず、どうしようかと思っていたときにちょうど阿古屋のことを思い出したのは天の采配というものでございましょう。なにも都や田舎で娘をさがしだしてこずとも、ここにちょうどよい天児がおりましたわ」
言葉には奇妙なことに恨みがこもり、あえて尼君に聞かせているようです。わたくしは山吹への恨みをなにか口にしてやりたいと思うものの、背がふるえて黙りこんだままでした。
おねえさん、こっちへ。千手の呼ぶ声だけが希望でした。わたくしは千手の小さな手にひきずられ、なんとか気力をふりしぼって立ちあがりました。不思議なことに、千手の手がわたくしの手にふれると、恐怖がしずまり気力がわいてきます。
「待てというのに、ええい! この、でしゃばり!」
「おねえさん、こっち!」
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