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三日月と過去
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しおりを挟む子どもの頃、私は祖父の遺影を見るのが怖かった。
それには理由がある。その遺影の中には私と同じ顔があったから。親戚の皆に生き写しだと言われるほど、私はその祖父にそっくりだった。
父方の祖父は、九歳を筆頭に三人の子どもを残して、若くして亡くなった。三十五
私は年を重ねるごとにますます祖父に似てきた。女の子なのにこんなに似るなんて不思議と、祖母はちょっとだけ気味悪がった。でも、思春期を迎えた頃から、私はその気味悪さを自覚していた。私の中に祖父がいる。そんな漠然とした、でも確信に近い何かをいつも抱えていた。
意識的に、夜の空を見上げる事なんてまずはない。でも、たまに、無意識に見上げてしまう日は、必ず三日月の夜だった。そして、その日は金縛りという奇妙な現象を体感する。金縛りがこれなのかは分からない。だって、この金縛りには決まって同じ夢が付いてくるから。怖くもない焦燥感だけを伴った不可解な夢が。
ある夜、私はその三日月の夜に見た夢の記憶をノートに書き写した。
場所は薄暗い木造の建物の中、古びたカビの匂い、倉庫、年季の入った物や家具、整然、奥は乱雑、小さな窓、漆塗り。
私が三日月を認識してその夢にたどり着く夜は、年に一、二度で、その度に、夢の内容を箇条書きで書き溜めた。
そんな風に文字に残すようになった頃、私は祖父の存在を近くに感じるようになった。この夢を見ているのは私じゃない。この夢の視線の主は祖父に違いない。数を重ねるごとに私はそう強く確信した。
その頃の私は、見た目はもちろん、話し方や歩き方、小さな仕草まで祖父に似ていたらしい。祖父をよく知る祖母や伯父たちは、今度は私の人生を案じはじめる。だって、祖父は自ら命を絶ってしまった人間だから。
遺影の祖父をジッと見つめると、モノクロの写真に色が付いて見えた。祖父はきっと何かを私に託している。色味が付いた祖父の顔はまるで今の私を鏡に映しているようで、その何かを早く突き止めたいと私の中で焦燥感だけが空回りする。
大学三年生になったある日、その日はずっと空を見上げていた。
三年間付き合った恋人と別れた日だった。別れたというより一方的に捨てられたという方が真実で、私は息をするのもやっとなくらい体力的にも精神的にも追い詰められていた。短絡的に死ぬ事を漠然と考える。今の世界にもう飽きてしまったと、真剣にそんな事を思い始める。
恋人との別れより、その人から浴びせられた言葉が私を苦しめた。完全なる人格否定。もともと情緒が不安定な私にとって、その言葉は死ぬことへの入り口となってしまった。
その時、ふと祖父の写真の顔が頭に浮かぶ。言い方を変えれば私の顔といっても過言じゃない。私にそっくりな祖父は、何があって死を選んだのだろう。
その日はどんよりとした灰色の空だった。夕方になり、私は大学の一番高い校舎の屋上へ上る。祖父を感じたかった。三日月を待ち続けた。月なんて出るはずないどす黒い夜の空は、希望の光なんか与えてくれなかった。
死にたいと思う気持ちは、きっと私の中に祖父が存在するからだと、自分に何度も言い聞かせた。屋上の隅っこで私は祖父じゃないと何度も叫んだ。死を身近に感じちゃいけない。死を受け入れちゃいけない。自分の胸に手を当てて必死に息を整えて、私は階段を駆け下りた。
死んじゃいけない…
まともな誰かに背中を押される、そんな変な感覚を覚えながら。
その頃は、そんな風に死ぬ事ばかりを考えていた。でも、死にきれない。いつもぎりぎりのところで誰かが邪魔をした。その誰かとは、私の中に存在する生への執着なのかもしれないけど。
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