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ひとつ、ひとつ…
⑥
しおりを挟む想太は久しぶりに宮内先生の事を思い出していた。
「それから先の俺は、もう、多分、意地しかなかったのかもしれない。
福岡に住んでいた幼少時代に、とにかく悔しい思いをたくさんしてきたから、いろいろな意味でいろいろな人達を見返してやりたかった。
自分に自信がなかった俺は、可南子と会いたくてたまらない反面、会うのが怖かったんだと思う。
俺はずっと可南子に捨てられたと思って生きてきたし、次に可南子に会う時は完璧な人間になっていたいとも思っていた。
そんな弱い自分が可南子を捜そうと思うまでに、これだけの時間がかかったというわけです」
想太はビールの飲みながら話していたため、最後の方は少しいい気持ちになっていた。
酔っ払わなきゃ、こんな無様な自分の話なんてできるはずがない…
でも、可南子と幸せに結婚するためには、瀬戸に本当の意味で納得してほしかった。
「その事実を知った時に、可南はなんて言ったんですか?」
「可南子は、もちろん、最初は信じなかったよ。
というより、俺自身も訳が分からないっていう状態だったから…
まずは、手紙が一体どうなったのか…?
たぶん、俺が住所を書き違えたとしか思えない。
ま、十二歳のガキだっだから、間違えたんだろうな、きっと…」
「柿谷さんは、この十五年、可南を思い出す事はありました?」
瀬戸は何をどう言えば納得してくれるのか、想太には見当もつかない。
「いつも、思い出してました」
「どういう風に?」
「可南子の思い出は、俺にとっては家族の思い出のようなもので…
幸せの象徴が可南子だった。
小さい時の俺の家族はばあちゃんと可南子だけだったから。
憎みたいのに思い出せば幸せな気持ちになる…
その矛盾に、十五年間苦しんできました。
憎めれば楽だったのかもしれないのに。
でも、憎めるはずがない、心は死ぬほど好きだったガキの頃のままで止まってるんだから」
瀬戸はもうこれ以上聞くことは野暮だと思い始めていた。
この二人の絆は、俺がどうあがこうと決して切れることはない。
今、目の前にいる柿谷という男も可南子の事をずっと愛し続けていた。
どういう形であれ、その愛の重さを瀬戸は想像すらできなかった。
「僕が可南に振られた理由を知ってますか?」
「いいや、知りません。
それに、他人に言うような事でもないでしょ」
瀬戸は苦笑いをした。
今度は瀬戸の方が想太に知ってもらいたい事がある。
「僕は、約2年間、可南とつき合いました。
彼女は入社当初からとても人気者でよくモテてました。
でも、何故か、恋愛に対しては奥手で、中々、つき合うところまでいけなかった」
想太はこの手の話は聞きたくなかった。
二人のラブラブの時の話を聞くほど、俺は寛容でもないし大人でもない。
でもそんな事も言えずに想太はビールをおかわりして、瀬戸の話を黙って聞いた。
「単刀直入に言うと…
僕は、ニ年間もつき合ったことで可南の気持ちを自分の物にしたつもりでいた。
でも、僕は十二歳の思い出の中の少年に負けたんです。
僕がどんなに努力をしても、可南の心の中から想ちゃんという十二歳の男の子を追い出すことはできなかった」
瀬戸は、想太の顔をずっと見ていた。
自分が負けた相手が、今、大人になって目の前にいる。
「だから、僕は負けは認めています。
僕があなたに言いたかったのは、可南も十五年間、あなたを愛しすぎて苦しんでたということ」
瀬戸は不思議と心が軽くなるような気がしていた。
「瀬戸さん、俺と可南子はハ月に入ったら結婚します」
「でしょうね…
そうじゃなきゃ、可南が可哀想すぎる」
「必ず、幸せにします」
想太はそう言って、頭を下げた。
「やめてくださいよ。
でも、あなたの口から聞けてよかった。
これで俺も前に進める気がします」
瀬戸はそう言うと、自分の食べた分の代金をテーブルに置いて出て行った。
想太はホッとしたせで、一気に酔いが回ってきた。
ひとつ、ひとつ、整理するということは、可南子の今までの人生を垣間見ることで、俺の知らない時間に一人で苦しんできた可南子を知る事だった。
想太は小さくため息をついて、こみ上げる涙をさりげなく拭った。
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