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黒願成就 五
しおりを挟む蓮華は寺の敷地内にもどって、それからまた時間をつぶしたが、小鳳はなかなか来ない。芸人たちの芸にも屋台をひやかすのにも飽きてしまい、だんだん苛々してきて、その苛立ちが過ぎると、今度は悲しくなってきた。
やがて、人混みのなかに濃紺の飾り布を巻いた小鳳を見つけたとき、蓮華は涙ぐんでいた。
「待たせてすまない、蓮華。実はね……」
小鳳は、蓮華が抗議の言葉をなくすほどに、白い頬を上気させ、黒目をいきいきと輝かせている。いったい何があったのだろう。
「蓮華、急な話なのだけれど、僕、結婚するかもしれない」
喜色満面でそう告げた小鳳は、蓮華の目が濡れていたことには、まったく気づいていない。
「お坊様に呼ばれて、奥室でお茶をいただいていたら、ちょうど宋家の方がいらしてね。お坊様が以前からいろいろ僕のことを宋家の方に話していて……。信じられない話なんだけれど」
もし、よろしければ、婿入りされませんか、と去りぎわに家令に耳打ちされたというのだ。
村一番の秀才である小鳳の噂はかなり広まっていたらしく、宋家では前々から病弱な一人娘の婿候補として興味を持っていたという。
(ここでお会いしたのもご縁でしょう)
家令の言葉からは、どうやら当の麗蘭がかなり乗り気であることがうかがえた。
跡継ぎ息子は家出同然に都に行ってしまい、のこされた娘は病がちで、両親は結婚をあせっていたという。田舎はそれでなくても早婚で、十五で婚約もまだだと親は心配になる。
そこへ偶然、麗蘭と小鳳が顔を見せあい、話がはずみ、どうやらお互い憎からず思っているようなら、話は早いということになったらしい。
「で、でも、小鳳、あなた都に出て学問をしたいって」
「それも、麗蘭殿の兄上が帰郷されたならば、かなえられるかもしれないんだ。仮に無理だとしても、学問をつづけてもいいと」
小鳳の双眼は、蓮華がいまだかつて見たことがないほどに輝いている。
その目を見た瞬間、蓮華は脱力した。父親が下級役人をしている小鳳の家は貧しくはないが、この先、次男の小鳳がずっとしたいことをさせてくれるほどには豊かではないし、仮に蓮華の家に婿入りしたとしても学問をつづけるのは難しい。
麗蘭と結婚すれば、裕福な生活をしながら学問がつづけられる。宋家の婿としての地位も将来も約束されるのだ。
蓮華は奥歯を食いしばった。
小鳳は、麗蘭自身も好もしく思ってはいるようだが、彼にとっては何よりも学問をつづけられることが魅力なのだろう。
「そう。良かったわね」
必死に蓮華は祝福の笑みを作った。
「お婆さん、わたしの願いをかなえて」
蓮華は衣の胸内から小袋をとりだした。自分の小遣いだけでは足りないだろうから、良心を押し殺して、店のお金をすこし盗んできたのだ。老女はそれを受けとってなかを見た。
「まぁ、いいだろうよ。けれど、いいかい、これだけは言っておくよ。いったん相手と魂を入れ替えたら、もう元には戻れないからね」
蓮華は一瞬まよったが、小鳳と結婚できるのなら、今のすべてを捨てても悔いはない。
(村一番の名家の娘になれるなら、決して損になることなどないわ)
小賢しくそんなことを考えながら、蓮華はうなずいた。
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