龍蘭帝国奇談夜話

平坂 静音

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朝顔幻想 十 終わり

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 奥室にまねかれた英陽が、日よけのひさしに光をさえぎられた薄暗い廊下を歩いていると、若い女の笑い声が響いてきた。
「あら、やっぱりいらしてくださったのね」
「あ、あなたは……夏爛お嬢さん」
 先日会った娘が袖で口元をおおいながら、音楽のようなうつくしい笑い声をあげている。化粧をほどこした白い顔は、暗い廊下に玉のようにちいさな光をはなっていた。
「来られた理由は、わかっているのよ。縁談をことわりに来られたんでしょう?」
「え、いや、あの」
 ずばり言い当てられて、英陽はあわてた。
「いいの。わかっています。こんな幽霊屋敷に婿入りしてくれる物好きいないわよね」
 長い睫毛を伏せる仕草は、ひどくいじらしい。こんな表情を見せるとは。
 英陽は、一瞬まよったが、決断した。
(そうだ。結婚するなら、たしょう型破りでも明るく華やかな女性がいいかもしれない。母のようにいつも憂鬱そうな顔をしている人といるよりも、人生が楽しくなるかもしれないな)
 英陽は娘にむかって言いはなった。
「幽霊なんて、馬鹿馬鹿しい。今日来たのは、縁談を申しこむためです。奥様のお顔を見たら、まっさきに言います。お嬢様を私にくださいと」

「どうやら、うまくまとまったようだな」
「ええ。良かったですよ」
 老人同士、ふたりは井戸端で冷水を飲みながら語らっていた。
「しかし、不思議なもんだなぁ……。あんなに元気で明るかった秋泉しゅうせんが、あんなにあっけなく逝くとはな」
 老人はほろ苦く笑った。
「馬鹿な娘ですよ」
 老女はいまいまし気に首をふる。
「いくら年一度の夏祭りだからって、受かれて着飾って、酒に酔ったあげく、川におちて溺れ死ぬなんて。我が孫ながら、なさけない……。おまえは一生、お嬢様に仕えるんだよ、と常々言い聞かせていたのに」
「まぁ、あの噂が本当なら、死んでも幽霊になってお嬢さんが心配で出てきているのかもしれん……不思議なものだ。秋泉という名の女中の娘が、あれほど美しく華やかで、夏爛という名の名家のお嬢さんが、あんなに地味で、言っちゃなんだが、陰気で。身に着けるものも、いつも地味なものばかりで……。あれでは、知らぬ人が見たら、使用人と思ってしまうだろうに。……秋泉ならずとも、あれではお嬢さんのゆくすえが心配だ」
「まぁ、でも良かったですよ。将来有望な若い先生との縁談が決まって。これで秋泉も安心して冥界に行けますね。あの娘は、生まれたときからこのお屋敷でお嬢様といっしょに育って、そりゃお嬢様のことを本当の姉妹のように大事に思っていましたからね」
 老女は目を細めて、庭木をながめた。

                                 終わり
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