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 オーレリィはコンスタンスの向かいがわに腰かけると、はこばれてきたカフォオレを一口すする。

 オーレリィ、Auuelieか。彼女のイニシャルもAだ。年齢は二十一、二という頃で、彼女がエマと交遊があるようには見えないが、とりあえずコンスタンスは胸にその名を刻んだ。

「あら、なに?」

 つい凝視してしまっていたのだろう。ばつが悪くあせった。

「い、いえ、あの、可愛い名前ね」

「本名じゃないけれどね」

 アナがはさんだ言葉にコンスタンスは動揺を顔に出さないように気をつけた。

(そうよね。こういところで本名で名乗る人はいなんだわ)

 迂闊うかつだった。思えばメゾン・ランデブーでも仮名を使っている子がほとんどだった。

(でも、手紙に書かれていたのが仮名だということもあるわ……すくなくともエマにとってはAで通じる相手なら)

 本名であれ仮名であれ手紙の差出人の可能性があるということだ。

 コンスタンスはなるべくさりげなく訊いてみた。

「あの、アナは本名なの?」

「あたしは本名だよ。商売していたときはガブリエルだったけどね」

「あら、それじゃ、マダムとおなじ名前ね」

 アナはハハハハハ、と笑った。

「マダムは商売していたときはアメリーと名乗っていたのさ」

 それもAで始まる。コンスタンスは口のなかでその名を呟いた。アメリー。




「お客が来ているんですって? まぁ、オーレリィ、あなたまたそんな恰好でうろついて。部屋から出るときはせめてガウンを羽織りなさいって何べん言えばわかるの」

「はあい」

 口うるさい母親のようなことを言いながら入ってきたのは……ガブリエルだった。コンスタンスは立ちあがって挨拶しようとした。

「あら、あなたはエマの……」

 ガブリエルはコンスタンスを見てやや驚いた顔になる。

「はい。コンスタンスです。コンスタンス・デュホール」
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