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過去と未来が交差する街
①
しおりを挟む「朝倉くん、明日からの出張の準備は大丈夫かい?」
山本課長がちょっと困った様子で、可南子を自分のデスクへ呼んだ。
「はい、大丈夫です」
可南子がそう言うと、課長は小さな声で話し始めた。
「実は、今回の福岡の出張なんだけど、部長がね、あんまり乗り気じゃないんだ。
僕と顔を合わせる度に、朝倉さんと二人で行ったらどうですか?って、そればっかり言ってくる」
「そうなんですか…」
「今回は、会議の他に福岡の支社に挨拶にも行かなきゃならないし、向こうは部長の接待をするのを楽しみにしてるんだけどね。
部長が行きたくないみたいなことを言い出して、実は困ってる…」
山本は本当に困り果てていた。
自分より年の若い上司を持つ気苦労はしょうがないけれど、最近、山本は想太の中に心の闇を少なからず感じていた。
「部長は、朝倉くんには何か話しているかなと思って」
可南子は想太の気持ちが痛いほど分かるため、課長にどう答えていいのか困ってしまった。でも、仕事を投げ出すわけにはいかない。
「課長、大丈夫です。
私が必ず連れていきます。
仕事にも支障をきたさないように、部長にはしっかり言っておきます」
「朝倉くんは、何か知ってるんだね…
いや、それならそれでいいんだ。
部長の事は、任せたよ」
可南子は山本課長の事をとても信頼している。
想太の壮絶な過去を知っても、きっと、課長なら受け入れてくれるだろう。
でも、それは私が話すことではない。
いつか、想太が心を開いて話せる日がくるのを待つしかなかった。
「あ、あと、明日なんだけど、ちょっと僕に仕事が入って、遅れて福岡に行く事になったから、朝倉くんと部長は予定通り移動しててほしい」
「何時に合流できますか?」
「四時頃かな。
三時からの会議には間に合わないけどそれは本当にすまない」
出張の当日、可南子と想太は羽田空港で待ち合わせをした。
可南子は会社に寄ってから空港へ向かったため、待ち合わせの時間に少し遅れてしまった。
想太に先に搭乗手続きを済ませてていいからねとLINEで送っていたのだけれど、まだ待ち合わせの場所で待っていた。
「先に入っててよかったのに…」
「俺、可南子があと五分遅れたら帰るつもりだったから」
可南子は呆れて大げさにため息をついた。
「ごめん、私が遅れたのが悪かった。
でも、帰るなんて絶対にあり得ないからね。
だって、大事な仕事で行くんだから…」
可南子はそう言いながら、想太の背中を押して搭乗口へ向かう。
「可南子、俺、マジに行きたくないわ。
福岡に帰るって思うだけでじんましんが出そうになる。
あの時以来、帰ってないんだ。
ばあちゃんが死んでから…」
想太はずっと福岡へ帰ることを避けてきた。
福岡の街は、想太にとって辛い思い出が多すぎたから…
可南子は飛行機の中で、想太と子供の頃の楽しかった話をたくさんした。
何だかんだ言っても福岡は想太の故郷だ。
帰りたくない事情が山ほどあるのは分かっている。
でもいつかはしっかりと向き合わなければならない。
「想ちゃん、こうやって楽しかった話ばかりしてたら、福岡に行くのが楽しみになってきたでしょ?」
「全然」
「私も無理にとは言わないけど、でも、ちゃんと、仕事には取り組んでほしい。
後は、ホテルに籠ってればいいんだから」
「仕事はちゃんとやるよ。
そんなの決まってるだろ」
「よかった…」
「可南子は実家には行かないのか?」
「うん、今回は想ちゃんと一緒にいる。
課長から部長の事を、絶対に目を離さないでって言われてるし」
可南子は想太の顔を覗き込んで微笑んだ。
「想ちゃん、私がついてるから大丈夫だよ」
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