牢獄の夢

平坂 静音

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 生まれつき青い血、いえ紫の血をその体内に宿し、神から特別な宿命をあたえられた至上の家柄に生まれたた聖なる民のひとりなのですから。田舎の下流貴族の妾など、わたくしの目には虫けらのようなものだったのでございます。気にも留めてはおりませんでした。

 これを傲慢と呼ぶならそう呼んでください。

 いくら異国カスティーリャにあっても、たとえ持参金がなくとも、夫となる人からうとんんじられていても、わたくしは生まれながらの公女、〝姫〟でありブルボンの誇りたかき白薔薇です。生まれ落ちたその日より死ぬ最後のそのときまで、神によってさだめられた貴顕きけんの身に生まれた運命をまっとうするつもりでございます。

 それに、わたくしには自信がありました。

 きらめくサファイアの瞳、雪のような白い肌に朝露をふくんだかのような薔薇色の唇。小柄でしなやかな身体。人はわたくしを美しいと誉めたたえてくれました。たしかにカスティーリャ女のような肉感的な色気はなくとも、その分、故国でつちかった洗練と気品がわたくしにはあると信じておりました。

 十五年のまだ短いそれまでの人生で、わたくしを見たすべての男性はわたくしに好意と賛辞をささげてきました。

 わたくしを愛さぬ人などいない。夫となる人が、わたくしを見て恋に落ちないわけがない、と信じておりました。どれほど田舎娘の手管てくだがすさまじくとも、パリで磨き抜かれた真の貴婦人であるわたくしを一目見たら、心動かされないわけがない、と。

 浅はかな、と笑われるかもしれませんが、二度とはない十五の青春のあの頃、乙女というものはどこまでも浅はかになれる生き物だったのでございます。

 そしてあの運命の日、あなたは宰相やお義母上ははうえ様に責めたてられるようにして、おそらくは嫌々でしょうが、わたくしの元へと来てくださった。
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