双珠楼秘話

平坂 静音

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謎追う夜 四

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 本当に今日、もはや昨日だが、昨日の昼や夕暮れまで健康で、やや傲慢だった香玉なのだろうか。多少下卑たところもあるが、美しく、生気に満ち、まだまだ夢も希望もたくさん持っていた、あの香玉なのだろうか。使用人の身で派手過ぎると、桂雲けいうん枇嬋びせんに睨まれるほどに贅沢好きで、その名にちなんで香遊かおりあそびが好きで、いつも香に包まれていたいと、まるで夢見る乙女のようなことを言い、ときには桂葉けいはとやりあいもし、桂雲とつかみあいの喧嘩までした、あれほどに生命の活気にみなぎっていた、あの香玉……。
 青白く固まったようなその肌を見ていると、輪花の胸にあらためて同情がわいた。
(気の毒に、香玉。いったい、何があったの?)
 輪花が涙をこぼしそうになっていると、側でかがんでいた英風は鼻を鳴らす。
「輪花、遺体をあらためてみたいのだ。気持ち悪かったら、外で待っていてくれないか?」
 え? と疑問に思う間もなく、英風は香玉の衣を剥ぎ取ろうとする。
「え? ええ!」
「死因を調べて、細かい外傷はないか見てみたいんだ。君は外にいていいぞ」
 輪花は真っ青になったが、自分でも後になると不思議に思うようなことを口走っていた。
「い、いえ、ここにいます。手伝います!」
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。やります!」
 震える手で、香玉の衣に手をかけた。
(ごめんなさい!)
 内心で香玉に詫び、遺体から衣を剥ぐ手伝いをした。幸い下女たちの手によって、濡れていた遺体はぬぐわれ、白い経帷子きょうかたびらをまとわせられているが、それでもかなりの労働だった。
 他人が見たら、自分たちはとんでもないことをしているように見えたろうが、このときの輪花は熱にうかされたように、英風のすることをただひたすら手伝うことしか考えていなかった。自分でもうまく説明出来ないが、そうすることで、もやもやとわく疑問を解決する手がかりが見つけられるかも、と思っていたのだ。
(そうよ。私だって不思議に思っているのよ。何故香玉が死んだのか……)
 自害ではないと思うのだが、そうなると、事故か、他殺ということになる。
(まさか香玉は誰かに殺された……?)
 となると、下手人はこの屋敷の人物ということになる。
「ふうむ……」
 英風が鋭い目で遺体を見ている。
「腕のところと……、胸元に痣のようなものがある。見てみろ」
 言われて英風の指さした辺りを見ると、たしかに叩いたように、ルつねったように見えるあとがある。
「おそらく香玉は死ぬ少しまえに誰かとつかみあいの喧嘩でもしたのかもしれない」
「あ、それなら……」
 輪花はやや拍子抜けしながら、厨房での香玉と桂雲の一件を説明した。英風も目を丸くする。
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