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蝶々の罠は卑しくて心地よい
③
しおりを挟む蝶々は目が覚めると同時に、頭が割れてしまいそうな頭痛に襲われた。毛布の中でうずくまっていると、遠くで聞き慣れた男性の声がする。
……まさか。
蝶々は毛布の隙間から外を覗くと、そこは蝶々の実家ではなかった。
ダークブラウンのフローリングにスタイリッシュな家具や小物が置いていて、塵一つ落ちていない清潔で完璧な部屋。蝶々はもう一度毛布の中にもぐり込んだ。
……えっと、昨日は、藤堂さんとお好み焼きを食べて、ま、まさか、ここは藤堂さんの家?
蝶々は毛布の中で自分の着ているものをチェックした。くしゃくしゃになってはいるけれど昨日着ていた洋服をちゃんと身につけている。
「起きたんだろ~? おはよう。家には連絡してないけど、大丈夫か~?」
蝶々はソファからガバッと起き上がり、乱れた髪のままバッグの中をあさりスマホを探した。
「もしもし、あ、お母さま?」
……お母さま??
藤堂は飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。
やっぱり蝶々は究極のお嬢様だった。藤堂は、以前、石原から蝶々は代々続く名家のお嬢様だと聞いたことがある。
「……今は、大学の先輩の秋山さんの家に泊めてもらってるの。
秋山さん、知ってるでしょ?
そう、農水省で働いている美人の、そう、そう」
藤堂は鼻で笑ってしまった。
農水省で働いている美人? 石原か浅岡に紹介してほしいくらいだ。
電話を済ませた蝶々は、放心状態でソファに座っている。
「藤堂さん、私、また、ワインに飲まれました?」
「ううん、ワインに飲まれたんじゃなくて、お前がワインを飲み尽くしたんだ」
蝶々は大きくため息をつくと、急に立ち上がりキッチンの方へ歩いて来る。
「藤堂さん、お水ください」
藤堂がウォーターサーバーから冷たい水をコップにいれそれを蝶々に渡すと、蝶々はわずか二秒で飲み干した。
「藤堂さん、おトイレ貸してください」
蝶々は藤堂が場所を説明する間もなく、とことこと勝手に歩いて行く。
「蝶々、そこじゃない! 廊下の先のドアだって」
藤堂がそう言った時は、もうすでに遅かった。蝶々は禁断の小部屋のドアを開けてしまっていた。
「藤堂さん、これは?」
蝶々はまだお酒が残っているせいか、その部屋を見て心が踊り出す。ウキウキした顔で振り返ると、蝶々の真後ろにもうすでに藤堂が立っていた。
「いいから、閉めろ…」
藤堂はそのドアノブを蝶々から奪うとバタンと閉めた。すると、また蝶々が開ける。藤堂がまたドアノブを奪おうとする隙に、蝶々はその部屋に入り込んだ。
「藤堂さん、話には聞いてましたけど……
あ~なんて素敵なの……」
そこは藤堂が愛してやまない少女漫画のオタク部屋だった。三畳ほどの部屋は壁全体が本棚になっていて、乙女系の単行本が所狭しとギッシリと並んでいる。そして極めつけに、古いものには丁寧にビニールのカバーをつけたポスター類が、壁と天井にびっしりと貼ってあった。
「藤堂さんって… 本当に少女漫画オタクだったんですね」
藤堂はがっくりと肩を落とした。
……蝶々ってやっぱり凄すぎる。俺の中の禁断の果実を遠慮もなくガブリとかぶりつきやがった。
「蝶々、会社の皆には秘密だぞ…」
蝶々は漫画を夢中で読んでいる。
「藤堂さん、何も恥じることなんてないですからね。堂々としててください。私は陰ながら、いや全面的に応援しますから」
応援ありがとうございます!
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