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「靴はこれね」

 その後は化粧。

「きれいな鳶色の髪ねぇ……。髪伸ばしなさいよ。腰までうんと伸ばすのよ。きっと、あんたの最大のチャームポイントになるわよ」

 最初はうんざりしていたが、丁寧に髪を梳いてもらっていると、どことなくうきうきした気分にコンスタンスはなってきた。

 思えば、ここしばらく身づくろいに力を入れることなどまるでなかったのだ。もともとはお洒落好きなコンスタンスだったが、環境の変化やエマ殺しの犯人を見つけるための緊張の連続で、化粧など興味をもつ暇もなかったのだ。

 頬に白粉をはたかれ、軽くルージュを引かれる。おどろいたことに、薄く化粧をほどこしただけで、鏡に映る自分は別人のように大人びて見えた。

 一瞬、コンスタンスは鏡のなかの自分に見惚れた。

(わたし……綺麗だわ)

 初めて自分に満足がいった。

「やっぱり素敵よぉ、コンスタンス。この店の一番になれるわね」

 カルロスのその言葉を聞いたとたん、コンスタンスの胸になにかが突き上げてきた。
嬉しさ、というよりも、無念とほのかな恨みだった。

(つまらない。ううん、なんだか、ひどい。わたしは……こんなに綺麗なのに……)

 これほどの美貌を持っていても、かす術をさがせば、結局は売春しかないのだ。

 歌手や女優を目指したとしても、結局、男たちが求めてくるのは、身体だろう。

 同じ売春でも、それならいっそ高級娼婦として社交界に打って出れば、という野心も今となっては、ないわけではないが、それには伝手がいる。この時代、おなじパリの空の下のどこかにあっても、社交界というのは、別の世界なのだ。中流階級出身の親を亡くした娘がそうそう入っていける場所ではない。

(諦めたくない。……ここで、このまま公認娼婦になるなんて嫌。登録されてしまうと、もうどうあがいても社交界に出入りするような高級娼婦にはなれないわ。……どうすればいいの? どうすればラ・ベル・オテロやラ・パイヴァのようになれるの?) 
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