龍蘭帝国奇談夜話

平坂 静音

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夜霧奇談 七

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「大丈夫か?」
 御当主が、咄嗟にわたしを守るように振った青い袖を下ろして、心配そうに長い眉を寄せて訊きます。
 ほつれた髪が一筋、はらりと白い顔にかかっている様子が……殿方なのにひどく美しく思えて、わたしは胸が、先ほどの驚きとは別の理由で高鳴るのを自覚しました。
「あ、はい。……ふくろうでしょうか?」
「いや、あれはからすだ」
「え? でも……」
 たしかに月下に真っ黒に見えたあの鳥は鴉のようでしたが、それでもこんな時刻に鴉が飛ぶものでしょうか?
「この辺りでは夜でも鴉が飛ぶのだ。この辺りだけだがな」
 黒絹を張ったような空を見つめ、高い鼻を宙に向けて、ご当主は、そう呟くようにおっしゃられました。夕餉の席でお会いしたときとは雰囲気も、言葉遣いもまるで別人のようですが、それはけっして不快ではなく、むしろかえって好もしく感じられます。
「気をつけるといい。この辺りの鴉はひどく獰猛で、ときには人に襲いかかってくることもある。以前、旅人が目をつつかれて片目を失明したことがあるほどだ」
「まぁ……」
 わたしは肌寒くなって肩をすくめました。
「私は毎晩、この時刻には庭を散歩しているのだが、ついお前を見かけて、気になって声をかけたのだ」
「あ、ありがとうございます。で、でも御当主様は、大丈夫なのですか?」
「私は大丈夫だ。慣れているからな。彼奴きゃつらは、我が家の残飯を食らって生きておるようなものだ」
「まぁ……、では、あの鴉は御当主様が飼っていらっしゃるようなものですのね」
 わたしはついそんなことを言っていました。
 御当主は少し唇の両端を上げて、面白そうにわたしをご覧になります。
「まあな。……いや、もしかしたら、私が彼奴らに飼われているのやもしれん」
「え? ……あの」
 意味が解らず怪訝そうな顔をしてしまったわたしに、話題を変えるように口早に御当主が訊ねられました。
「そういえば、お前は詩を作るそうだな」
「あ、はい。でも……」
「どうした? そんな暗い顔をして」
 わたしは少し迷いながらも、自分の家の事情を説明しました。父が病気で家計が苦しく、わたしが職を求めて町に出ることになったことを。そこにはいささか、わたしの詩が関わっているのです。
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