60 / 110
朝顔幻想 十 終わり
しおりを挟む
奥室にまねかれた英陽が、日よけの庇に光をさえぎられた薄暗い廊下を歩いていると、若い女の笑い声が響いてきた。
「あら、やっぱりいらしてくださったのね」
「あ、あなたは……夏爛お嬢さん」
先日会った娘が袖で口元をおおいながら、音楽のようなうつくしい笑い声をあげている。化粧をほどこした白い顔は、暗い廊下に玉のようにちいさな光をはなっていた。
「来られた理由は、わかっているのよ。縁談をことわりに来られたんでしょう?」
「え、いや、あの」
ずばり言い当てられて、英陽はあわてた。
「いいの。わかっています。こんな幽霊屋敷に婿入りしてくれる物好きいないわよね」
長い睫毛を伏せる仕草は、ひどくいじらしい。こんな表情を見せるとは。
英陽は、一瞬まよったが、決断した。
(そうだ。結婚するなら、たしょう型破りでも明るく華やかな女性がいいかもしれない。母のようにいつも憂鬱そうな顔をしている人といるよりも、人生が楽しくなるかもしれないな)
英陽は娘にむかって言いはなった。
「幽霊なんて、馬鹿馬鹿しい。今日来たのは、縁談を申しこむためです。奥様のお顔を見たら、まっさきに言います。お嬢様を私にくださいと」
「どうやら、うまくまとまったようだな」
「ええ。良かったですよ」
老人同士、ふたりは井戸端で冷水を飲みながら語らっていた。
「しかし、不思議なもんだなぁ……。あんなに元気で明るかった秋泉が、あんなにあっけなく逝くとはな」
老人はほろ苦く笑った。
「馬鹿な娘ですよ」
老女はいまいまし気に首をふる。
「いくら年一度の夏祭りだからって、受かれて着飾って、酒に酔ったあげく、川におちて溺れ死ぬなんて。我が孫ながら、なさけない……。おまえは一生、お嬢様に仕えるんだよ、と常々言い聞かせていたのに」
「まぁ、あの噂が本当なら、死んでも幽霊になってお嬢さんが心配で出てきているのかもしれん……不思議なものだ。秋泉という名の女中の娘が、あれほど美しく華やかで、夏爛という名の名家のお嬢さんが、あんなに地味で、言っちゃなんだが、陰気で。身に着けるものも、いつも地味なものばかりで……。あれでは、知らぬ人が見たら、使用人と思ってしまうだろうに。……秋泉ならずとも、あれではお嬢さんのゆくすえが心配だ」
「まぁ、でも良かったですよ。将来有望な若い先生との縁談が決まって。これで秋泉も安心して冥界に行けますね。あの娘は、生まれたときからこのお屋敷でお嬢様といっしょに育って、そりゃお嬢様のことを本当の姉妹のように大事に思っていましたからね」
老女は目を細めて、庭木をながめた。
終わり
「あら、やっぱりいらしてくださったのね」
「あ、あなたは……夏爛お嬢さん」
先日会った娘が袖で口元をおおいながら、音楽のようなうつくしい笑い声をあげている。化粧をほどこした白い顔は、暗い廊下に玉のようにちいさな光をはなっていた。
「来られた理由は、わかっているのよ。縁談をことわりに来られたんでしょう?」
「え、いや、あの」
ずばり言い当てられて、英陽はあわてた。
「いいの。わかっています。こんな幽霊屋敷に婿入りしてくれる物好きいないわよね」
長い睫毛を伏せる仕草は、ひどくいじらしい。こんな表情を見せるとは。
英陽は、一瞬まよったが、決断した。
(そうだ。結婚するなら、たしょう型破りでも明るく華やかな女性がいいかもしれない。母のようにいつも憂鬱そうな顔をしている人といるよりも、人生が楽しくなるかもしれないな)
英陽は娘にむかって言いはなった。
「幽霊なんて、馬鹿馬鹿しい。今日来たのは、縁談を申しこむためです。奥様のお顔を見たら、まっさきに言います。お嬢様を私にくださいと」
「どうやら、うまくまとまったようだな」
「ええ。良かったですよ」
老人同士、ふたりは井戸端で冷水を飲みながら語らっていた。
「しかし、不思議なもんだなぁ……。あんなに元気で明るかった秋泉が、あんなにあっけなく逝くとはな」
老人はほろ苦く笑った。
「馬鹿な娘ですよ」
老女はいまいまし気に首をふる。
「いくら年一度の夏祭りだからって、受かれて着飾って、酒に酔ったあげく、川におちて溺れ死ぬなんて。我が孫ながら、なさけない……。おまえは一生、お嬢様に仕えるんだよ、と常々言い聞かせていたのに」
「まぁ、あの噂が本当なら、死んでも幽霊になってお嬢さんが心配で出てきているのかもしれん……不思議なものだ。秋泉という名の女中の娘が、あれほど美しく華やかで、夏爛という名の名家のお嬢さんが、あんなに地味で、言っちゃなんだが、陰気で。身に着けるものも、いつも地味なものばかりで……。あれでは、知らぬ人が見たら、使用人と思ってしまうだろうに。……秋泉ならずとも、あれではお嬢さんのゆくすえが心配だ」
「まぁ、でも良かったですよ。将来有望な若い先生との縁談が決まって。これで秋泉も安心して冥界に行けますね。あの娘は、生まれたときからこのお屋敷でお嬢様といっしょに育って、そりゃお嬢様のことを本当の姉妹のように大事に思っていましたからね」
老女は目を細めて、庭木をながめた。
終わり
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
婚約者の幼馴染?それが何か?
仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた
「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」
目の前にいる私の事はガン無視である
「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」
リカルドにそう言われたマリサは
「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」
ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・
「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」
「そんな!リカルド酷い!」
マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している
この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ
タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」
「まってくれタバサ!誤解なんだ」
リカルドを置いて、タバサは席を立った
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる