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痴蝶戯画 七
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今日の春玉の衣は、さすがに料亭に入るので、少し気を張って、淡い萌黄色のものだが、それでも、やはり地味で簡素なものだ。
(お嬢様だって、もっとお洒落すれば、かなり綺麗になれるはずなのに)
華やかなに装うのは、若く、そこそこ良家に生まれた娘の最高の特権ではないかと黄風は、すこし物足りない気持ちになってしまう。
(顔だちだって、わたしみたいなおへちゃってわけじゃなくて、悪くないんだし)
季節に咲きおくれた花を見るような想いで、黄風は数歩先をゆく春玉の後ろすがたを見つめた。
小柄で華奢で儚げな花のようで、それでいて地面にしっかりと根を張っているような、芯の強さを思わせる春玉の背中……。欲目もあるかもしれないが、春玉お嬢様は素敵な人だと黄風はいつも思う。
そろそろ夏が始まろうとしている時期である。黄風も粗末ながら鼠色の被衣をまとっている。春玉が強引にかぶらせたのだ。下女は普通、あまり被りものをしない。龍蘭帝国では、顔をかくすのは、中流以上の女性のたしなみとされるので、すこし気恥ずかしい。
やがてたどり着いた料亭《銀蝶閣》は、なかなか大きな店だった。
「行くわよ」
春玉は被衣をさらに深くかぶって、口元をかくした。さらに春玉は背筋をのばして、すこし偉そうな口調で、迎えに出た店員に命じた。そうすると、いきなり二つ、三つは歳をとったかのように見えるから不思議だ。
「二人よ。なるべく奥の席にして」
「かしこまりました」
尊大ぶった春玉の態度に、相手はかなりの良家の娘と踏んだのだろう、うやうやしく頭をたれて、やや離れた場所にある席へと案内してくれた。主に合わせて、黄風も背を伸ばして気取ってみるが、内心冷や汗ものだ。
「お嬢様、お金、大丈夫ですか?」
小声で訊いてみた。
張家は中流官吏の家で、貧しくはないが、決して裕福とまではいかない。まして若い春玉がお金などそう持っているわけでもないし。
黄風は緊張のあまり自分の声が裏返っているのに気づいた。春玉は目で笑っている。大丈夫よ、安心して、というふうに。
案内された席は、すこし奥まった場所にあり、女二人には充分な大きさの黒檀の円卓と、それに合わせた椅子がある。背もたれには蝶の模様がほどこされていて、なかなか贅沢な雰囲気をかもしだしている。黄風の緊張はますます高まる。
春玉は何か調べるように辺りを見まわしている。
庭に面して大きな四角の窓はすべて開かれ、扉も解放されている。美しい庭木や躑躅の花壇を客に堪能させるためだろう。こういう高級料亭では、客席から見渡せる庭園の美景も客への奉仕のうちだ。
庭園にもいくつか客席がもうけられ、風流な客たちが外で珍味佳肴に舌鼓を打っている。昼間のせいもあって、客の半分は老人、後の半分は女性であり、皆暇と金を持てあましている人々のようだ。
贅沢で、のどかで、平和な光景である。
(お嬢様だって、もっとお洒落すれば、かなり綺麗になれるはずなのに)
華やかなに装うのは、若く、そこそこ良家に生まれた娘の最高の特権ではないかと黄風は、すこし物足りない気持ちになってしまう。
(顔だちだって、わたしみたいなおへちゃってわけじゃなくて、悪くないんだし)
季節に咲きおくれた花を見るような想いで、黄風は数歩先をゆく春玉の後ろすがたを見つめた。
小柄で華奢で儚げな花のようで、それでいて地面にしっかりと根を張っているような、芯の強さを思わせる春玉の背中……。欲目もあるかもしれないが、春玉お嬢様は素敵な人だと黄風はいつも思う。
そろそろ夏が始まろうとしている時期である。黄風も粗末ながら鼠色の被衣をまとっている。春玉が強引にかぶらせたのだ。下女は普通、あまり被りものをしない。龍蘭帝国では、顔をかくすのは、中流以上の女性のたしなみとされるので、すこし気恥ずかしい。
やがてたどり着いた料亭《銀蝶閣》は、なかなか大きな店だった。
「行くわよ」
春玉は被衣をさらに深くかぶって、口元をかくした。さらに春玉は背筋をのばして、すこし偉そうな口調で、迎えに出た店員に命じた。そうすると、いきなり二つ、三つは歳をとったかのように見えるから不思議だ。
「二人よ。なるべく奥の席にして」
「かしこまりました」
尊大ぶった春玉の態度に、相手はかなりの良家の娘と踏んだのだろう、うやうやしく頭をたれて、やや離れた場所にある席へと案内してくれた。主に合わせて、黄風も背を伸ばして気取ってみるが、内心冷や汗ものだ。
「お嬢様、お金、大丈夫ですか?」
小声で訊いてみた。
張家は中流官吏の家で、貧しくはないが、決して裕福とまではいかない。まして若い春玉がお金などそう持っているわけでもないし。
黄風は緊張のあまり自分の声が裏返っているのに気づいた。春玉は目で笑っている。大丈夫よ、安心して、というふうに。
案内された席は、すこし奥まった場所にあり、女二人には充分な大きさの黒檀の円卓と、それに合わせた椅子がある。背もたれには蝶の模様がほどこされていて、なかなか贅沢な雰囲気をかもしだしている。黄風の緊張はますます高まる。
春玉は何か調べるように辺りを見まわしている。
庭に面して大きな四角の窓はすべて開かれ、扉も解放されている。美しい庭木や躑躅の花壇を客に堪能させるためだろう。こういう高級料亭では、客席から見渡せる庭園の美景も客への奉仕のうちだ。
庭園にもいくつか客席がもうけられ、風流な客たちが外で珍味佳肴に舌鼓を打っている。昼間のせいもあって、客の半分は老人、後の半分は女性であり、皆暇と金を持てあましている人々のようだ。
贅沢で、のどかで、平和な光景である。
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