イケメンエリート軍団の籠の中

便葉

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籠の中に住む意地悪な奴

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 ジャスティンに連れて来られたメイクルームは、不思議の国のアリスに出てくるようなお洒落で可愛らしい空間だった。中世のヨーロッパに出てくるお金持ちの女の子の部屋の雰囲気を漂わせている。


「この部屋を私が使っていいんですか…?」


 舞衣は興奮した時に出でしまう甲高い声で、ジャスティンにそう聞いた。


「もちろんだよ。
 ここで働く人間は個別のブースをもらってるから、自分の部屋がある感覚なんだ。
 でも、舞衣はここで仕事をするのはダメだよ。
 舞衣の仕事はここで働くスタッフ全員のサポートだから、あのフロアにある舞衣の席にいなきゃならない。ここは着替えをしたり、ちょっと休憩したりとかに使うこと」


「はい」


 ジャスティンは舞衣の大きな声に軽く微笑んだ。素直で単純でいい子なのは、この少しの時間でよく分かった。でも、一つ心配なのは、凪への恐怖心だ。あいつの辛辣な言葉に舞衣がどれだけ耐えられるか…


「じゃ、お昼までは、さっきソフィアにもらった資料で、この会社の大まかな概要を勉強してね。
 昼からは英会話の勉強をしよう」


 舞衣は自分のデスクに座って、ソフィアからもらった資料にちゃんと目を通した。
 舞衣のデスクから、この真っ白で清潔感に溢れたフロアが一望できる。一望できると言えるほど、まるでどこかの美しい景色を見るようなそんな素晴らしい眺めだった。

 今はジャスティンの姿も見えない。皆、自分のブースで仕事をしているのか、コンピューターを触る音や流暢な英語、日本語での会話の後の笑い声や、さまざまな音や声がかすかに舞衣の所へも届いた。
 舞衣はもう一度、ジャスティンからもらったチームのメンバーのリスト表を開く。
 トオルさんに映司さん、謙人さんにジャスティン、このメンバーは超一流企業EOCで働くのに相応しい人間に見える。身なりもきちんとしてるし、話し方や立ち振る舞いにも品の良さを感じた。
 舞衣は一番下に書かれている伊東凪の名前を、無意識の内にマルで囲んでいた。

 伊東凪か……
 不思議な人……
 こんな一流企業で働く人には全く見えない。

 そして、舞衣の人並みしかない程度の勘でさえ、凪が只者ではない事を悟っていた。

 舞衣が真面目に資料を読んでいると、ジャスティンが舞衣のデスクにやって来た。


「舞衣、僕はこれからちょっと出かけなきゃなんなくて、でも14時までには帰って来るから、英会話はその後にしよう」


「はい」


 舞衣はそう言うと、フロアにほとんど人がいない事に気づいた。


「あの他の皆さんも外で仕事ですか?」


 ジャスティンは何かを思い出したような顔をして、舞衣のデスクに置かれているパソコンを立ち上げた。暗証番号とパスワードを打ち込むと、ジャスティンは不自然に後ろを向く。


「そこに舞衣の個人のパスワードを二回入れて」


 舞衣が自分用のパスワードを二回打ち込むとOKボタンが出た。


「そのOKボタンをクリックして」


 ジャスティンはその手順を全て把握しているらしく、後ろを向いたままそう言った。舞衣がOKをクリックすると、新しい画面が出てくる。


「これがEOCの東京支社の独自のサイト。ここにはここの社員とソフィアしか入れない。舞衣のもう一つの仕事は、この中の管理をすること。
 このボタンをクリックしてみて」

 舞衣がそのボタンをクリックすると、この会社に在籍している全員の名前が出てきた。そして、一人一人にスケジュール機能がついていて、そこをクリックすると三か月先までのスケジュールが確認できる。


「今日の僕のスケジュールを見たい時は」


 ジャスティンがそう言って自分の名前をクリックすると、今日のスケジュールが全て分刻みで表示される。


「全員の今日のスケジュールを見たい時は」


 ジャスティンが今日の日付をクリックすると、今度は、全員分のスケジュールが見やすいように色分けされて出てくる。


「今日は、ランチの後に外出する人が結構多いな…
 舞衣はお昼はどうする予定?」


「あ、まだ何も決めてないです。
 コンビニで何か買ってきてもいいし…」


 ジャスティンは凪の名前をクリックしている。


「舞衣、気の毒だけど、今日の昼、ここには凪しか残らないみたい…」


 舞衣は体がビクッとなった。


「せっかくだから、凪がいつも利用するレストランから一緒に配達してもらえば?」


「レストラン??」


 ジャスティンは時間がないらしく、舞衣を見てウィンクをした。


「初出勤の日から一人で食べるのは可哀想だから、僕から凪に言っとくよ」


 舞衣は慌てて立ち上がった。


「ジャスティンさん、大丈夫です。
 私、一人でランチとか全然できる人間なので、心配しなくも… あ……」


 ジャスティンは舞衣の話を全く聞かずに行ってしまった。

 マジ、無理だよ……
 凪さんと二人っきりでご飯なんて…
 あ~どうしよう……

 舞衣がとっさに思いついたのは、初日で緊張のあまり食欲がないので食べれないことにして、あの可愛い小メイクルームに籠ることだった。というか、凪さんが、一緒に食べようなんて言ってくることは絶対にない。

 だから、舞衣、大丈夫…
 何も心配しなくていいから。

 舞衣は自分の考えに没頭し過ぎて、またいつものようにひとり言をつぶやいていた。


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