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老女の閨 一
しおりを挟む(何だか、このお屋敷は変だわ……)
酒の入った鳥の頭をあしらった水瓶と杯を盆に乗せて、長い廊下をすすみながら輪花はそんなことを思っていた。
奥殿に着くと、年配の侍女が会釈した。
「大奥様は、あちらでお待ちですよ」
火玉の食事の手配などはすべて奥殿の厨房で行われることになっているはずなのに、あえて輪花に命じるのは、例の件だろう。
(きっと、英風様のことであれこれ訊かれるのだわ)
そのことを考えると、気がかりなことが思い出されて、輪花の心は沈んだ。
(申し上げた方がいいのかしら? あの……痣の件)
だが、それにはさらに気がかりなことがつきまとう。
(おかしな話よね……)
昼にはたしかに金媛の手首に赤い痣を見たはずだ。
だが、それが夜には消えていたのだ。
夕食の席で、金媛が英風に手を伸ばしたとき、輪花ははっきりと染みひとつない美しい白い肌を見た。
(どういうことなのかしら?)
痣というものは、たった半日たらずで消えるものなのだろうか?
自分の見間違いでしかありえない、とは思うものの、何かがひっかかる。
(こんなとき、緑鵬がいてくれたらなぁ……)
緑鵬ならなんでも相談して、きっといい案を出してくれたことだろう。
けれど、その頼もしい兄のような緑鵬はもういない。この先、いつ会えるかもわからず、再び会ったときには、もう自分のことなど忘れているかもしれない。
盆の上で水瓶の鳥の頭がふるえた。
(駄目よ、輪花、今は仕事に集中しないと)
気のめいる想いを振りはらって火玉の待つ室に入ると、奥には紅地に純白の蓮華の絵柄をあしらった、びっくりするほど華やかな御簾が垂れていた。
「大奥様、寝酒をお持ちしました」
「お入り。……こっちへおいで」
静かに奥にすすみ、おそるおそる御簾をのけて輪花は中に入る。
「ご苦労だね」
寝台に横たわる火玉は、ひどく疲れているように見える。身体の疲れよりも、もしかしたら精神的な負担の方が大きいのかもしれない。
「どうだい、主殿の様子は?」
「はい。……あの、何事もなく穏やかで、すべてうまくいっています」
そうとしか言いようがなかった。
のろのろと火玉は身を起こす。輪花は、寝台のそばの黒檀の小さな卓のうえに盆を置き、なるべく丁寧な手つきで酒を注いだ。
「若夫婦の様子はどうだい?」
「はい。あの、とてもうまくいっているようです」
やはり、そうとしか言えなかったし、それは事実だった。英風と金媛が互いに想い合っているのは確かだと輪花は思う。
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