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この蝶々は蛾にも変身します
③
しおりを挟む蝶々は、一瞬、藤堂が何を言っているのか理解できなかった。しばらく眉間にしわを寄せて考え込んでいると、藤堂が心配そうに蝶々を見つめている。
「邪魔っていう意味が今一つ理解できないんですが……
でも、私みたいな未熟者にとって、藤堂さんは全知全能の神で、カリスマで、編集者の鏡で、ヒーローなんです。だから、藤堂さんを邪魔だなんて思う方がどうかしてるかと…」
藤堂はその蝶々の答えを白けた様子で聞いていた。
「俺は、全知全能の神でもヒーローでもないよ。ちっぽけなミジンコのような男さ……」
「ミジンコ??」
蝶々はどうしてもグロかったり生臭かったりする表現に食いついてしまう。
「そ、そんな…… 私のゴッドはミジンコなんかじゃありません」
蝶々はミジンコになった藤堂を想像して震え上がっている。そんな蝶々に確実に惹かれている自分自身が情けなかった。ミジンコに食いつく独創性や、異次元の世界観さえ愛おしいと思ってしまうほどに。
「後藤の担当を一人でやってみるか?」
「一人で? ですか…?」
蝶々は真剣に話す藤堂の様子を伺っていた。
「そう……
後藤の担当はお前だ。俺がいたら自分のペースで仕事ができないだろ?
というか、ま、俺が勝手に邪魔してるだけなんだけどな。
まあ、連絡と報告は必ず忘れないように」
もう近くに駅は見えている。藤堂はこの駅までの夜道さえ蝶々を一人で歩かせたくないと本心は思っていた。でも、恋人でもないのに、蝶々の独り立ちを邪魔するわけにはいかない。
「俺との約束は必ず守ること、いいな?
一つは、後藤の家に行く時はまずは俺の許可をとる、そして、家に着いたら必ず俺に電話をする」
「え? 電話ですか? メッセージとかは?」
藤堂はまだかぶっている蝶々のベレー帽をわざと目深にかぶり、大げさに首を横に振る。
「だめだ、電話だ。
二つ目は、今度は後藤の家から出る時も電話をすること、そして、家に帰り着いた時も、あ、いや、その時はメッセージでもいい」
「何ですか? それ……」
蝶々は一気に嫌気がさしてきた。
……藤堂が私を信用していないか、女を軽視しているかどちらかだ。
やっぱり…
ゴッドはミジンコなのかもしれない……
「藤堂さん、今夜、後藤先生の家に行きますので許可を下さい」
隣のデスクに座る藤堂に蝶々は大きな声でお伺いを立てた。
「また、一緒にご飯を食べるのか?」
藤堂は嫉妬心を見せないよう冷静沈着を装いそう聞いた。
「はい、食べます。今日はこのビルの地下のお好み焼きを買って行こうと思っています」
藤堂の気持ちなど何も知らない蝶々は楽しそうにそう答えた。
「お前、毎日毎日、後藤の夕食を買っても経費はおりないからな。その内、貯金もなくなって泣く羽目になるぞ」
藤堂の情けない口は止まらなかった。
……俺も蝶々と一緒にお好み焼きが食べたい。
「それより、行ってもいいんですか?」
蝶々は早く会社を出たくてウズウズしていた。早くお好み焼き屋に行きたいと蝶々の顔がそう訴えている。
「分かった… ちゃんと約束は守るように」
やっと藤堂からの許可をもらった蝶々は慌てて会社を飛び出した。あの可愛いあずき色のベレー帽は机の上に忘れたままで……
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