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この蝶々は蛾にも変身します
①
しおりを挟むホッパーを出て行きます……
藤堂はあの日以来、後藤のあの言葉をたまに思い出した。後藤のあの異常な程の蝶々への執着がどうしても気に入らない。
「藤堂さん、もう、凄いです。後藤先生のネーム、本当に素晴らしすぎます。ここに置いておきますので、藤堂さんも読んでくださいね。
あ、それと、先生の絵の件なんですが……
昨日ラインでやり取りして、私、しばらく後藤先生の家へ通う事に決めました。
絵の練習というか、べた塗りやペンの使い方選び方、遠近法の表現の仕方や、基本的な事しか教えられませんが、私の無駄に豊富な知識が役に立てればと思って……」
藤堂はもうこの時点でイラついている。
「後藤はタブレットでの作業はできないとはいえ、そっちの方を学んだ方がいいと思うんだけど」
「デジタルの方は苦手で、感覚がつかめないと言っています…」
藤堂は蝶々もデジタル作業が苦手な事を知っている。だから、きっと気が合うのだろう。
「じゃ、今日から行くのか?」
「はい」
蝶々は藤堂の許可が下りることを祈った。
「分かった。じゃ、俺も一緒に行く」
蝶々は藤堂を二度見してしまった。
「何でですか?
藤堂さんが来ても何もすることないですよ」
藤堂は目を細めやっかみ半分で蝶々を見てる。
「別にいいよ。俺はテレビを観とくから」
……テレビ??
テレビならご自分の家で観てください。
蝶々は目の玉をぐるりと回して大きくため息をついた。
「こんばんは~~~」
蝶々が後藤の部屋のドアを勢いよくノックすると、また頭に寝ぐせをつけた後藤がのっそりと出てきた。蝶々の隣に立っている藤堂を見て、後藤は明らかに顔をしかめている。
「どうぞ……
ってか、昨日の話じゃ蝶々さん一人みたいな話でしたよね?」
蝶々はふてくされた顔をしている藤堂を見て、藤堂の太ももをつねった。
「と、藤堂さんも、なんか、デッサンの勉強がしたいみたいで……」
「へえ、そうなんですか?」
後藤は挑発的な目で藤堂を見ている。藤堂はその臨戦態勢の後藤を見てフッと鼻で笑った。
「それと~、今日は牛丼買ってきちゃいました~~~」
そういう男どもの冷戦状態には何も気づかず、蝶々はウキウキ気分でキッチンに入って行く。
今日の蝶々の恰好は、真っ白いの首が詰まったブラウスにあずき色のキュロットスカート、そして同じあずき色のベレー帽をかぶっている。
でも、ちゃぶ台に牛丼を並べて食べる体勢に入っているのに、蝶々はそのベレー帽を取ろうとしない。
「蝶々、帽子は?」
藤堂がそう言うと、蝶々はほっこりした笑みを浮かべて肩をすくめ、そして、ベレー帽をちゃぶ台の下に置いた。
喋りさえしなければ蝶々の事を真剣に好きになっていたはずと、藤堂は心の中でそんな事を考えてしまう。あのほっこりした笑顔は藤堂の保護本能を呼び起こす。
でも、小さい頃から少女漫画を愛してきた藤堂にとって、蝶々みたいな毒のある女の子に惹かれる事はどう考えても想定外だった。
牛丼を食べ終わると今日は後藤が片づけをした。蝶々はそれに甘えて、後藤に淹れてもらった緑茶をふうふうして飲んでいる。
まるでその様子は、女王蜂と働き蜂の構図だ。蝶々という名の女王蜂は、死ぬまで働き蜂をこき使うだろう。
……それでいい。
蝶々に労働は向いていない。この蝶々は、上手に男を手玉にとる術を生まれながらに身につけている。
……それでいいんだ。
そう考えている藤堂自身が、蝶々のその術中に確実に嵌まっている事にまだ何も気づいていない。
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