龍蘭帝国奇談夜話

平坂 静音

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秘園哀歌 六

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「犀家の御曹司とはどんな方だろう?」
 その日の昼下がり、粉薬をまぜながら秀蘭はつぶやくように手伝いの老女に訊いてみた。
「たいへんな艶福家えんぷくかでございますよ」
 目尻の皺を増やして老女は湯気のたつ茶を小卓においた。
「わたしですら噂を耳にするぐらいですからね」
「まぁ、金持ちの男なら妻をおおく持つのはあたりまえだろうが……」
 側の桶で手をあらい板床の敷布しきぬのにすわりなおして秀蘭は気に入りの黒豆の茶をすすった。
「いーえ、歴ある家から奥方をたくさんもらうことぐらいなら、あたしたちはあれこれ噂しやしませんよ。そんなありていのことじゃございません。あのお屋敷じゃ、よっぽどの年寄りか醜女ルビ(しこめ)でないかぎり、侍女頭から卑女はしためまで、みぃーんな若様のお手つきだそうですよ」
「それはいくらなんでも大げさだろう」
 秀蘭は大人びた苦笑した。
「それだけじゃ、ございませんよ。色里じゅうの名だたる娼家遊郭にはかならず一人か二人はお気に入りの妓女遊女がいるっていうんですから驚きですよ」
 ひからびた手を顔のまえで大仰にふりながら相手はなおも言いつのる。
「そんなに多いのかい?」
 秀蘭はさすがに目をまるくして、紙のように白くなっていた凛藍の細い顔を思い出した。
「最近の一番のおかよいどころは《百花楼ひゃっかろう》で、目あては、店にはいったばかりの若い娘らしいですよ。まだ表に出ていない子なんですが、若様はえらくその子をお気に入りで、相当入れこんでいるとか」
「くわしいね」
「近所のおかみさんたちが散々噂してましてねぇ。もとは魚屋の亭主が《百花楼》に行った折に聞きこんできたようで。そのおかげで、おかみさんと揉めたんですけれどね。ふふふ」
 ご近所のご家庭の問題はさておき、秀蘭は気になることを聞いてみた。
「その娘はいくつなんだい?」
「たしか、十三……四になったかぐらいだそうで」
「十四? 私が免状もらった歳だね」
 早婚の時代とはいえ、痛ましい気がする。
「まだ見習い期間の娘で店に出るどころじゃないんですけどね、若様えらく気にいって大枚はたいて買いあげたそうですよ。だから魚屋がとんでもない奴だって吹聴しまくって、それで女房に色里通いがばれて」
「名は聞いたのかい?」
小菊しょうぎくっていう名らしいですよ。もちろん本名じゃないんでしょうけれどね。でもまたえらいご執心らしくて、ちょっとでも咳をすれば下男に薬草を買いに行かせたり、毎日のように精のつく食べ物を持って行かせたり。よっぽど気にいったんでしょうね、楼ではたいした噂なんですよ。それというのもね、」
 そこで老女は一瞬、かわいた目に険をちらつかせた。
「なんだい?」
「買いあげて室を与えたものの、まだ手付かずなんだそうでございますよ。あれはきっと未熟なうちに買いとっておいて、これから自分好みにしたてあげて、熟したときにつまむんだろうっていう楼でのもっぱらの噂なんだそうでございますよ。まぁ、殿方のひとつの夢なんでございましょうねぇ」
 秀蘭はうんざりしてきた。
 犀家の若君は、凛藍との縁談をすすませながら、平気で娼家でまたべつの若い、というより幼い女を手に入れているのだ。歳も凛藍と同じぐらいだというし、どうやら彼はそうやって早いうちに女を手のうちにおいて、自分好みにそだてることに興味があるらしい。
 秀蘭はせっかくの茶が不味まずくなっていくのを感じながら飲みほした。
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