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この蝶々は蛾にも変身します
➄
しおりを挟む「藤堂さん?」
蝶々は急いで自販機に立っている藤堂の元へ駆け寄った。
「どうしたんですか?」
蝶々はあまりの驚きにそれ以外の言葉が見つからない。暗闇の中、自販機の明かりに照らし出されている藤堂は、蝶々が知っている全知全能の神ではなかった。蝶々は自分の中の藤堂へのイメージや思い込みが崩れていくのが分かる。それが自分の中でどう影響していくのかはまだ分からないけれど…
藤堂は少年のようにはにかんで、気恥ずかしそうに蝶々の様子を伺っている。しばらく呆然と立ちつくす蝶々に、藤堂は何も言わずにそっとベレー帽をかぶせた。
「仕事を終えて帰ろうと思ったら、蝶々の机の上にこの可愛いベレー帽が置いてあるのを見つけたんだ。
なんか、このベレー帽が寂し気に見えて放っておけなくてさ。ちゃんと蝶々の元に返してあげなきゃと思った、それだけ…」
そして、藤堂は苦笑いのような大きなため息を吐いた。
「…って言うのは、半分、本当。
半分は蝶々に会いたかった。後藤になんかされてないか心配で死にそうだった……」
藤堂はもう半分やけくそになっている。ここまで来て“やあ、偶然だね”なんてあり得ない。蝶々に会いたかったのも事実だし、後藤の事が気になって頭がおかしくなりそうだったのも事実だからしょうがない。
「藤堂さん、なんでそんなに私の事が心配なんですか?」
この二十四年間、蝶々は人を好きになったことがなかった。要するに人を好きなった人の気持ちがこれぽっちも分からない。大抵の女の子は少女漫画を読んだりドラマを見たりして学んでいく。でも、残念ながら、少女時代の蝶々はその手の漫画を読むことはほとんどなかった。
「後藤先生は、藤堂さんが思ってるような人じゃありません。何も私に危害なんて与えないし、逆に私の漫画を読んでくれるって言ってくれたんです」
蝶々はそう言った後、ハッとした顔をして口に手を当てた。
「まあ、いいよ。駅前のカフェにでも入ろう。なんか、疲れたし……」
藤堂は、蝶々に一回目の愛の告白をしたところで何も通じることはないと痛感した。
……逆に良かったのかもしれない。同じ班の人間に恋をするってヤバいだろ? 俺はチーフだというのに…
駅前のカフェは近くにある大学の学生で混雑していた。そんな中でも蝶々が店に入ると誰もが振り返る。あずき色のベレー帽はそれだけ蝶々に似合っていたし、そこに居合わせた人間はモデルか女優かが入って来たと思うくらいに蝶々は美しい。
「はい、じゃ、今日の報告をお願いします」
やっとコーヒーと食べ物にありつけた藤堂はちょっとだけ元気を取り戻し、蝶々にそう聞いた。
「え~、今からですか? それもここで?」
「じゃあ、どこならいいんだよ」
「明日、会社のデスクで……」
藤堂はコーヒーをふうふうしながら、上目使いで蝶々を見つめ考えるふりをした。
「ふふふ、藤堂さんって、猫舌なんですね」
蝶々は藤堂と同じホットコーヒーをグイグイ飲みながらそう言った。
「なんで分かった?」
「誰でも分かりますよ~
そんな大して熱くないコーヒーをふうふうしてるんですから」
藤堂はより一層ふうふうを激しくして蝶々を笑わせる。
「ふふふ、この間、後藤先生の家で食べたカレーだって、大して熱くないのに…」
蝶々は可笑しくてそれから先が言えない。
「あれは、お前のレンチンの時間が長かったんだ。後藤とペチャクチャお喋りばっかりしてるから」
蝶々は藤堂を可愛いと思ってしまう自分が意外だった。
「なんか、さっき、後藤に漫画がどうのって言ってなかったっけ?」
蝶々の笑いがやっとおさまった頃、藤堂が余計な事を思い出した。蝶々は聞こえなかったふりをしてコーヒーを飲んでいたが、どこに顔を背けても藤堂の顔が視界に入ってくる。
「藤堂さん、やめてください」
「だって、お前、明らかに嫌がってるだろ? この質問」
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