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残念ながら華麗には舞えません
③
しおりを挟む打ち合わせを終え立ち上がった藤堂を、蝶々は呼び止めた。
「藤堂さん、やっぱり私、藤堂さんの事をゴッドって呼びたいんです。
ゴッド、ダメですか?」
奥に座っている石原と浅岡は顔を見合わせ、藤堂に見えない場所に顔を向け笑うのを必死に我慢した。
「蝶々、編集長が言ってた事をもう忘れたのか?
後藤君は蝶々の見た目の可愛いさに夢中になってるんだ。俺をゴッドなんて呼んだら、彼は、絶対蝶々の性格に疑問を抱く。それはヤバいだろ?」
蝶々は大きな瞳を見開いて藤堂を見ている。
「何がヤバいんですか?
私はゴッドの全てを盗みたいと思ってます。後藤先生を成功者にするためにも、私がゴッドに近づかなかきゃ話にならないんです」
「近づかなくていい、俺が迷惑だ。それに俺はまだゴッドって呼んでいいと許可してない」
「ゴッド……
私は負けませんから。その藤堂さんの崇高な脳みそを空っぽになるまで吸い尽くすまでは…
……きっと、美味しいでしょうね、ゴッドの脳みそは…」
藤堂は天を仰ぎ大きくため息をついた。石原達の笑いを堪えた顔が、視界の片隅に入っているのに気付いてはいたけれど…
そして、いよいよ、ホッパー期待の新進気鋭漫画家、後藤心に対面する日がやってきた。
人見知りで出不精の後藤をこのビルまで呼び出すのにかなり時間を費やしたが、藤堂は、まずはここに後藤を来させる事にこだわった。
「蝶々、とにかく、編集者がなめられちゃ話にならない。
お互い新人同士意気投合するのは悪くはないけど、でも絶対にお前が立ち位置は上になるように心掛けろ。
あまり喋らない、言う事も聞かない、自分の頭の中の世界に住んでるような奴だから、上手にこっちの世界に連れ戻すことを忘れるなよ」
蝶々はまたスケジュール帳に藤堂の言葉をメモしている。
「蝶々、そのメモ取りは必要ない。ちゃんと、頭の中に入れろ」
「……はい」
蝶々は少しだけしゅんとなった。
「藤堂さん、後藤先生は自分の頭の中に住んでる人なのでしたら、私がその後藤先生の頭の中にお邪魔させていただくのはどうでしょう?
私も実際自分の頭の中の住人なので、お互いの頭、いわゆるホームグランドを行ったり来たりできる仲になれればベストなのではと思っています」
また、始まった……
意味不明の蝶々ワールド…
「却下。行き来するのはここと後藤の仕事場だけでいい」
「……はい、了解しました」
本当に了解してるのだろうか……?
今日の蝶々は髪を上の方で結び、年齢より少し幼く見える。
「蝶々、後藤君と会う前に、その髪下せるか?」
「髪ですか?」
今、蝶々のデスクは藤堂の隣にある。蝶々にとってこの仕事が正念場だと思ってる石原達が、蝶々のデスクを藤堂の隣に引っ越しさせたのだ。
「その髪型はちょっと幼く見えるから、下した方がいいと思うんだ。大人の女を演出するぞ」
藤堂はそうは言いながらも、自分的には後ろに束ねた蝶々の髪型を気に入っていた。特に蝶々の真っ白いうなじが大好きだ。クレージーなあの性格さえなければ、蝶々は藤堂にとってドストライクの女性だった。
「いいですよ~」
蝶々はそう言いながらまたあのほっこりした笑顔を浮かべ、その場で髪を解いた。一瞬で蝶々の髪の甘い香りが一面に漂う。蝶々の媚薬が藤堂を襲ってくる。釘付けになって蝶々を見ている藤堂の前で、蝶々は解いた髪を首を振ってほぐした。
……しっかりしろ、和成。
こいつはうさぎの面をした小悪魔だぞ。
藤堂はそう自分に言い聞かせながら、無意識に何度も頭を振った。
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