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十二歳のままの俺
①
しおりを挟む「朝倉くん、ちょっといいか?」
山本課長に呼ばれた可南子は、山本のデスクの横に立った。
「はい、何でしょうか?」
可南子はまた想太の事だと思い、今度は何を頼まれるのだろうと少し気分が落ちていた。
「異動の件なんだけど」
可南子はすっかり忘れていた。
可南子は一年前に異動届を会社に出していた。
人事部の人からこの四月に受理されそうだと聞いていたのだけれど、色々な事情が絡んで可南子の四月の異動の話は流れてしまった。
そして、まだこの課に留まっていたら、想太が赴任してきた。
この二か月近く可南子はバタバタしていたために、その話を思い出すこともなかった。
「夏の人事異動で、動きがありそうなんだ」
「そうなんですか…」
「でも、第一希望の福岡は無理で第二希望の長崎に決まりそうだけど、それでよかったかな?」
可南子はもうこの会社に勤めて五年が経った。
この五年の間に色々な事があり、もうそろそろ違う場所で働きたいとずっと思っていた。
中学から親元を離れた可南子は福岡に帰ることに義務感を覚えていたが、どうしても福岡がいいわけではない。
でも、長崎は可南子が大好きな街だった。
三か月前の可南子なら、二つ返事で喜んで引き受けていたはず。
でも、今の可南子は想太の存在が胸に引っかかり即答することができない。
「朝倉くん?」
山本がもう一度聞いてきた。
「はい、分かりました。
長崎で大丈夫です。
よろしくお願いします」
真面目な可南子は今さら異動届を撤回するなど無理だと考え、その決定を承諾した。
「すみません。
課長、この事を部長は知ってますか?」
「まだ、知らないと思うけど。
でも、この部署の課長決裁が終われば部長に上げるから、部長が知るのも時間の問題だと思うよ」
可南子はデスクに戻り、この事を想太に先に伝えるべきが悩んでいた。
福岡出張が終わった後の想太は、以前に増して可南子への執着がひどくなっている。
可南子の中でも想太の存在はなくてはならないものになっていた。でも、まだ整理することがたくさんありすぎる。
すると、部長室でミーティングを済ませた想太が、可南子のデスクの近くに空いてる椅子を持ってやってきた。
「部長、お疲れさまです。
コーヒーか何か入れましょうか?」
最近、想太と美咲はとても仲が良かった。
はっきりとした美咲の性格は想太と相性がいいのだろう。
でも、美咲と仲良く話している想太の視線の先は、いつも可南子をとらえていることを可南子は気づいていた。
可南子は異動の事実を打ち明けた時の想太の反応を想像するだけで、心が苦しくなった。
「可南子さんも、コーヒー飲みます?」
美咲は可南子にも声をかけてきた。
「じゃ、お願いしてもいい?」
そう美咲にお願いする可南子を、想太はにやついて見ている。
「お姉さんは年寄りだから体が動かないの」
想太はそうやっていつも周りを和ませ笑わせた。
可南子に構ってもらいたくて、ちょっかいばかり出してくるのがお決まりだったけれど…
想太がのんびりとコーヒーを飲んでいると、人事課の課長から電話が入った。
「こちらの内線につなぎますか?」
美咲が想太にそう聞くと、想太は首を横に振る。
「部長室につないでほしい」
そう言うと想太は、コーヒーを飲みながら部長室へ入っていった。
可南子は山本と顔を見合わせた。
人事課の課長が想太に何の用事なのだろう…
どう考えても、可南子の事しか思いつかない。
可南子は、今夜、ちゃんと想太と話をしようと心に決めた。
すると電話を終えた想太が、コーヒーカップを持ってこちらに歩いてくるのが見えた。
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