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「あの家はね、若い女の子をあつめて、男の人をもてなしているのよ」

 コンスタンスのやや毒を含んだ言葉に、やっとリジュロンは意味をさとったようで、先ほどとは別の意味に頬を赤らめる。

「そ、そうなの?」

「そうよ。だから、カルロスと仲良くしたらあなたもあの家で働かさされるようになるわよ」

 意地悪くそういうと、リジュロンは複雑そうな顔になる。コンスタンスはますます意地悪い言い方をした。

「それとも、あなたあの家で働きたいの」

「とんでもない!」

 リジュロンは大きく首を振る。

「私は、そんな仕事絶対しないわ。今、夜間学校でちゃんと勉強しているんだから。卒業したら、出版社で働くつもりよ」

 今度はコンスタンスが驚いた。

「あなた、出版社で働きたいの?」

 驚きぶりが露骨だったせいか、リジュロンは少しむっとした顔になる。

「そうよ。悪い?」

「べつに。でも、どうして出版社で働きたいの?」

「秘書になりたいのよ。今、そのために勉強しているの」

 この見るからに労働階級の娘が秘書。ついそんな想いが顔に出ていたのだろう。またリジュロンの方もそう思われることを予想していたようだ。周囲からそんな反応をされることに慣れているのかもしれない。

「出版社で働いている人が知り合いにいて……。私もそんな仕事をしてみたいの」

「ふうん……」

 何気ない返事を返しながらも、このときコンスタンスの胸のなかである疑問が芽生えた。

(まさか……ねぇ)

 まさか、とは思うが、脳裏に浮かんで消えたのは先日会った雑誌記者だという女性の姿である。出版社で働く女性……。いないこともないだろうが。その人の名前を聞いてみようかと思ったが、リジュロンははっとした顔になった。

「あ、いけない。それどころじゃなかったんだわ。すぐこれを届けて戻らないと。それじゃね」
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