あの夏に僕がここに来た理由

便葉

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消息

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「海人さんが… 急にいなくなって…
ずっと捜したんだけど… どこにもいなくて…」

ひまわりはそう言いながら、民宿の玄関先にしゃがみこんだ。

「海人さんが熱があって、顔が真っ青で…
私、冷たいお茶と氷をもらいに… お店に行って戻ってみたら…
海人さん、いなくなってた…」

ひまわりは、これ以上は話せなかった。
海人がいなくなった?
消えた?
ひまわりは溢れる涙を抑えることができず、サチの手を握りながら子供のように泣きじゃくった。

「海人さんは、私が初めて愛した人なんです…
海人さんも、そう言ってくれた…
サチさん、いなくなったなんて嘘ですよね…
嘘だと言ってください…」

サチは、ずっと黙っていた。
そして、泣きやみそうにないひまわりにこう聞いてきた。

「海人君は、何か言ってかい?
今日、ひまわりちゃんに、大切な話をするって言ってたから…
私に話してごらん…」

ひまわりはサチの部屋で少し横になった。
海人を失った喪失感は大きく、目を閉じる事が怖くて部屋の片隅をただぼんやりと見ている。
海人は、お母さんの元へ帰れたのだろうか…
ふとそう考えた時、今日海人がひまわりに話してくれた内容が、次々と頭に浮かんできた。

「サチさん…」

ひまわりは起き上がりサチを呼ぶと、サチはひまわりの横でひまわりが起きるのを待っていてくれた。

「サチさん…
海人さんは、僕は、きっと死んだんだって言ってました…
ここに来る直前に、ミサイルを撃ち落とされたって…
でも、もし、死んでしまっていたのなら、ここへは来れない…
だから、もし、本当に海人さんが消えたのだとしたら、お母さんの元へ帰ってますよね…?
自分の元いた時代に…」

きっと、お母さんや妹さん達に会えている…
海人さんは絶対に死んでいない…
ひまわりは、そうであってほしいと心から思った。
そうであるのなら、ひまわりは海人の事を諦めることができる気がした。
海人が、大好きな家族の元へ帰っているのなら…

「ひまわりちゃん…
海人君が、最後に言った言葉が、真実だと私は思うよ…
彼は、ここ最近、ずっと苦しんでた。
頭痛もひどかったみたいだけど、精神的に追い詰められているようだった。
海人君の言う通りなら、彼は死ぬ直前のまだ魂があるほんの一瞬を使って、ひまわりちゃんに会いに来たんだよ」

「何のために?」

ひまわりは何も分からない。

「何のために?
そんなの簡単なことじゃないか…
二人は、前世からの、恋人同士なんだよ…
無意識の中で求め合って、二人を、神様が出会わせてくれたんだよ…」

「そんなこと言われても…
もう、海人さんはいないのに…」

ひまわりはタオルで顔を覆いながら、声を殺して泣いた。

「実は、最後のでっかい花火が上がった時、海人君がここへ来たんだ…
私は食堂の窓から花火を眺めていたら、一番奥のテーブルの横に立っていた。
ぼんやりとしか見えなかったけど、にっこり笑って、ありがとうって言ってたよ…
それで私はひまわりちゃんが心配で、ずっと外で待ってたんだよ」

そう言いながら、サチも泣いていた。

「ひまわりちゃん、海人君は、もっと大事なことを伝えたはずだよ。
その言葉をしっかり胸に刻んで、頑張って生きていかなきゃいけない」

もっと大事な言葉?
…僕は、絶対にひまわりを捜し出すよ。
でも、今の私にはその言葉さえ胸に響かない。
海人は私の前から消えた。
突然現れて、私の全てを奪って、そしていなくなった。
あの時交わした約束も、はにかんで笑うその仕草も、抱きしめてくれる力強い腕の力も、私の記憶に確実に残っているのに。
本当に消えてしまったのなら、私はどうすればいい…?
海人さんは私の全てになっていた…
そんな私はどうやって生きていけばいい…?
海人さん、会いたいよ…
どうすれば、また会える…?
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