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 そのときコンスタンスは過度な悲しみを経験していたようで、泣くかわりに笑うという行動を取っていたのだろう。
 
 しばらくして笑いがおさまると、今度は涙が頬を伝った。

 少女の彫像――。ラ・パリジェンヌ。

 それは王制も帝政も過ぎ去ったこの花の都の、真のヒロインであり現代のかんなき女王の姿だった。だからこそ世紀の祭典の目玉としてその彫像が作られているのだ。

 来年には国家の威信をかけて世界の注視をあつめるお祭がこの街でおこなわれる。その華はパリジェンヌなのだ。

 コンスタンスは唇を噛みしめた。

 世界一の花の都の大通りを闊歩し、青春を謳歌している少女たちの影で、リジュロンのように苦労ばかりして心を踏みにじられ、十六歳という花の盛りのときに散ってしまった娘がいる。

 十六歳。コンスタンスと同年である。

 十四歳で実の父に母と弟を殺され、家族をうしない住む家もうしなった少女が、大都会にたった一人でほうり出され、それでも必死にまっすぐに生きていた。夢も希望もあった。それが、いわれもなく売春婦呼ばわりされ、その夢も、少女としての誇りもずたずたに汚され、河に身を投げ、モルグで物言わぬ肉塊にかわり果てたのだ。

 心地良い風が吹いてきて、コンスタンスの頬をやさしく撫でていく。

 だが、コンスタンスはその風をうらんだ。

 パリの空を吹く風。時代の風。それはコンスタンスには連れない。コンスタンスやリジュロンのように街の大通りを歩けない娘には、都の風は冷たいのだ。

 コンスタンスは今、生まれ育ったこの街を、初めて憎く思っていた。

 この街の風は、光は、たしかにある者には優しく暖かだが、ある者にはきびしく冷たいのだ。時代の大通りから外れた者、時代の波についていけない者に、この街はとことん容赦なく残酷だった。

 なぜか、エマの叫びが聞こえてきそうだった。

(あんにたあたしの何がわかるっていうんだい?)

 怒りに満ちた声。今なら少しはエマの気持ちも理解できる気がする。

 コンスタンスはしばし唇を噛んで、やがてうつむけていた顔を上げた。
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