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何千回も夢見たこと
③
しおりを挟む可南子が東京へ出発する前日、二人はずっと一緒に過ごした。
いつもの高台の公園のベンチに座り、持ってきたお菓子を広げてささやかなパーティを開いた。
「可南子、本当に行くの?」
そう言うと、想太は下を向いて地面を靴で蹴り始める。
十二歳の想太は、どうして可南子が遠い学校へ行かなきゃならないのかいくら考えても納得できない。
「この交換日記だって次は俺の書く番だけど、書いても可南子に渡せないじゃん。
東京の学校にまで、俺は持って行けないよ…」
想太にとって可南子は全てだった。
可南子はいつも想太の味方で想太の事を必ず見ていてくれた。
想太は可南子がいない明日からの生活を考えると、息ができなくなるくらいに怖かった。
「想ちゃん、手紙があるじゃない。
私、毎日、想ちゃんに手紙を書くから想ちゃんも私に手紙を書いて。
そしたら、この交換日記と同じ。
手紙を読んで、想ちゃんの事を思い出すから…」
胸の中のモヤモヤはまだ残ってはいたけれど、想太は無理やり納得した。
「分かった。
毎日、可南子に手紙を書く。
可南子が休みで帰ってくるのをずっと待ってるから…」
想太は可南子の顔を見た。
可南子だって悲しいに違いない。
悲しくて、悲しくて、このまま一緒に逃げてしまいたいほどに…
可南子は、半べその顔で想太を見てこう言った。
「約束だよ…」
「可南子…
可南子にキスしていい?
約束のキスがしたい…」
可南子は驚いた顔をしたが、すぐに頷いて目を閉じた。
想太は、隣に座っている可南子に優しくキスをした。
このキスで永遠の愛を誓い合った二人。
俺達は、何があっても一緒だよ…
翌日、可南子は東京へ行ってしまった。
想太は可南子の乗った車が見えなくなるまで、ずっと車を追いかけ走り続けた。
「想ちゃん、名前変わったの?」
大人になった可南子は、想太のこれまでの十五年の日々を知るはずはなかった。
「ああ、変わった…
その前に、その想ちゃんはやめてくれ。
俺は…
俺は、もう、以前の想太じゃないから」
可南子は、素直にこの再会を喜べない自分がいた。そう考えること自体、きっと、可南子も変わってしまっている。
「さっき、想ちゃ、あ、部長は、可南子に捨てられたって言ってたけど、どういう意味?
私は、想ちゃんの事を捨てたなんて、そんなこと絶対にありえないんだから」
「そんなくだらない話はどうでもいいんだ。
可南子がどう思ってたかとか、俺にとっては全く関係のない話さ。
俺は、俺がやりたいようにやる。
ただ、それだけ。
可南子、覚悟しとけよ」
想太は、そんな捨て台詞を残して可南子の前からいなくなった。
可南子は、幼い頃の想太を思い出していた。
可南子にだけは、優しかった想太…
それはもう、十五年も前の話…
二十七歳になった可南子の心の中には、今でも十二歳のままの想太がいる。
お互い歩み寄れないのなら、再会なんてしたくなかった…
オフィスに戻ると、美咲が可南子を捜していた。
「可南子さん、今日の夜は空いてますか?」
「え? うん、今夜は大丈夫、空いてるけど。何?」
「それが、急きょ、柿谷部長の歓迎会をすることになったみたいで。
部の人達も、大体、参加らしいんです。
可南子さん、行きます?」
歓迎会…
可南子は、何かひと波乱ありそうな嫌な予感を振り払った。
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