双珠楼秘話

平坂 静音

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魔香、燻る 一

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 西破にせかされて英風は女に教えられた路地へと踏み行った。
 すえたような匂いが二人の鼻をつく。すぐそばの溝を流れていくのはこの場末の妓楼を訪れた男たちの垂れながす欲情と垢と、そこで彼らをむかえた女たちの安っぽい香料や脂粉の残りかすのようなものだろう。英風には強烈な匂いだ。むせかえりそうになるのを必死におさえて、《小菊楼》と古びた木の看板のある店に入った。西破が扉をたたくと、なかから、「はーい」という女のひからびた声とともに、老いた猫を思わせるような小柄な老女があらわれた。
「はいはい、お客様で? 誰をお呼びしましょう? 清菊せいぎくですか、秋菊しゅうぎくですか?」
「いや、おんなではなく、ここで厄介になっている男に会いたいのだが」
 西破が訊ねると、老女は目を丸めた。
「おや、おまえさん方、《宝菊楼》からのお使いで? 今月はちょっと早いですね」
「い、いや、私たちは」
 英風が説明しようとすると、西破がその大きな身体で強引に中に入って行った。
「ちょ、ちょっと、お客さん」
「いや、すまん。実は中の人に折り入って話があってな。すぐに会わせてもらえんかな。その、……彩菊さんからの伝言があって」
 内心びっくりしながらも英風は口を閉じていた。
「あら、彩菊さんから? なんですか? お説教ですかい?」
「まぁ、そんなものだ」
「仕方ないですね。じゃ、こちらへどうぞ」
 老女は灰色の袖を奥へむけて振り、二人は彼女の案内にしたがってせまい廊下をすすんだ。この店は長方形に意外と大きくなっているようで、黒光りする石床や、花鳥の採色画が一面描かれた天井など、外から見るよりもなかなか凝った造りだった。
「ふうむ。婆さん、この建物はけっこう立派なもんだったんだなぁ」
 西破がさも感心したように言うのに老女は目尻を下げた。
「ええ、そりゃ昔は《小菊楼》といえば、ここいらじゃ名の知れた店だったんですけれどねぇ。今じゃご覧のとおりすっかりさびれて、しがない遊女屋にまで落ちてしまいましたよ」
「失礼だが、内情はかなり厳しいのかね?」
 不躾ぶしつけな質問だが、人徳というのか、西破が言うと少しも嫌味がない。むしろ同情が感じられて、老女の口は軽くなる。
「ええ。でも、まぁ、なんとか《宝菊楼》の女将さんのおかげで、やっていけてますよ。女将さんはお元気で?」
「ああ……うん。婆さんにくれぐれもよろしくと言っていたぞ」
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