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双花競演 四
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「……あ、それでね《花比べ》のお話なんだけれど、《花比べ》はここ五十年ほど後宮では取り止めになっているんですって」
もともと《花比べ》は三百年ほど昔、当時の皇后が風流好きで、春の宴の場で、ほかの寵妃たちに「それぞれの側仕えのなかで、一番美しいのは誰と思う? 皆、従者のなかで一番美しいと思うものを出してみよ」と言ったことから始まったという。
寵妃たちは笑いながらも、それぞれ我が手の内から自慢の美女をひとりずつ挙げた。なかで一番美しいと皇后が認めた女官に、盛りの桜の一枝をそえて、皇后が自分の黄金の髪飾りを贈ったことからはじまった《花比べ》は、いかにも女の園らしい優雅で優婉なお遊びだ。
その酒の上での女権力者の他愛もない思いつきから始まった遊びが、毎年春の季節にくりかえされ、いつしか恒例行事となり、後に、皇帝はじめ高位の貴族たちなど男性も加わるようになると、ここにややこしい問題が生じるようになった。
そこには、当然のように利権や権力争いがからんでくるようになったからだ。
《花比べ》に選出される女人は、表むきは、他薦自薦問わずという形になっているが、身分高い妃や皇女たちの推薦と許可を得て出されるのが暗黙の了解のようになっていた。
そして誰しも自分の推した人間には、勝ってほしいものだ。
皇女同士、もしくは妃や側室同士、自分が心良く思わない相手が推した女人に、自分の選んだ女人が勝てば気持ちいいもので、逆に負けると不快である。
いってみれば《花比べ》で台にのせられる女人たちは、影で彼女たちを推す皇女、妃たちの代理戦争を担っているのだ。そして、五十年ほど昔、ある事件が起こった。
《花比べ》に皇帝の寵愛あつい妃から推薦された美貌の女人が、当日前に、推薦者の妃を憎むべつの妃の手の者によって毒を飲まされたのだ。
その女人は、《花比べ》前日に全身にひどい湿疹が出て《花比べ》どころではなくなった。彼女は絶望のあまりそのまま病に臥して死んでしまったという。
その後、死骸をあらためた医師の見立てで、湿疹が毒によるものだと露見し、大がかりな詮議が行われた。敵の妃も、まさか命を落とすまでになるとは思わなかったのだろう。手を下した彼女の部下は、詮議を恐れて自害し、命じた妃も後宮を追われ出家させられ尼になったという。
以来《花比べ》は後宮では取り止めになってしまった。
「でもね、おもしろいの。後宮で取り止めになったその頃から、庶民のあいだで行われるようになったんですって」
龍蘭の帝都、華蘭でもそれは毎年行われている。ただしこちらは夏にだが。
都の広場や寺院の庭にふたつ櫓を建て、そこに着飾った女たちがそれぞれに一人ずつ立って、人々がより美しいと思う方に、こちらは花ではなく銅貨を投げることになっている。
あつめられた銅貨の半分は主催者に、残り半分は勝ったものに賞金として贈られるという、いかにも庶民らしい実利的なやり方で続けられている。
十数人のなかから一番おおく銅貨を投げつけられた者が優勝者となり、絵姿が描かれ売り出されたり、貴族や豪商の妻や側室などに望まれたりするという大きな余禄もつき、毎年、志願者はおおい。
しかしこういう催しに出る美女は、たいてい名前を売りたい芸人や女優、高級遊女などであり、素人の娘や良家の令嬢が出ることはまずない。
もともと《花比べ》は三百年ほど昔、当時の皇后が風流好きで、春の宴の場で、ほかの寵妃たちに「それぞれの側仕えのなかで、一番美しいのは誰と思う? 皆、従者のなかで一番美しいと思うものを出してみよ」と言ったことから始まったという。
寵妃たちは笑いながらも、それぞれ我が手の内から自慢の美女をひとりずつ挙げた。なかで一番美しいと皇后が認めた女官に、盛りの桜の一枝をそえて、皇后が自分の黄金の髪飾りを贈ったことからはじまった《花比べ》は、いかにも女の園らしい優雅で優婉なお遊びだ。
その酒の上での女権力者の他愛もない思いつきから始まった遊びが、毎年春の季節にくりかえされ、いつしか恒例行事となり、後に、皇帝はじめ高位の貴族たちなど男性も加わるようになると、ここにややこしい問題が生じるようになった。
そこには、当然のように利権や権力争いがからんでくるようになったからだ。
《花比べ》に選出される女人は、表むきは、他薦自薦問わずという形になっているが、身分高い妃や皇女たちの推薦と許可を得て出されるのが暗黙の了解のようになっていた。
そして誰しも自分の推した人間には、勝ってほしいものだ。
皇女同士、もしくは妃や側室同士、自分が心良く思わない相手が推した女人に、自分の選んだ女人が勝てば気持ちいいもので、逆に負けると不快である。
いってみれば《花比べ》で台にのせられる女人たちは、影で彼女たちを推す皇女、妃たちの代理戦争を担っているのだ。そして、五十年ほど昔、ある事件が起こった。
《花比べ》に皇帝の寵愛あつい妃から推薦された美貌の女人が、当日前に、推薦者の妃を憎むべつの妃の手の者によって毒を飲まされたのだ。
その女人は、《花比べ》前日に全身にひどい湿疹が出て《花比べ》どころではなくなった。彼女は絶望のあまりそのまま病に臥して死んでしまったという。
その後、死骸をあらためた医師の見立てで、湿疹が毒によるものだと露見し、大がかりな詮議が行われた。敵の妃も、まさか命を落とすまでになるとは思わなかったのだろう。手を下した彼女の部下は、詮議を恐れて自害し、命じた妃も後宮を追われ出家させられ尼になったという。
以来《花比べ》は後宮では取り止めになってしまった。
「でもね、おもしろいの。後宮で取り止めになったその頃から、庶民のあいだで行われるようになったんですって」
龍蘭の帝都、華蘭でもそれは毎年行われている。ただしこちらは夏にだが。
都の広場や寺院の庭にふたつ櫓を建て、そこに着飾った女たちがそれぞれに一人ずつ立って、人々がより美しいと思う方に、こちらは花ではなく銅貨を投げることになっている。
あつめられた銅貨の半分は主催者に、残り半分は勝ったものに賞金として贈られるという、いかにも庶民らしい実利的なやり方で続けられている。
十数人のなかから一番おおく銅貨を投げつけられた者が優勝者となり、絵姿が描かれ売り出されたり、貴族や豪商の妻や側室などに望まれたりするという大きな余禄もつき、毎年、志願者はおおい。
しかしこういう催しに出る美女は、たいてい名前を売りたい芸人や女優、高級遊女などであり、素人の娘や良家の令嬢が出ることはまずない。
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